第28話:編曲の方向性
武夫のリクエストに一番喜んだのは友子だった。さっきまでしょぼくれていたのに、今は輝かんばかりの笑顔だ。ほかの三人はいたって普通。さっきの演奏時よりは緊張がほどけたというか、幾分マシかなと思う程度だった。
「いっくよ~。カレーは給食の王様!」
――うん、なんとなく想像はしてた。
二曲目のサビは、給食でカレーを食べていかに幸せだったかを綴る、わりとスローで落ち着きがあるバラード調のメロディーだった。そして三曲目は「朝ゴハンはパンよりゴハン」という曲名で、サビは朝食でご飯を食べないとその日一日の活力が出ないと力説する、明るめの曲調だった。
どちらのサビも一曲目ほどのインパクトはないが相応の魅力を持っていて、食べ物シリーズと言って良いのだろうか、似た感じの曲調だった。
――行けるかもしれないな。もう何曲か聴いてみたいけど、まずは一曲組み上げてからか。楽しみは後に取っておこう。まだオリジナル曲が有ればだけど。
三曲を聞き終わった時点で、達夫の頭のなかでは一曲のイメージが出来上がっていた。けれどもそのためには幾許かの犠牲が必要だった。
「ありがとう。なんとかイメージが固まったよ」
「おお、おお!」
一番興奮しているのは友子だった。これから自分が書いた曲が組みなおされるということが、分かっているのだろうか? 普段の彼女の言動から一抹の不安を武夫は感じていた。
「これからトモちゃんが作曲した楽曲を組みなおして新しくするんだけど、平気?」
「もっちろん。ワクワクのほうが大きいよ!」
――ということは、彼女も自分の曲に不満を持っていたということか。それなら期待に応えるしかないな。
もともと編曲やアレンジは二次創作である。原曲があってこそで、自作曲の編曲を依頼してきた木下先生や永山先生は自分が作曲した作品に不満を持っていた。それは武夫が編曲前の打ち合わせで両名から聞き及んでいる。
だから武夫は、原作者に最大の敬意を払って編曲作業にあたることにしている。決して「俺が組みなおしてやるぜ」みたいな傲慢な考えは持っていない。
むしろ、よくこんな素晴らしいフレーズが思いつくものだと尊敬するばかりだ。武夫には作曲センスが皆無だからこそ、彼は作曲者に対して謙虚になれる。
「聴いた感じだと、ノーマルなロックよりポップな曲調のロックにしたほうがメロディーが生きるし、トモちゃんの声も映える。トモちゃんは軽い感じのポップなロックと普通のロック、重めのハードなロック、どれがいい? もっと明るいポップスにしてもいいよ」
友子は「ウーンウーン」と悩むそぶりを見せた後、懇願するような目で正彦を見た。彼は諫めるような険しい目つきで首を左右に振っている。そして彼女はガックリと項垂れた。
「軽い感じのポップなロックがいいです」
――敬語だ。あきらかに不貞腐れてる。これは聞いておかないとマズいよなぁ。あとで揉められても困るし。はぁメンドクサ。
恋人同士の目と目で語り合うやり取りだったが、武夫にとってそれは「見せつけてんじゃねぇよ」という軽い羨望が混じった感想でもあった。目下雅美との関係がまだ始まったばかりな武夫にとって、正彦に対する嫉妬にも似た感情と、作曲者の希望を最大限くみ取りたいという思いが混ざり合った複雑な心理状況下によるこじれた思考プロセスが、彼の心に悪影響を与えていた。
「おいおい、目と目で語り合ってんじゃねぇよ。わっかんねぇよ。俺たち仲間になったんじゃないのか?」
「ああ、ごめんごめん。気に障るとは思わなかったから……以後注意するよ。それで、友子は最近さ、メタルに嵌ってるんだよ。だから絶対バキバキに重いロックを希望すると思ったんだ。でもさっき演奏した三曲は武夫が言ったみたいにさ、絶対軽めの明るい曲調が映えると思うんだよね。だから友子に自重してもらおうと思って」
――ハァ、なにを八つ当たりしてんだ俺は……。
「俺も突っかかっるような言い方してゴメン。理由は分かったよ。じゃぁさトモちゃん、最初に言ったみたいにポップロックにするけど問題ないよね」
「うん、いいよ。アタシのわがままが原因だよね。これからはもっと注意するからマサ君を許してね」
今のは完全に自爆であると武夫は自覚していた。絶対に叶わないと思っていた初恋の相手に接するあまり、舞い上がった精神が体の年齢に引きずられて歳相応の短慮さを見事に発揮してしまった。
「許すもなにもないよ。今のは俺も悪かったし、正彦のことは今でも仲間だと思ってる。これからもそうありたい。だからトモちゃんさ、今までどおりのトモちゃんでいてね」
武夫は笑顔で友子と正彦の顔をそれぞれ見た。
「うん、やっぱりアタシはこっちの方がいいね」
そう言って友子はいつもの笑顔でVサインを作った。
「そうだね、今までどおり。いや、今まで以上に楽しくやっていこう」
正彦も笑顔で返してきた。
「青春してるねぇ」
「うんうん、なんか武夫君がはじめて熱くなって、こういうのいいかも」
「師匠はいつも音楽には真剣。それが師匠が師匠たるゆえん」
順に雄二、雅美、千佳子の発言であるが、武夫は雅美がバンドメンバーの一員として、仲間として、ずいぶん馴染んできたようで嬉しかった。
「じゃぁ、編曲始めるとするか、まだまだ時間あるしな」




