第33話:歌詞の完成、そしてバレた?
結局歌詞の完成には二週間ほどを要した。もともと納期なんぞは存在していないし、雅美と友子で二人が納得するまでとことん話し合ってもらった。
途中からは千佳子も加わり、おかげで女子三人の仲はかなり良くなったし、ときおり見せる雅美の笑顔も自然で明るい。
だからこのところ武夫の精神状態はすこぶる健全であり、機嫌も良かった。ただ、おかげで雅美が余計に可愛く見えてしまい、おずおずと手渡されたノートを受け取る際には、ほんのりと頬があからんでいた。
「あの、出来たので見てください」
「うん、ありがとう。気合を入れて読むよ」
「いや……そんなに気合は入れなくても。軽ーくでお願いします」
武夫と雅美の二人の会話は以前よりぎこちなく丁寧だ。まだぜんぜん彼女と呼べる関係にはなっていないし、ちょっとおませな十二歳どうしの、お互いに意識しあっている初々しい男女の会話にしか見えない。
せめてあと三年、高校生になって雅美の女性らしさが花開いてからが恋の本番だと武夫は思っている。今はまだ幼い雅美を、光源氏計画ではないが、孫のように慈しむしか彼にはできなかった。
焦ってはいけない。急ぎすぎてはいけない。そう思って武夫は雅美との関係については慎重に慎重を重ねている。それでもミスすることがあるのは彼の愛嬌のようなものだが、前世で還暦を迎えた貞操感が今の幼い彼女を見守る方向へと彼の行動を無意識にシフトさせている。
それはそれとして、武夫は手渡された雅美のノートを、恥ずかし気に緊張している様子の彼女の目の前でぱらりと開いた。ちなみに友子は期待感一杯に目をキラキラと輝かせている。
――うん、これは思い切り変えたというかなんというか……でもこれはこれでアリかな。
友子が書いた歌詞は食欲の権化というか、あまりにも直接的な表現で詩的ではなかった。武夫的には食べ物の歌でもきちんと詩的になっていて完成度が高ければ、それでアリとさえ思っているが。
で、雅美が書いてきた歌詞は、食欲のシの字も出てこないものだった。内容的には自分に自信を持てない女性が恋をしたことをきっかけにして自分を変えていく。そして最終的にゴールインしたことを思わせる表現になっていて、ちゃんと歌詞として成立していると武夫は思えた。
「うん、これならいい曲になりそうだ。うまいこと食欲を恋愛感情に置き換えてあって良い歌詞だね」
「そ、そうかな……」
雅美は照れながらも嬉しそうだった。うつむき加減にもじもじしながら顔を赤らめている。そんな彼女を横目に、友子は飛び跳ねて喜んでいた。
「じゃぁ、皆が良ければ俺はこの歌詞をもとに編曲しなおすから、それでいい?」
「うん、ちょっと恥ずかしいけど、みんなに手伝ってもらったから」
武夫が長机にノートを広げると、すでに集まっていたバンドメンバーたちが視線を集中させた。
「うんうん、これでやっと人前で演奏できる」
涙ながらにそう呟いた正彦は、雄二と熱い抱擁を交わして感極まっている。
「あとはマスターに認めてもらうだけ」
千佳子がボソッとそう言ったとたん、雄二と正彦がギクリと固まった。武夫は彼ら二人と部活を共にするうちに、彼らがなぜライブハウスのマスターに認められないのかが分かった。
雄二からは自己申告だったのだが、ドラムの腕は順調に伸びていたらしいが、同じく急激に身長が伸びたことでそれまではコントロールできていた手足の感覚が狂ったそうだ。だから速いバスドラの連打で足がもつれたりするらしい。
――その身長を俺に分けてくれよ。
正彦に関してはもっと単純で、まだベースを始めて一年ちょっとしか経っておらず、ただの経験不足だということらしい。雄二とほぼ同じ時期にベースを練習し始めたらしいが。
けれども、時を同じくしてギターを始めた千佳子はマスターに及第点を貰っていて、知識の吸収欲も強いし練習も真面目に取り組むことから上達が早いのだろうと武夫は思っている。
――いや、センスも重要か。
武夫自身は自分の楽器を操るセンスが、高いとは思っていない。彼の場合は、大人の意志と知識によって半ば無理やり幼児期に叩き込んだ技術なのだから。
ちなみに武夫がバンドメンバーの中で最も音楽的センスが高いと思っているのが友子である。彼女の場合、その歌声の質と響かせ方、抑揚の付け方がバツグンに上手い。それからメロディーを創造する能力にも信じがたいセンスがあると彼は思っている。
そんな友子の彼氏である正彦は、残念ながら自分と同じ凡人であると武夫は評価している。だから彼には努力が必要なのだ。そのことを正彦自身も分かっているらしく、部活ではいつもストイックに練習している。雄二はそんな彼に対抗するようにドラムを叩いていて、ややムキになっている感もあるが、全体的に見れば和気あいあいとしていて武夫はこのバンドに居心地の良さを感じている。
武夫がバンドメンバーたちを眺めながら、そんなことを考えているときに音楽準備室のドアがガラガラと開けられ、顧問の坂口洋子先生が興奮した面持ちで入ってきた。
間違いなく二十代後半だろうが、そうとは思えないくらい幼くに見える坂口先生は、ズンズンと武夫の前まで歩み寄ると、おもむろに手に持っていた雑誌のページを彼の顔の前に掲げて言った。
「これ、吉崎君だよね」




