第42話:年越しライブ その三
「ヘルプ……ですか。代わりに弾けと?」
――雅美ちゃんにカッコいいところ見せれるのはいいんだけど。どんなやつらか知らないんだよなぁ。それに勝手に決めていいのか? マスターは奴らのこと知ってるから頼んできたんだろうが……。
武夫は即答できなかった。珍しく考え込んだ彼の様子に、ライブハウスのマスターは意外そうな顔をしたが、なにを言うでもなくじっと答えを待った。
武夫が恐れているのは人間関係だ。ピーキーアントのメンバーは困っているのだろうが、仕方がないと出演を諦めているのであれば余計なお世話になるだろう。むしろ困っているのはスケジュールに穴が開いてしまうライブハウスのマスターなはずで、当然今聞いたばかりの事態だからピーキーアントの了解は得ていないはずだ。
ピーキーアントのギタリストの代わりに武夫が出演したとして、彼らに図々しく思われないだろうか? 演奏を心待ちにしている彼らのファンたちに疎まれないだろうか?
「了解取ってませんよね?」
「ああ、これからだ」
「出演できないのはギターだけじゃないですよね?」
「ギターとキーボードだ」
――キーボードなら抜けてもまだ形にはできると判断してるのか? 聴いたことないからなんとも言えんな。
仮にキーボード抜きでも形になったとして、今から出演時間まで五時間強しかない。その時間でキラーアントの曲を覚えて形にすることは武夫的には可能だと考えている。けれどもそれはやっつけ仕事であって自分が満足できる演奏はさすがにできないと彼は考えている。
ならばたとえコード演奏だけでもキーボードはあった方がいい。
「条件が三つあります。第一にピーキーアントの倒れた二人を含むメンバー全員が、代役を立ててでもライブハウスの演奏スケジュールに穴を開けたくないと本気で望んでいること。第二に来場する観客に代役が出演することを事前に告知しておくこと。第三にキーボードの代役としてコード演奏だけでもいいから、雅美ちゃんが出演してもいいと言ってくれること」
武夫が出した条件を聞いて、ライブハウスのマスターは顎を親指と人差し指の谷間で支えるようにして考え込むような渋い顔をしている。唐突に指名された雅美は驚いたように目を丸くし、それでも成り行きを見守っている。
武夫が出した条件は、図らずともライブハウスとピーキーアントとの関係性を測るものとなっている。彼らがライブハウスを信頼し、任せても大丈夫だと思わないとダメだし、ライブハウスの都合を理解してお互いに協力しあう関係でなければこんな条件は認めないだろう。
仮に認めるようなら、武夫はライブハウスも信頼できるし、ピーキーアントも信頼できると思った。ただ、雅美には巻き込んで申し訳ないと思っている。
「なぜ雅美ちゃんなんだい? 他に頼ろうと思っていたんだが」
「どんな演奏をするのか分かっているからですよ。たとえミスったとしてもリカバーする自信があるし、音も合わせやすい。ピーキーアントってエース張ってるくらいだから持ち歌はオリジナルでしょ? となると、時間が無さすぎるからキーボードは雅美ちゃんじゃないと厳しいです。ゴメンね雅美ちゃん、いきなり指名しちゃって」
「ううん、気にしなくていいよ。マスターも困ってるみたいだから」
武夫に対して気を使ってくれたのだろう。雅美は困惑する様子も見せずに了承してくれたようだ。ライブハウスのマスターは少し考える様子を見せて頷いた。
「よし、その条件で話をしてこよう。すぐ戻ると思うからここで待っていてくれるかい」
ライブハウスのマスターがそう言って席を立った。すると彼の奥さん、すなわち雄二の母が温かいお茶を出してくれた。彼女は武夫の母より年上に見えるが、化粧のせいか、あか抜けた感じで若々しかった。
「無理言ってゴメンね。あの人ったら言葉が足りなくて話が分かりにくいから。ピーキーアントの子たちはしっかりしてるから悪いようにはならないと思うわ」
十分もしないうちにライブハウスのマスターは駆け込むように戻ってきた。一人の若い男性を連れて。
「君たちが代役を務めてくれるのかい?」
武夫はピーキーアントというバンド名から、かなり尖った格好の人を想像していたが、話しかけてきた人は人当たりがよさそうな好青年に見えた。ただ、武夫と雅美を見た瞬間、少し顔が引きつっていた。二人があまりに若すぎてというより幼すぎて驚いたのだろう。
武夫も雅美もまだ十二歳だ。とくに雅美はまだ小学生といっても余裕で通用するほど幼く見える。武夫にしたって高校生にはとても見えない。
「一応そうですが」
男性の顔にはとりあえずホッとしたように安堵の色が浮かんでいた。どうやら武夫たちの若さについては飲み込んだようだ。
「マスターが勧めたくらいだから腕は確かなんだろうけど、ほんとに大丈夫?」
「曲を聞いてみない事にはなんとも言えないですね」
「それも当然か、車に戻れば録音したテープがあるから一度聴いてもらえないだろうか」
「ええ、いいですよ」
こうして武夫と雅美は男性に続いてライブハウスを後にしたのだった。




