第34話:バレちゃった
坂口先生が掲げた雑誌には、タキシードを着てグランドピアノの前に座る武夫がたしかに写っていた。
――あちゃー、これのことだったのか。たしかに取材を受けたけど、聞いたこと無い雑誌だったからなぁ。
そもそもクラシックの専門誌などよほどのファンか専門家くらいにしか読まれないのだから、たとえその道では有名な雑誌であったとしても武夫がその存在を知らなかったことは無理もないだろう。
もともと、夏休みが明けたら雅美が転校してくることになっていたし、それに合わせて中学デビューする計画だったから周囲の人間にバレたところで無問題だと武夫は考えていた。
どのみち東京での取材だったから、地元での影響などないだろうと軽く考えていた武夫だったが、どうやら考えが甘かったようだ。どこにでもコアなファンはいるものだし、全国区の雑誌を舐めてはいけない。
「はい、まぁそうですが……」
武夫は気まずそうにそう答えた。というのも、もともとの計画では中学デビューして印象を良くしてから雅美に接触しようと彼は考えていた。
けれども、幸運なことに雅美の転校初日に接触に成功し、しかも彼女に好印象を与えることができたと武夫は確信している。しかも今現在は、バンドメンバーとして和気あいあいとした良い関係を築けている。
そうとなれば、今後恋人関係になるまで、あまり目立つことなく雅美との関係を深めていきたいと武夫は考えるようになった。要するに、下手に目立って雅美以外の女生徒にモテると困ったことになるのではないか?
そう思えてならない武夫だった。実にぜいたくな悩みではあるが、すでに精神が老成している彼にとって、雅美以外の女生徒は、その美醜に関係なく微笑ましい存在でしかない。
「え? なになに」
雄二が武夫の後ろに回り込んで肩越しに雑誌を見た。
「うをっ! ホントに武夫じゃん。別人じゃないよな」
「ま、まぁ俺だな」
「やけに上手いとは思っていたが、まさかプロのピアニスト?」
真顔で正彦が問いかけてきた。
「い、一応出演料は貰ってるかな」
「だから羽振りが良いわけか」
正彦は納得がいったような顔になった。雅美たち女子メンバー三人組は抱き合うようにして瞳を輝かせている。
「吉崎君。先生、わりとコンクールとか追いかけてるんだけどね、まったく名前を見かけなかったわ。どうやって高平五郎と知り合ったの? 全日本レベルのコンクールで金賞取ったならまだしも、どうやって彼のコンサートに出演できたの? ピアノがそれほど上手いならどうして教えてくれなかったの?」
坂口先生は溜めていたものを吐き出すようにまくし立てた。音楽部の顧問として半年ほどの関りしかないが、彼女の音楽好きは武夫も理解しているつもりだった。
けれども、ここまでコアな情報を追い求めるマニアだとは知らなかった。
――どこまで答えるべきか……いや、どう対応すべきか、だな。
雅美やバンドメンバーとの今の関係を維持することが、武夫にとってもっとも大切なことだった。そのためには坂口先生にどう対応すべきか。
――やっぱり生徒にバレるのは面倒だよなぁ。
「えっと、まず先生にお願いしたいことがあります。俺が高平先生のコンサートでピアノを演奏したことは秘密にしてほしいんです。皆も協力してほしい」
「高平先生って誰?」
そう聞いてきた友子と坂口先生以外はコクコクと頷いてくれた。
「なんか有名なピアニストらしいよ」
かなりアバウトに答えた武夫だったが、食いつくように坂口先生が付け加える。
「有名もなにも、高平五郎って言えば日本でも五指には入るピアニストで、海外でもご活躍されているわ。そんな有名ピアニストと共演したのよ吉崎君は。しかもオーケストラと大勢の客の前で。この雑誌でも大絶賛されているわ、中学一年生の天才ピアニスト現るってね」
坂口先生の鼻息が荒い。彼女の150cmにも届かないだろう小柄な容姿と、年齢のわりに幼く見える顔でプンスカ憤っている姿を見て、武夫は失礼な感想を抱いていた。少々困ったことにはなっているが、どんなことでもなるようにしかならないと人生経験から悟りきっている武夫は、外から見ても余裕が見える。
――なんか和むわ~。って、それどころじゃないか。
「先生、秘密でお願いしますね」
再度武夫に頼まれた坂口先生は、きょとんとした顔で聞いてきた。
「どうして秘密にしなきゃいけないの?」
「それはまぁ、今後しばらくはバンド活動に力を入れていきたいからですよ。生徒たちの中で噂にでもなったらその対応に追われるかもしれないじゃないですか」
坂口先生は眉間に指の先をあてて渋い顔で考え込んでしまった。
「うん、分かったよ。ほかの生徒には言わない。だけど先生のお願いも聞いてくれるかな?」
武夫は嫌な予感に襲われながらも聞いてみる。
「なんですか?」
「このコンサートで演奏した曲を先生に聴かせてくれるかな。ピアノが上手いのはバレてもいいんでしょ?」
――まぁ、ギターが弾けるのはバンドやる時点でバレるからなぁ。来年の文化祭で演奏するだろうし。そこにピアノが加わっても問題ないか。でも、一回だけ断ってみようか。もしかしたら弾かないで良くなるかもしれないし。
「わ、わたしも聴いてみたいかな。武夫君の本気のピアノ」
なんと、雅美までもが瞳をキラキラさせてお願いしてきた。こうなると武夫に断る術はない。彼はほんのりと頬を紅潮させてやる気に満ちた口調で言うのだった。
「分かりました。お聴かせしましょう」




