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第51話:妹と共演

 リサイタル開演の十四時少し前、武夫と朋子はステージ奥から観客席を覗き見ていた。


「お兄ちゃんどうしよう、お客様がスゴイいっぱい」

「一万人だって」


 観客席は満員になっていた。朋子はその客数を見て少々ナイーブになっているようだ。コンクールや発表会とは規模が違いすぎるし、観客の来場目的も違うから武夫は彼女の気持ちがよく分かった。


――ただ観客が多いだけじゃないからな。


 コンクールや発表会の観客はそのほとんどが、身内や知り合いの応援に来ている。対してリサイタルでは、純粋に音楽を聴いて楽しもうと、感動しようと観客はお金を払って来場しているのだ。生半可な演奏はできない。


――だが、そこは俺がカバーすればなんとでもなる。連弾だしな。


「朋子、最悪ミスってもいいぞ。リカバリーは得意中の得意だからな」

「絶対ミスなんかしない。お兄ちゃんのステージを汚すなんて私は私を許せなくなるから」


 ついさっきまで引きつり気味だった朋子の顔に僅かな赤みが差し、その瞳にはゆるぎない力が戻っていた。力みすぎるのは良くないが、朋子の場合は力んでいるのではなく、武夫がリラックスさせようと掛けた言葉に発奮してやる気が出たようである。


 過程はどうあれ、結果的に朋子の緊張をほぐすことができたようで武夫はホッと安堵の息をついた。


「さて、行こうか武夫君」


 いつのまにか後ろにいた永山先生に声を掛けられて武夫はステージに歩み出た。もちろん永山先生も一緒だが、朋子はまだステージ奥に残ったままだ。彼女が登場するのは武夫との共演直前になる。永山先生曰く「サプライズだよ」だそうだ。


 武夫と永山先生がステージ上に現れると、大きな拍手と歓声が沸き起こった。クラシックコンサートのように格式張っていないことから、観客もわりと自由に振舞っている。


――奥田さん、来てくれたみたいだな。隣にいるのは編集長か。


「本日はわたくし永山と吉崎先生のピアノリサイタルに、お忙しいなかこれほど多くのお客様にご来場いただき、感謝の念に堪えません……。形式ばった挨拶はやっぱり僕には合わないみたいだ。ご来場の皆さん、今日はどうかお気楽に、自由に僕たちの音楽を楽しんで行ってください」


 永山先生と武夫は腰から深く一礼してさっそく二人でピアノに向かった。ステージにはグランドピアノが二台向かい合わせで設置されていて、二人はそれぞれ別のピアノに腰を落ち着けると、さっそく永山先生のピアノから軽快な音色で今にも踊りだしたくなるような旋律が響きだした。リベルタンゴだ。


――いきなりサビかよ。やってくれたな、永山先生。


 リハーサルでも打ち合わせでも一曲目は自由に弾こうと取り決めていた。イントロの前奏にいきなりジャズアレンジのサビをぶち込んできた永山先生に、武夫は超絶技巧のアドリブを利かせまくったイントロを繋げることで対抗していく。


 リベルタンゴは世界中で演奏されているが、どの演奏も違っていて、いかに自由に演奏されているかがよくわかる。武夫たちもそれに倣って自由奔放に調べを紡いでいった。ある時は会話するような掛け合いだったり、ある時は競い合うように音を重ね合ったり。


 そんな自由な演奏でも一曲の楽曲として成り立つのは、リベルタンゴという曲が持つポテンシャルと、なによりも二人の音楽的センスと技術力によるところが大きい。


 以前までの武夫が共演したリサイタルでは、最初の数曲は本格的なクラシック演奏を永山先生が演奏していた。けれども今回は客数が大幅に増えることから趣向を変えようという話になって、リベルタンゴをピアノ二台で演奏することになったのである。


 一曲目の演奏が終わると大人数による大きな拍手が武夫たちに送られ、大きなホールにこだました。


 二曲目以降は永山先生、武夫と三曲づつ交互に演奏して迎えた八曲目、武夫が椅子の左に移動して永山さんがステージ中央に歩み出てマイクを握った。


「今日は僕たちのこのリサイタルにゲストをお呼びしています。さっそく登場してもらいましょう」


 観客たちが注目して静まり返るなか、かなり緊張した様子の朋子がステージに現れると、観客席からはどよめきに続いて拍手が送られた。


 そのなかを朋子はおずおずとステージ中央まで歩き、永山さんの横で深いお辞儀をした。


「あまりにお若くて驚いたでしょう?」


 永山先生は一旦そこで切って、観客の反応を確かめるように間を取った。ガヤガヤと会場全体から話し声が聞こえてくるが、人数が多すぎて何を言っているか武夫には聞き取れない。


「みなさんに紹介しましょう。彼女は吉崎朋子さんといって先日行われた全日本ピアノコンクールの優勝者です。そして皆さんもお気づきかもしれませんが、吉崎武夫先生の実の妹でもあります」


 会場のざわめきが一層大きくなった。けれどもそれは否定的なものではなく、拍手も混じっていて歓迎する空気に会場全体が包まれていた。


「それではさっそく聴かせてもらいましょう」


 永山先生にそっと背中を押された朋子は、優しい笑顔の武夫に迎えられた。彼女は武夫の右側に座って一度深い深呼吸をすると、小さな声で言った。


「もう大丈夫だから」


 朋子はとても意志が強い娘だ。プレッシャーの中で自分をコントロールする術を身につけている。でないと全日本ピアノコントロールで優勝などできない。


 だから武夫はなにも言わないことにした。朋子を信じて低音から始まるアレンジされた前奏を奏ではじめる。武夫が弾いているのはショパンの「英雄ポロネーズ第6番変イ長調」を、明るい雰囲気のジャズ風味に大幅アレンジされた曲だった。有名なフレーズが出えてくるまで観客は原曲に気づけないだろう。


 このアレンジ曲は、まだ朋子が小さいころに武夫がよく弾いていたものだ。この曲を聴くと彼女はリズムに合わせて踊りだすほど好きだった。だから彼女と初めて連弾したのもこの曲で、二人の間では最も数多く弾いてきたという実績があった。


 だから永山邸でのセッションでこの曲を朋子とともに連弾したのだ。それを聴いた永山先生は大絶賛してくれたのだが、それが朋子のリサイタル出演に至るフラグだったりする。


 そして演奏の方は、武夫に叩き込まれたというか憧れてマネて朋子が自分のものにしたテクニックがさえわたり、武夫も負けじと小気味よい超絶技巧のベースで朋子を引き立てたりしながら終曲を迎えるのだった。


 演奏が終わると、すこしの間をおいて盛大な拍手が鳴り響きそれがうなりとなった。徐々に立ち上がった観客はスタンディングオベーションで二人を讃えたのである。


「いやぁ、素晴らしい演奏でした。この吉崎兄妹二人の今後がたのしみですね~。きっと日本を代表するピアニストとして活躍してくれると信じています。もう一度盛大な拍手を」


 永山先生の求めに応えた観客は、起立して深い礼をしている二人に盛大な拍手を贈った。そして拍手に送られるように朋子はステージ奥へと退場していった。


その後の演奏にも観客は大満足したようで、ほぼ全員のスタンディングオベーションによってアンコールを終えた永山先生と武夫は讃えられ、リサイタルは大成功を収めたのだった。

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100話到達記念SSを投稿しました。内容は雅美が父を亡くしてバンドに加入するまでの雅美視点でのスピンオフ短編です。

転校したらスパダリさんに出逢った

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