第176話:後日談 その十四 ~大学生編~
サラトガ・スプリングスでのロラパルーザ公演を終えた武夫たちは、パートナー同士で三組に分かれて行動することになっている。正彦と友子はニューヨークで数日すごしたのち、カナダへと渡るコースで新婚旅行をするそうだ。雄二と千佳子もニューヨークで数日すごしたのち、こちらは東海岸沿いにマイアミを目指すそうである。
そして武夫と雅美は、ニューヨーク観光はほどほどに山根さんと共にイエローストーンを経由してロサンゼルスに向かうことになっている。その他のスタッフは山根さんを除いて即刻帰国予定だ。
「二人だけでカナダまでって、英語とか大丈夫か?」
武夫が雄二と千佳子に向けて不安そうな顔で言うと、即座に反応したのは千佳子だった。
「大丈夫。バッチリ勉強したしネイティブ相手に予行演習もした」
「行っちゃダメなところとかNG行動とか教えてもらったしな」
雄二は英語というか英会話に関してはまるでダメ男だから、会話に関しては千佳子がなんとかするのだろうと武夫は思った。
――ま、コイツらのバイタリティがあれば心配は無用か。
正彦は普段口数が少ないが、今回のフェス参加というか婚前旅行に備えて、武夫相手に英会話の特訓を一年ほど積んでいる。友子があまりにも自由人でアレだから、自分がなんとかしないとという思いがそうさせるのだろうと思って武夫は快く特訓の相手を引き受けた経緯があった。だから武夫はこの二人に関してはあまり心配していない。
そんなことがあって武夫たちは三組に分かれてそれぞれの目的地に向かったのだった。武夫たちは予定通りイエローストーンで壮観な自然を満喫したのち、再びロサンゼルスの地へと降り立った。
武夫がここロサンゼルスまで足を延ばした理由は、もちろん観光もあるが、それはオマケであり、真の目的は音楽大学の教授ソフィア・ブラウンからの依頼である。
依頼とは言っても金銭的報酬が発生するものではなく、あくまでも慈善的な依頼だった。山根さん曰く、セクストグリントのロラパルーザフェス出場が決まったときに教授に連絡をした際に、ぜひともロサンゼルスまで足を延ばしてほしいと頼まれたそうだ。
なんでも、ソフィア教授の恩師にあたる教授が引退するそのパーティーというか演奏会に、ぜひとも武夫に出演して欲しいというものであった。武夫が演奏するのはもちろんピアノである。
「なんでもその演奏会にはね、クラシック界の有力者が何名も顔を出すそうなの――」
武夫にも容易に想像できたことだが、山根さん曰く、アメリカのクラシック界に名前を売るまたとないチャンスらしい。それほどの有力者が顔を出す演奏会ということだった。
本来、この演奏会にはアメリカの音楽大学で優秀な者、つまり、音楽大学の教授や有力者が推薦した若手の演奏者というか主に学生が腕前を披露することになっているらしい。つまりほとんどの学生はアメリカの音大に通う者たちである。武夫は音大に通っていないし、ましてやアメリカの大学にも通っていない。
それでもソフィア教授が武夫を推薦したということは、それだけ武夫のことを買っているということなのだそうだ。
「――だから頑張ってね」
日本のピアノコンクールすら入賞歴がない武夫は、日本国内では知られたピアニストであっても、アメリカのクラシック界では無名もいいところである。
アメリカのクラシック業界で成功するためには、本来は日本のピアノコンクールで優勝し、海外のコンクールで優勝なり入賞なりして名が売れてはじめて可能性が出てくるらしいが、というか、普通はピアニストになるほどの実力があればそれなりにコンクールの入賞歴という実績があるはずである。
けれども武夫は、主業をセクストグリントのバンド活動と、歌い手のプロデュースとか編曲者としての活動とか小説執筆に置いている。だからピアノコンクールで実績を積む必要性を感じていなかったし、アメリカでは無名である現在もその考えは変わっていない。
だからといって、せっかくチャンスを貰えるのならばそれを活かすことに躊躇は無かった。コンクールに出て名を売る必要性までは感じていないが、貰えるものなら貰っておこうという軽いノリである。それでも。
「期待してるわよ」
武夫がピアニストとしてもアメリカで成功することを、山根さんは心の底から願っているようだ。ニューヨークからロサンゼルスまでの道中で、武夫は山根さんのそんな心持ちを感じ取っていた。
もちろん商機を逃したくないというか、何としても商機を掴み取りたい本音はあるだろうが、それでも「期待してる」と言ったときの山根さんの顔を見て、武夫はそう確信したのだった。




