第67話:顧問探し
主に雄二が中心になって顧問になってくれる先生を探している状況だが、どうやら状況はあまり芳しくないらしい。らしいというのも、ここ一週間、武夫は授業が終わり次第速攻で下校するという状況に追いやられ、顧問探しを手伝えていないからだ。
どうしてそんなことになったのか?
それは武夫が書いた小説が原因だった。彼は去年受験を理由に小説執筆を延期してもらっていたのだが、それを認めてもらうために高校に合格したら上下巻二冊組の小説を執筆する約束をしていた。
それもこれもデビュー作である一冊目がじわ売れして二十万部の中ヒットを記録したからで、武夫の次作に対する期待が出版社内で高まっていたらしい。
そんな状況にあって、用意周到な武夫は受験期間中に余った時間でこまめに書き溜めていた作品を、高校入学前の休み期間に書き上げ、編集部に郵送していたのだが、それの評判が良く、早急に出版する方向で話が進んでいた。
しかも、担当編集の奥田さんが九州まで単身乗り込んで来ていて、武夫の家の近くのホテルに泊まりこんで校閲作業をしているのだ。さすがの武夫もそんな彼女を放っておくわけにもいかず、学校が終わるとホテルまで出向いて改稿作業に追われていたのである。
「一年の担任は全部だめだった」
そう言った雄二は、うんざりしたようなしかめっ面になっている。そんな彼を押しのけるようにして無表情の千佳子が続けた。
「二年も今のところ全滅」
顧問探しは雄二と正彦が一年担任を、千佳子と友子と雅美が二年担任をと、手分けしてやっていたらしい。報告を受けた形になった武夫は、尤もらしく右手を顎に当てて考える。
「フム……」
――やっぱり、ロックバンドってのがダメなんだろうなぁ。ロックだって音楽としては世界に認められた正当なジャンルなんだけど、この時代の日本じゃそれを望むのは無理か……もっと音楽に詳しい。
そこまで考えたところで武夫ははたと気がついた。
「音楽の先生には当たってみた? たしか担任じゃなくて一年何組かの副担任だったはずだけど」
武夫は覚えていた。入学式のあとに行われたオリエンテーリングで、音楽の先生が副担任であることが紹介されていたことを。音楽の先生ならば音楽についての理解は深いはずで、ロックに偏見を持っていない可能性が高いと彼は思ったのである。
「そうか担任じゃない先生もいたのか。よし、今からみんなで行ってみよう」
六人揃って音楽室に出向いてみたが、そこには誰も居なかった。放課後はどの部活も音楽室を使っていないようだ。
「じゃぁ職員室だな」
そう言って動き出そうとした雄二を武夫が止める。
「ちょい待った。多分俺ひとりで行った方がいいと思う。お前ら顔覚えられてるだろ?」
その言葉に雄二の顔が強張った。たぶん何度も職員実に出向いて、先生たちに嫌な顔でもされるようになったのだろう。
「おう、ここは任せた方がいいかもな」
めずらしく雄二の言葉にほかのメンバーが頷いている。いろいろやらかしている彼の信頼度はバンド仲間内で一番低い。それでもメゲずにリーダーシップを取ろうとする彼は憎めない何かを持っているのだろう。
それはさておき、仲間たちにはこのまま音楽室で待機してもらって、武夫は一人職員室へと向かった。職員室には数名の先生たちが各々の席に座っていたが、武夫はすぐに目当ての先生を見つけることができた。
武夫は物音を立てないよう静かに歩いてその先生のもとに向かう。
「三笠先生、でしたよね?」
「あら、貴方は確か、吉崎君ね。学年主席の君が何用かしら?」
武夫はかろうじて覚えていた名前で聞いてみたら合っていたようだ。
「えっと、学内活動のことで先生にお願いがあるのですが、ここでは何なのでちょっと席を外していただいても?」
「あら、やましいことでもあるのかしら?」
すこし冗談ぽく聞いてきた三笠先生だったが、薄い縁のメガネ越しに見えるその鋭い切れ長の目は笑ってはいなかった。どちらかといえば剣呑な感じだ。
「いえ、やましいことなんてないですが、他にも話がある者たちがいますのでご同行願えればと」
「分かったわ。それで、どこに行けばいいのかしら?」
「音楽室です」
音楽室までは同行して話を聞いてくれるようだが、表情から読み取った感じからすると顧問の件は厳しいかもしれないと武夫は感じていた。
三笠先生の念入りに施されたナチュラルメイクは嫌味を感じさせることなく、髪も丁寧に後ろでまとめられていて清潔感を演出している。濃紺のパンツスタイルスーツからも、彼女が身なりには気を使っているのがよくわかる。
高校教師のような閉鎖された村社会ではありがちだが、他の先生たちは身なりに気を使っていない者が多く、そのなかで三笠先生はビジネスパーソンとして外に出ても十分に通用するであろうと思わせる第一印象だった。
まだ大学を出たばかりであろうと思わせる若さに似合わず落ち着いていて、武夫と伍するほどの高身長とすっきりとした目鼻立ちの彼女は、職員室のなかでもひときわ浮いて見えた。
――逆に期待できるのかな? 理解ある先生だと良いけど。
「やっぱりあなた達だったのね。想像はしていたけど。あなた達、先生たちの間で話題になってるわよ、悪い方で」
音楽室に到着すると、三笠先生は雄二たちを見てそうのたまったのだった。雄二たちは一様にショックを受けたような強張った顔で肩を落とした。
「私に同好会の顧問になってほしいということでいいのかしら」
「まぁそんなところですね」
「貴方がそう言うということは吉崎君、学年主席の貴方もバンドのメンバーということかしら」
「はい、中一のときから学校の音楽部で一緒に練習してきました」
三笠先生は「学校の音楽部で」というところで、一瞬だが鋭い目をキラリと輝かせた。
「意外だったわ、吉崎君は学年主席のガリ勉野郎だと思っていたのに。中学でやってきたというなら、あなた達も楽器をなにか演奏できるということよね。ちゃんとやってきたということを今ここで証明できるかしら」
学内でのバンド活動が認められていない今、自分の楽器を持参している者は一人も居なかった。けれども、音楽室にはピアノがあって、楽器を必要としない友子も居る。
「ピアノ使っていいですか?」
武夫が三笠先生に聞くと、彼女は当然とばかりに頷いた。
「トモちゃん、俺がピアノ弾くから一曲歌ってくれる?」
その言葉を聞いたとたんに、友子の顔がパッと輝いた。




