第48話:東京へ
三学期がはじまってまだ間もない一月十四日、武夫は東京に向かうために空港に来ていた。そしてなんと、妹の朋子が同伴している。明日から連休になることもあって東京への小旅行を二人でというわけでもないが、彼女がどうしてもついていきたいと懇願してきたのだ。
今日は土曜日だから正午に学校が終わってすぐに帰宅し、妹と共に速攻で昼食と着替えを済ませて空港に向かった。そしてたったいま搭乗手続きを済ませて一息ついたところだ。搭乗まではまだちょっと時間があった。二人は長椅子に並んで座っている。
「永山先生にはちゃんと挨拶するんだぞ」
「もちろん分かってるよ。だってお兄ちゃんのお客さんなんでしょ?」
「まぁ、お客さんというか恩人というか。どっちにしろすごくお世話になってるから、くれぐれも失礼がないようにね」
「お兄ちゃんは心配性だなぁ。もちろん分かってるよ」
かなりのお兄ちゃん娘である朋子はまだ小学五年生だが、遺伝子のいたずらか知らないが武夫と違って背が高い方で、しかもかなり大人びた美貌に恵まれていた。もしきちんとメイクしてそれなりの格好をすれば、高校生と並んでも引けを取らないだろう。
そしてピアノの才能は、武夫が施した英才教育の甲斐あって、同年代では日本有数の実力を誇るまでに成長していた。現に、去年の暮れに行われた全日本ピアノコンクールでは小学校高学年の部でついに優勝を果たしている。
まさに有言実行を果たしたわけであるが、朋子がここまでの実力を身につけた背景には、当然のように武夫の存在があって、可愛い妹がまだ幼いころからさまざまな曲を弾いて聴かせたことがあるだろう。
「リサイタル楽しみにしてるからね」
武夫が東京に向かう一番の理由は、小説新人賞の授賞式に出席するためであるが、連休であることを利用して永山先生が休日の月曜日にリサイタルを開くことになった。朋子が武夫に着いて行きたがったのは、リサイタルに出演する武夫のピアノが聴きたいからのようだ。
武夫が東京に出てくることは年に一度あるかないかだが、永山先生はそのたびにリサイタルを開いて武夫と共演するようになった。先生曰く、ファンからの要望がかなり強いとのことで、武夫はすでに特定のピアノファンから絶大な支持を得ているらしい。
「お、搭乗がはじまったな」
武夫と朋子は飛行機に乗り込み、空の人となった。
「妹までお世話になって申し訳ないです」
「吉崎朋子です。本日はお世話になります」
「あはは、朋子ちゃん、そんなにかしこまらなくて大丈夫だよ。永山栄一だ、短い間だけどよろしくね」
東京に到着し、二人は駅まで迎えに来てくれた永山先生の車で彼の自宅というよりは邸宅に案内された。武夫にとってはすでに見慣れた邸宅だが、朋子はその邸宅の壮大さに目を丸くしている。
武夫たちがお手伝いさんから出されたお茶を頂いて一息つくと、奥さんの永山絵里子さんと息子の永山義和が現れた。互いに挨拶を済ませ、いつものように旅の疲れを癒しなさいと武夫と朋子はお風呂を進められたが、義和がいつも以上におめかしして緊張している姿に、武夫は「まぁせいぜい頑張ってくれ、無理だろうがな」と、心の中でつぶやいた。
武夫と朋子がお風呂を頂いて応接間でくつろいでいると、いつものごとく永山さんが「さあ楽しもうか」とセッションに誘われるのだった。
「まずは朋子ちゃんのピアノを聴かせてくれないかい。コンクール用の形式ばったものじゃなくて、朋子ちゃんが一番好きな曲がいい」
永山先生が期待に満ちた目でそう告げると、朋子は「わかりました」と、少し緊張気味に答えてグランドピアノに向かった。日本でも指折りの名ピアニストにそんな目で見られているのだから、緊張するなというほうが無理なのかもしれない。
永山先生とおなじく絵里子さんも期待に満ちたワクワク顔で朋子を見ている。義和は面と向かっているときは眼球だけを動かしてチラチラと彼女を見ていたが、今は彼女の後姿を露骨にガン見していた。それに気づいた永山先生はなにやら愉快そうな笑みを浮かべている。
朋子の指が静かに動いた。彼女の指から奏でられたメロディーはショパンのノクターンOp.9-2だった。けれども、その調べはより優雅さと神秘性を強調するように武夫がアレンジしたものとなっていて、永山先生は感心したような顔で、絵里子さんは満足げに何度か頷きながら彼女の演奏に耳を傾けている。
義和だけは目を丸くして愕然とした顔にその表情を変えていた。それを見て永山先生は吹き出しそうになるのを必死にこらえているようだった。
「ブラボーブラボーブラボー」
永山先生は満足したように拍手しながら朋子の演奏を讃えた。絵里子さんも和義も惜しみない拍手を送っている。
「さすがは武夫君の妹さんだ。指使いは武夫君に似ているが、その中にしっかりと自分を表現できていたね。とても良い演奏だった」
大絶賛である。武夫は木下先生から聞いていたのだが、永山先生はことピアノの演奏に関してはお世辞を言わない人らしい。これだけの賛辞を贈るということは、朋子は永山先生に認められたということであろうと武夫は嬉しくなった。
「朋子ちゃんの実力も分かったことだし、とことん楽しもうか」
永山先生の一言でいつものごとくセッション大会が開始された。そしてこの日は、夕食を挟んで、夜遅くまで永山家では音楽が途切れなかったのである。




