第70話:生徒会長の依頼
音楽準備室でのバンド練習がはじまって半月、入学後約一か月が経過したころ、音楽同好会ではというより一年生の間でとある事柄について愚痴というか不平や不満、泣き言がそこかしこから聞こえるようになっていた。
「ったく、やってられるかよ。異常だよ異常」
雄二が仲間たちに訴えるような愚痴をこぼしている。仲間たちも一様に渋い顔だ。
「こんなところで文句言ってもしょうがないじゃん」
たしなめるような感じで正彦は言うが、彼の顔にも不満の色がありありと浮かんでいる。
「そうだよ~。楽しく行こー」
友子だけはいつもと変わらず楽しそうだが、千佳子はそんな彼女を恨めしそうに睨んでいるし、雅美は疲れ果てたように顔色が悪いというか精彩がない。
「師匠は平気?」
平気かと問われれば平気とか大丈夫だとしか答えようがない。けれども、煩わしいことに変わりはなかった。
「平気っちゃぁ平気だけど、ちょっと面倒かな」
なにが面倒なのか? それは異常なほどの量の宿題である。武夫もその量には面食らうほどだった。彼の場合問題を見た瞬間に答えが分かる程度の難易度だったから、小説書きで慣らした筆記速度も相まって三十分強で宿題を終わらせているが、それでも貴重な時間を取られることに不満はあった。
一日たった三十分と高をくくってはいけない。武夫は前世の経験から積み重ね、あるいは積み上げ効果の重要性というか絶大さを身をもって味わっていた。彼の場合は小説の文字数にあたるが、一日たったの千文字でもひと月積み上げれば三万文字、一年で三十六万文字を超える分量になる。
これは小説三冊分にもなる文字数だ。これを時間に置き換えると、一日三十分が一年で百八十時間を超える時間になる。日数に換算すると八日弱の時間だ。これだけの時間を無駄にすることになるのはあまりにも勿体ない。
宿題をする時間がなぜ無駄な時間になるのか? それは宿題が武夫にとってあまりにも簡単すぎて復習にもならないからだ。高校生や大学生に九九や平仮名の書き取り問題を延々とやらせるような無駄と大差ない。
武夫はただ、高校生活は音楽活動と雅美のこと以外無難に波風立てずに過ごしたいから、不平も言わずに宿題をこなしている現状だった。
それから数日たったある日の放課後、音楽準備室でギターの練習をしていた武夫のもとに二人の人物が訪れた。
「君が一年の吉崎武夫君かい? ああ、僕は二年の下村義明、生徒会長をやらせてもらっている。この人は去年の生徒会長で高田洋治先輩だ」
「確かに俺が吉崎ですが、なんの用ですか?」
生徒会長だと名乗った下村は、身長は低くて線が細いが、メガネが似合うイケメンだった。いかにも勉強が出来そうな理知的な眼差しで武夫の目を見ている。前会長だと紹介された高田は長身のガッチリしたスポーツマンタイプだと一目でわかるような見た目で、短く刈った頭髪や、温和な目つきからも、さぞモテるのだろうなという第一印象だった。
「吉崎君は学年主席だそうだけど、そんな君にしか頼めない要件だよ」
「はぁ」
要件を先に言わない勿体ぶった言い方に、武夫は気の抜けた生返事で返した。どうせ面倒ごとに決まっているのだ。いくら生徒会長相手だからといって、おもねる必要性を武夫は感じなかった。
「ここではちょっとあれだから生徒会室まで来てもらえるかな。そんなに時間は取らないから」
べつに生徒会長の態度や言葉が気に入らなかったわけではない。ただ、武夫は利のない面倒ごとを引き受ける気が無いし、そんな面倒ごとより雅美と過ごす時間を取られることが嫌だった。
「人前で言えないことを聞く気はありません。ここではダメなんですか?」
口調や物腰は柔らかいが、言葉にはトゲがあってあんまりな言い方だった。この状況において雄二や正彦はニヤけた顔をしているし、千佳子は尊敬のまなざしで武夫を見ている。友子はホケーっと分かっていないような顔をしていた。ただ、雅美だけは気が気でないのかオロオロして武夫と生徒会長を交互に見ていた。
対して、生徒会長の下村は意外そうな顔で両手の平を肩の位置まで上げ、お手上げポーズで横にいる高田を見上げた。その高田は何故だかニヤリと笑みを零している。
「分かったよ。生徒会のメンバー全員で押し掛けるのもなんだから僕と高田先輩とで来たわけだが、べつにやましいことじゃないし、引き受けてくれるかどうかの確認だけだから」
「そうだったんですか、それで、ご用件は?」
悪びれることのない武夫の態度といい方に、下村会長はヤレヤレといった感じで要件を語りだした。
「君たちも感じていると思うが、宿題が多すぎると思わないかい? 実は各学年のクラス委員から山ほど苦情が来ていてね――」
武夫たちにとってもタイムリーな内容の話だった。下村会長曰く、特に三年の成績優秀者からの苦情が多いそうで、受験勉強に支障が出ているらしい。これには武夫もさもありなんと同情したほどだ。
要するに武夫と同類の悩みを三年の成績優秀者は抱えているらしい。宿題の内容が受験勉強とするにはレベルが低すぎて時間の無駄にしかならず、足を引っ張る結果になっているということだった。
そして武夫への依頼は、一年の成績最優秀者として今出されている宿題が時間の無駄でしかないということを、先生の前で証言してほしいというものだった。
「解りました。その依頼を引き受けます」




