第21話:武夫の実力
本来パッヘルベルのカノンは静かなイントロを経て徐々に盛り上がっていく曲であるが、武夫がギター用にアレンジしたカノンロックは、静かでゆったりしたリフから入って、そこからAメロでロックな16ビートの軽快なコードを刻んでいくのが特徴になっている。
武夫は大胆に体を動かしながら楽しそうに音を紡いでいった。
Bメロに入るとテンポを落として高音域を活かした情緒的な旋律でタメを作り、そこからサビにはいると、武夫はピックを咥えて高速タッピングを駆使したテクニカルなライトハンド奏法で、一気に場を盛り上げようとするが、悲しいかなオーディエンスは雅美と他二名だけだ。
けれども今の武夫的には、雅美にさえ聴いてもらえればそれで充分であり、雄二たちはオマケのようなものだった。そう思っている武夫が客席の最前列を見てみると、胸の前で両手を結んでいる雅美と目が合った。そしてなぜか、最前列には女生徒が二人増えていた。
――ウチの制服だ。ああ、池田と野沢の彼女か。たしか、安納さんと石黒さん、だったっけ?
雅美以外の女生徒には興味がない武夫は、彼女たち二人の顔は知っていたが名前はうろ覚えだった。だから彼女たち二人のことはさして気にも留めず、雅美のためだけに自分の音楽を届けようと彼は演奏を続けるのだった。
サビが終わるとアドリブソロパートだ。超絶技巧を尽くしたリフを奏でながら観客を沸かせることを意識し、テクニックを見せつける。
武夫には彼の雄姿を情熱的に見つめてくる雅美の姿しか目に入っていないが、彼女から少し離れた前列で女生徒二人は食い入るように彼の演奏を見ている。雄二はドラムセットの中で顎を落として目を見開き、茫然自失のようだ。正彦もステージ横で目を見開いている。
そんななかで演奏を続ける武夫は、そこからもう一度サビを繰り返し、最後にアウトロを情熱的に締めるのだった。
「凄い! 凄い凄い凄い凄い。吉崎君だよね。ほとんどプロじゃん。チカちゃんもそう思うよね」
「うん、うん。わたしより一億倍上手い」
女生徒二人が大騒ぎし、武夫が呆気にとられていると、雅美がパチパチと拍手で祝福してくれた。女生徒二人も彼女に続くように拍手し、少し遅れて雄二と正彦からも拍手の音が聞こえてきた。
「マサ君マサ君、これってどゆこと? なんで吉崎君と白石さんがいるの?」
そう言ってステージに上がったのは石黒友子だった。ステージに出てきた正彦に詰め寄っている。となみに、石黒友子が正彦の彼女で、安納千佳子が雄二の彼女だ。二人とも一組だから雅美のことを知っているのだろうと武夫は理解した。
「ああ、それは雄二のバカが――」
正彦と友子が話し込んでいるのを横目に、武夫はステージを降りて雅美のところに歩み寄った。
「拍手ありがとう」
「いえいえ、でもなんか感動しちゃったよ。それにすごくカッコよかった。ピアノもすごいけど、ギターもすごいんだね。憧れちゃうなぁ」
「い、一応ピアノが本業なんだけどね」
「吉崎君はピアノも弾けるの? あ、私安納千佳子」
話に割り込んできたのは安納だった。武夫は邪魔すんなよと思って一瞬ムッとしたが、さすがにそれを表には出さなかった。
「師匠って呼んでいい?」
「吉崎君はわたしの先生ですぅ」
安納がぶっきらぼうキャラだということが武夫には分かった。雅美との関係が早くも進展していることもはっきりした。それは死ぬほど嬉しいし、願ってもなかったことである。が、このラブコメ的展開に武夫は正直面食らっている。
「千佳子、なに話してんだ? もうその転校生と仲良くなったのか」
「彼女はクラスメイト。そして吉崎君は師匠」
そう言って千佳子が武夫の右腕に絡みつくと、雄二が目じりを吊り上げて武夫を睨んできた。
「師匠は神。師匠にヒドイことしたら私が許さない。雄二と関係に終わりを告げる」
雄二は見るからに狼狽していた。身長が150に満たないであろう千佳子に、175近い大男が尻に敷かれているようで、武夫にはその様子が微笑ましく思えて、コイツらとなら楽しくやっていけるかもしれないと思うのだった。
そんなことを武夫が考えていると。
「吉崎、お前スゲェな。正直言って俺が聴いてきた誰よりも上手ぇ。俺たちとはレベルが違いすぎたよ」
「フフン、師匠は神」
「千佳子、お前が威張んな」
なんやかやと言い合っているが、雄二と千佳子は良い関係で、正直羨ましいと武夫は思った。そんな雄二が真剣な瞳で武夫の目を見た。
「吉崎、レベルの違いは分かった上で頼む。俺たちとバンド組んでくれねぇか」
「僕からも頼むよ。コイツが言ったとおり吉崎と俺たちじゃ天と地ほどの差があるのは分かった。でも俺たちだって上達してる途中だ。いずれ必ず君に追いついてみせる」
「師匠はきっと分かってくれる」
「私からもお願いするよ! 吉崎君、一緒にバンドやろう!」
四人それぞれにこうまで言われては、嫌とは言いにくい。けれども武夫には絶対に譲れないことがあるのだ。
「白石さん次第かな。彼女と連弾やって俺、すごく楽しかったんだ。だからバンド組むなら彼女も一緒じゃないと」
五人の視線が雅美に集まった。




