第53話:仔猫 その一
中学一年も今日で終わりとなった三月下旬。
いつものように武夫は雅美と連れ立って下校していた。
バレンタインデー以降、武夫と雅美の関係は進展したとも言えるし、していないとも言える。どういうことかというと、音楽部内での武夫の女子人気が凄いことになっていて、よく話しかけられるようになったし、頭が良いこともバレて勉強とか宿題とかの質問をよくされるようになった。結果、雅美との部活動時間を削られる羽目になった。
そんな状況に危機感を覚えた武夫は、部活中に雅美とより積極的にかかわるように心がけ、実際に彼女に良く声をかけるようになったし、キーボードの練習の教師役をするようになった。おかげでここのところ雅美の技術力が伸びはじめている。
そんなこんながあって、雅美とともに下校していた武夫だったが、彼の耳に、小さな、そして掠れるような鳴き声が届いた。
「雅美ちゃん止まって!」
キィーっと急ブレーキの音とともに武夫の自転車が停止する。前の方で雅美がこぐ自転車も停止し、彼女が振り返った。
「武夫君、どうしたの?」
「鳴き声が聞こえたんだ。今にも消えてしまいそうな鳴き声だった。たぶん仔猫だと思う」
「仔猫? あっ、わたしにも聞こえたわ。あっちよ」
雅美が指さした方向には竹林があった。今二人がいる場所は山裾の中学校からしばらく畑や田んぼが続く農道で、民家はポツリポツリとしかない。
そんな農道のわきには近くの川から引かれた用水路があって、その用水路を挟んだ向こう側に、田畑の中に孤島のように存在する小さな古墳を守るように竹林が茂っている。
「どうしよう、川があって行けない」
「俺が行ってくるよ。雅美ちゃんはここで待ってて」
武夫はそう言って用水路を飛び越え、稲刈り跡が残る乾いた田んぼ少し走って竹林の中に入った。するとその音を察知したのか、最後に力を振り絞るように鳴き声が大きくなる。
鳴き声を頼りに武夫は竹林の中を歩こうとするが、すでに夕方で薄暗くなってきていることもあって竹林のなかはさらに暗く、ほとんど見えない。
けれどもなんとか鳴き声を頼りに武夫は歩き、途中で竹に何度もぶつかりながらついに仔猫のもとにたどり着いた。
――これは……。
古墳の一部で有ろう加工された岩のくぼみを屋根がわりに、横たわる痩せた母猫と、群がるようにおそらく死んでいるであろう仔猫が四匹。そのなかに一匹だけ顔を上げて鳴く仔猫がいた。
武夫は母猫や動かない仔猫を、恐る恐る手のひらで触ってみた。
――冷たくなってる。埋めてやる時間はないな。
武夫は鳴いている仔猫をそっと抱きかかえた。
――小さい。でもまだ温かい……こっちはせめて落ち葉でも掛けておくか。
武夫は子猫を抱えて立ち去ろうとしたが、どうしても母猫たちの亡骸をそのまま放置することができなかった。仔猫を左脇で温めるように抱きかかえ、右手で落ち葉をかき集めて亡骸の上に掛けていった。
――ゴメン、今はこれくらいしかできない。この子は絶対助けるからそれで許してくれ。
手探りでなんとか仔猫を落とすことなく竹林を出ることに成功した武夫は、ふたたび用水路を飛び越えて雅美のもとへ戻ってきた。
武夫はなぜ、仔猫のか弱い鳴き声を聞いただけで迷うことなく助けるような行動に走ったのか、自分でも分かっていなかった。自然と体が鳴き声に反応し、なんの疑問も持たずに助けに走っていた。
「親猫と仔猫が数匹いたけど生きてたのはこの子だけだったよ」
「そう、でも可愛い三毛ちゃんだね」
雅美は武夫の胸に腕で体を覆うように抱きかかえられた仔猫を覗きこみ、もの悲しそうにしている。武夫は改めて仔猫を観察した。
――この子猫の柄、あの猫にそっくりだ。
武夫が晩年にエサを与えたりして可愛がっていた三毛猫の柄と、今彼の腕の中でぐったりしている仔猫の柄が驚くほど似ていることに、彼は運命じみたものを感じざるを得なかった。
けれども今はそんな感慨にふけっている場合ではない。
「確かに可愛いね、でもすごく弱ってるから急ごう。はやく体を温めてやらないと死んじゃうかもしれない。俺んちでいいよね?」
「うん、わたしのとこは猫飼えそうにないから。昼間は誰も居なくなるし」
「じゃあ急ごう」
武夫は急ぎながらも、風が当たらないように学生服と自分の腹の間に仔猫を抱いて慎重に自転車を漕いだ。家にたどり着くまでずっと片手運転になってしまうし、仔猫に着いているであろうノミのことが気にかかるが、こうするよりほかに良い方法を彼は思いつかなかった。
武夫の家に到着すると、ついてきた雅美と目が合う。
「雅美ちゃんにも手伝ってもらっていいかな?」
「上がっていいの?」
「もちろん」
シレっと雅美を自分の家に誘っている武夫ではあるが、もちろんやましい気持ちがあったわけではない。自転車を降りた彼女の目が武夫が抱く仔猫にくぎ付けになっていたからだ。とてもこの場で「また明日」といつものように分かれていい雰囲気ではなかった。
「お兄ちゃん、お帰りなさい。その女誰?」




