第1話 冒険の始まり
追放された貴族が追放先を開拓……え、ちょっと待って(意味深
「クラーク……なぜ貴族という階級が存在するのか、考えた事はあるか?」
まだ日が昇る前の、早い時間帯の事。
一人の老人が、隣にいる少年に声をかけた。
先ほどまで、老人と共に早朝のトレーニングをしていて……しかし老人より体力がないのか、途中でバテて野原で寝転んでいる少年へと。
「???? なんだい爺ちゃん? 歴史の授業?」
すると少年――老人の孫であるクラークは、眉間に皺を寄せた。
クラークは、勉強がそこまで得意ではなかった。
さらに言えば、苦手であるにも拘わらず、そんな子供の存在をよしとしない両親により、無理やりいろいろ習わされ……勉強が大嫌いになっていた。
だからこそ、クラークは……歴史の話をする祖父に難色を示す。
というかその祖父だけが、勉強嫌いとなったクラークの味方で。
さらに言えば祖父も、昔はクラークのように勉強が苦手であったらしい、と昨年亡くなった祖母が言っていたため……裏切られたような気持ちになった。
「…………いや」
祖父は頭を振った。
その顔は、悲しいというよりは……どう話すべきなのかを、思い悩んでいるような感じだった。
「お前はどちらかと言えば、教わるよりも自分で確認しに行くタイプだったな……かつての私みたいに」
「…………爺ちゃん……」
そんな祖父を見ていて、クラークは少々罪悪感を覚えた。
今まで自分の味方でいてくれて、さらには自分が理想とする形で、いろんな事を教えてくれた祖父に甘え、祖父の気持ちを……まったく考えていなかったと今さら気づいてしまったから。
「ならばクラーク」
けれどそんな罪悪感は。
次の瞬間には霧散する事になる。
「お前が、解いてくれるか? 私が与えた〝鍵〟を使って……この世界の謎を」
怒りこそ一切感じられない。
けれど、今まで見た事がないほど真剣な表情を……祖父がした事によって。
「そして、できるならば……私にできなかった事を…………お前に――」
※
それから、約一年後。
婿入りした家で、妻と共に数多の事業に手を出し、それなりの財を築いた一人の貴族――ジョン・ウォレス卿は、隠居先で静かに息を引き取った。
享年、八十一歳。
ここワルド=ガング王国が今も力を入れている戦争に。
ようやくひと区切りがついた……ある夏の日の事だった。
※
『クラーク。お爺様のお前への遺書が見つかった』
父親にして現ウォレス家当主ことロサウロから先ほど言われた言葉を、クラークは思い返す。
着の身着のまま追い出され。
さらには雀の涙ほどの金とクラークの私物を渡され。
そして遺書が示す場所へと……徒歩で向かう中で。
『私のを含めた他の遺書、そしてお爺様の財産目録からして……どうもお爺様は、お前へと、私でさえあるとは、財産目録をひっくり返すまで思っていなかったモノを遺したようだ。
何の価値があるのか分からんようなモノだ。
だが、お爺様と同じく、貴族らしくないお前には、ある意味お似合いなモノではあるな。とにかくお前に継承された以上……これを管理する責任がお前にはある。
だからクラーク。今すぐお爺様の遺産がある場所まで行きなさい。
それからお前は、もう我が家に帰らなくてもいい。というか我が家にはもう優秀な後継者がいるからな。正直、我が家に相応しくないお前はいなくていい』
その父親が……息子である自分に向けた蔑んだ目。
そして、同じく父親に呼び出されその場にいた二人の兄の嘲笑。
『まさかなぁ。お爺様はお前には目をかけてたからお前にそれなりの財産を与えると思っていたけれど』
『その財産の中の、価値があるとは思えないようなモノをお前に与えるとはなぁ。こいつぁビックリだ』
『『まぁでも、お爺様も貴族らしくない趣味を持ってたし、こうなるのも無理ないかなぁ????』』
「…………クソが」
さらにはついでとばかりに、父親の執務室から出た後に兄達から言われた事まで脳裏を過る。
その瞬間、クラークは改めて怒りを覚えた。
今まで家族であったものの、自分達の家には相応しくない存在だからというフザけた理由で……価値のない財産の管理のためという名目で、事実上の追放をした者達に対する怒りを。
というかそもそもクラークの両親は、貴族らしくある事を子供に強要するほど、異常にプライドが高く。さらには兄達も、そんな両親に感化されて、貴族らしさにこれまた異常なまでに拘るようになり。それ故に彼らは、貴族らしくない性格たるクラークを嫌っていて。
祖父であるジョンがいなければ、もっと早い段階で捨てられていたかもしれない……そんな最悪の家庭環境だったので、こうして離れる事ができたのはクラークにとって正直幸運であったが、だからと言って家族が自分にした事は…………簡単に忘れられなかった。
「最後の最後まで、見下しやがって。いや、それよりも……」
しかし、いつまでも怒りを覚えているワケにはいかない。
クラークはジョンという後ろ盾を失い、それを機に家族に堂々と捨てられた身。
そんな状況下でこれから先も生きるためには。
ジョンが自分に遺してくれた、とある場所に関する情報が書かれてると思われる遺書を解読しなければいけない。
ジョンは、貴族にして冒険家だったらしい。
というか貴族という、いろんな責任に縛られる階級が嫌だったらしく……小さい頃から勉強の合間に、誰も行った事がない場所を冒険していたそうな。
そしてその在り様は、青年になっても変わらず。
ここワルド=ガング王国を今もなお脅かす異相獣との戦いに、何度か参加した事はあるものの、その戦争にひと区切りがつく度に、すぐさま彼は冒険に出かけた。
「つうか、冒険家だった爺ちゃんらしいよなぁ。これはもう遺書というか……いや書ではあると思うけど、書は書でも……書籍という意味での書だよなぁ」
クラークはジョンの、自分宛の遺書だとして渡されたB4サイズの手帳を開く。
表紙のタイトルの部分に、祖父と己の名前、そして遺書と書かれている。間違いなくクラークへと宛てた遺書だ。
しかし、その中身は意味不明であった。
「それに、書いてあるのがかつて俺に教えてくれた謎の文字とか……まさに冒険家な爺ちゃんらしい遺書だぜ」
異相獣との戦いにひと区切りがつく度に出かけた冒険の地で、ジョンは見た事のない文字が刻まれた謎の遺跡を発見したという。
といってもそれは、かつてジョンがクラークだけに話した真偽不明な事柄。
そんな遺跡を本当に発見したのかどうかは、その冒険をした場所へ実際に行ってみなければ分からない。
そしてジョンは、その謎の文字とやらをあらかじめクラークにだけ教えていた。
その解読法と共に。
今回の事実上の追放を見越して。
「クソ親父共は中を見たのか? まぁ見たとしても、俺にしか読めないんじゃ意味ねぇよな」
そしてそう言いながら、クラークは手帳の内容と目の前の光景とを見比べて……思わず笑みを浮かべた。
視線の先にあったもの。
それは周囲が崖に囲まれた盆地。
そして、その盆地の中に存在する鬱蒼とした森林――新たなる冒険の舞台だ。
不定期連載です。