第57話:体育館ライブに向けて
文化祭を一週間後に控えた一九八四年中学二年の秋。
武夫たちは音楽準備室で演目となる四曲の練習に励んでいた。
歌い終わった友子が、納得いかなかったのだろうか、めずらしく下を向いて考え込んでいる。
「はいはいはいはい、はーい」
「どうしたの? とても良かったと思うんだけど」
最近の雅美は、仲間内では発言の頻度も増え、本来の彼女らしさがようやく出てきたと武夫は感じていた。
「一曲目を換えたいデース」
「ん? 換えたいって、ボクらにはまだ四曲しか完成した曲ないじゃん」
演目は時間的に四曲とはじめから決まっていた。だから今までその四曲を集中的に練習してきたのだ。正彦もそう思ったのだろう、友子の気まぐれ的提案に渋い顔をしている。
自由人な友子は思ったことがそのまま口に出ることが多い。それでもバンド仲間たちにまとまりがあるのは、彼女がネガティブな発言をほとんどしないからだ。
友子なりにそこらへんのことは考えているようで、ときおり慌てて自分の口を両手で塞いでモゴモゴしていることがある。雄二や正彦に聞いた話だが、バンドを組んだばかりの小学生のころに、彼女のネガティブな発言が元で何度かメンバー内に亀裂が生じ掛けたことがあったそうだ。
かつて、「まぁ、それが原因で友子と正彦がくっついたんだけどな」と、雄二が懐かしそうに語っていた。
それはさておき、正彦の尤もな指摘に、友子は得意げに自分の顔の前で人差し指を振った。
「まだ一曲あるよ~ん」
と、友子は得意げに言う。
「勿体ぶるなよ。さっさと言え」
正彦はイライラしたふうにそう言った。けれども、他のメンバーは友子がなにを言いたいのか察したようだ。自分だけそれが分からないのが、正彦は悔しいのだろう。つい今しがた察した様子の雄二は、意地の悪そうな顔をして正彦を煽っている。
「参った。参ったから早く教えてくれ」
「しょうがないな~。アタシたち六人が仲間になるきっかけになったカノンロックだよーん。それでぇ、これを一曲目にもってきたらいいかなぁって。舞台にはピアノもあるしねぇ」
答えを聞いた正彦は「ああ、それがあったか」と小さな声で呟いて、しばらくは下を向いて悔しそうな顔をしていたが、納得したのか顔を上げた。その表情はいくぶん晴れやかだった。
「悪くないな」
「一応多数決取るか、一応な。じゃぁ一曲目カノンロックに賛成の人ー」
雄二の掛け声に、六人全員が手を挙げて友子の提案が認められた。認められることになったのだが……。
「トモちゃんトモちゃん、ボーカル無いけどいいの?」
雅美が不思議そうな顔で朋子に聞いた。すると友子の目が見開かれ、次の瞬間にはガックリと項垂れて床に崩れ落ちるのだった。
正彦は笑いをこらえるのに必死だ。おあいこだと思っているのかもしれない。他のメンバーもそんな二人を見ていつものことだと言わんばかりに自分の練習に戻った。
友子はなにか閃くと、よく考えることなく行動に移すことが多い。たしかに六人が仲間になるきっかけを作ったカノンロックを一曲目に持ってこようというのは、武夫もいい考えだと思った。けれども曲がヴォーカル無しのインストゥルメンタルであることを失念してしまうとは、いかにも彼女らしい失態だった。
ただ、そこでメゲないのが友子の友子たる所以であり、仲間たち皆が知っていることだ。
――これは利用できるんじゃないか?
武夫は閃いた。だからといってすぐに口に出すという愚は侵さない。たった今それをやって、盛大に自爆した愛すべき仲間を見たばかりということもあるが、もともと彼は計算高い男だ。雅美とともにリア充生活をするために自分を変えてきた結果そうなった。
それは置いておいて、セクストグリントの売りの一つは友子のヴォーカルだ。彼女の倍音を含んだ伸びのある声質は天から授かった類まれなる贈り物だ。その声質のすばらしさをいかんなく発揮してもらう。
いや違う。彼女の歌声の凄さをより観客にアピールできる絶好のチャンスだ。初手で笑いを誘い、あるいはボケ担当かと思わせておいて、次手でいきなり彼女本来の凄さを体感してもらう。すると観客はそのギャップから、彼女がどれだけ凄いか、より実感することになるだろう。
机上の空論になるかどうかは友子次第だが、やってみる価値は大いにある。武夫はそう判断し、悪い笑みを浮かべるのだった。
「トモちゃんトモちゃん。俺にいい考えがあるんだ聞いてみないか?」
武夫の言葉に友子の返事はない。彼女は倒れ伏してわざとらしくシクシクと悲しみをアピールしている。仕方なく武夫は彼女に近づき、そっと耳打ちした。すると彼女はガバっと勢いよく顔を上げ、瞳をキラキラと輝かせて武夫を見た。
武夫は友子の顔の前でグッと親指を立て、サムズアップで彼女の健闘を祈るのだった。




