第175話:後日談 その十三 ~大学生編~
一九九一年七月の末、正彦と友子が式を挙げた。式と披露宴は身内と関係者だけで内密に執り行われたが、その内容はかなり盛大なものになった。正彦も友子も親戚が多い。従兄弟は両家合わせて三十数名ほどいるそうだが、その多くが家族で参加していたということと、式には金をケチらないという正彦の実家のしきたりというか習わしがそうさせたそうである。
式は神社での神前式だった。武夫たちは披露宴でピアノの演奏から入ってバンド演奏を二人に贈ったのだが、バンド演奏には当然正彦と友子も参加して披露宴会場はさながらコンサート会場と化した。これは武夫と雅美の披露宴でも同じだった。ちなみに武夫と雅美の式は教会で挙げている。
そんなことがあって八月に入ると、武夫たちはアメリカで参加するフェスでの演奏に向けての練習をこなしたのち、渡米を果たした。正彦と友子はフェス終了後、アメリカに残ってそのまま新婚旅行としゃれ込むらしい。
武夫たちの行き先はニューヨーク州のサラトガ・スプリングスだ。フェスは八月十三日にサラトガ・パフォーミング・アーツ・センターで開催されるらしい。
「なんかスゲー場所だな。雰囲気があるっていうか」
フェス会場に到着した雄二の一言であるが、会場は屋外半開放というか、扇型の劇場前部に五千ほどの客席があって、その後方が芝の屋外に開放されていて緑豊かな自然の中というか森の中というか、日本では見たことがないような雄大な会場だった。
武夫たちセクストグリントの出番は、アメリカでの実績がほとんどないということもあるだろうが、オープニングアクトということになっていて演奏曲数も四曲と少ない。
けれどもこのフェスには世界的人気バンドも出てくるとあって、当日にはかなりの観客で賑わうだろうと山根さんは言ていた。前日に会場入りした武夫たちは、会場近くの雰囲気のあるホテルで一泊したのち、本番に挑むことになった。
オープニングアクトということもあって、まだ陽がさんさんと降り注いでいて、屋外にあふれた観客たちはタオルを被ったりしてかなり暑そうだ。
「おいおいおい、こんなチャイニーズの餓鬼どもがプレイすんのか?」
ステージに上がって機材のセッティングをしていた武夫たちには観客たちからの厳しい視線が突き刺さっていたが、それと同時に差別的な否定の言葉とかバカにするような罵詈雑言も投げかけられていた。
ちゃんと聞き取れているのは武夫だけであるが、そんな武夫は観客たちの言葉を聞いて腹を立てることもなくほくそ笑んでいる。
――まぁ、アメリカならこんなもんだよな。俺たちの演奏を聴いてどんな顔をするのか楽しみだ。
そんなこんなで機材の準備が終わっていよいよフェスが開幕した。
「We are Sextglint from Japan!」
勢いよくステージに飛び出してきた友子がそう叫んだ。けれども観客の反応は冷ややかで、ブーイングすら聞こえてくるありさまだ。
――ものを投げつけられないだけまだマシかな。
観客の反応の悪さにコテっと首を傾げている友子に、安心しろとばかりに笑顔を送った武夫ははそんなことを考えていた。そしていつでも行っていいと少々戸惑っているメンバーたちに合図を出した。
「ブルーベリー!」
一曲目は「ブルーベリー」だ。ただし、武夫はフェス用に「ブルーベリー」をアレンジしていた。この曲はもともと友子のヴォーカルを前面に押し出したバラードだったが、それをメタル寄りにしてバックの演奏を激しくしている。
そんな「ブルーベリー」をはじめて聞かされた観客たちの目が見開かれた。静かにはじまったイントロから友子が歌いはじめた途端、彼女の歌声に観客全員が引き込まれるというより飲み込まれていった。冷ややかな観客の反応に一切怖気づくことなく実力を出し切っている友子はさすがだ。そして間奏で奏でられた武夫の超絶ギターソロを聴いて肝をつぶされたようだ。
「ウォー!!!」
地鳴りのような歓声を観客たちがあげている。
――げんきんなものだな。でもこの反応の素直さがアメリカらしい。
一曲目が終わると観客たちの表情が完全に変わっていた。ものすごく期待するようなキラキラというかギラギラした視線で武夫たちを射抜いている。
二曲目は「ウィークボゾン」そして三曲目は今年発表したばかりの「run away」だった。二曲ともフェス用にロック色を強くしたアレンジが成されている。そして観客の反応もノリノリで完全に武夫たちのアウェー感は取り払われていた。
最後の一曲は「真夏の太陽」という曲名で、この曲は日本ではまだ未発表の次のアルバムに入る予定の曲だった。曲調は少しハード目のプログレメタル曲で、特徴はヴォーカルの音域幅が異常に広いことと、雅美のキーボドと武夫のギターが間奏で奏でるメロディックな超技巧にあった。
この曲を聴かされた観客たちは今まで以上に顕著に興奮し、あらん限りの声を張り上げている。
こうしてセクストグリントのロラパルーザ公演は幕を閉じた。「One more song」の大合唱を聞きながらステージを降りた武夫たちは、アメリカでの成功に現実味が出てきたことを実感したのだった。




