カミュ·ロマーノフの逆襲 15
「データ照合……。
反応が出ているのは、惑星ルミナールから出された巡洋艦の一隻……?」
言うまでもないことだが、我が生家たるロマーノフ大公家は、実質的な経済力においても軍事力においても、主家であるロンバルド帝室を上回る銀河随一の大貴族家だ。
となると、これはごく当然のこととして、首都星である惑星タラントの他にも、治めている植民惑星がいくつも存在した。
中世世界における貴族家がそうであったように、支配している土地面積の広さが、そのまま家の力となっているわけである。
巨大なリアクター反応が検出されたのは、そんな所領の一つから供出させたのだろう巡洋艦の一隻……。
戦力提供してきたルミナールは、広大なロマーノフ大公領の中においては、末端部に位置する惑星であった。
どの要素を拾っても、これほど強大なリアクター反応を発する機体が搭載されている可能性はない。
何しろ、検出されたこの反応から導き出される結論は……!
「オリジナルのクリスタル·リアクターを搭載している……?」
――クリスタル·リアクター。
パレスが曳航している先史文明の『遺跡』から発掘された動力炉の名称である。
特筆すべきなのは、その圧倒的高出力。
エネルギーを生み出す原理そのものは、銀河帝国で一般的に使われているプラネット·リアクターと変わらないのだが、とにかく、出力が桁違いであるのだ。
特に、ヴァンガードたちが搭乗しているゴールドカラーのオムニテックやこのティルフィング改は、ルガーに使われている量産品ではなく遺跡から発掘されたそのものを搭載しており、他と隔絶した性能の源泉となっていた。
つまりは、そんじょそこらでポンポンと見つかっていい品ではないということ……。
ましてや、ハイヒューマンと縁もゆかりもない惑星所有の巡洋艦から、その反応が発せられるはずはないのである。
『一体、どういうことだ?
なぜ、あの艦からこれほど強力なリアクター反応が……!』
その証拠に、トリシャスの残りを相手取っているティルフィング1号機も、狼狽した声を漏らしていた。
だが、驚くのはそれだけじゃない。
『オイオイ……。
艦砲射撃をしやがる気だぞッ!』
片脚を失って一旦引き下がってきたジョグが告げたように、その巡洋艦は……いや、惑星ルミナールから供出された巡洋艦群の全てが、各砲塔をうごめかせたのである。
まるで、人間がウォーミングアップで指を鳴らすかのように……。
各艦の連装ビーム砲は、生き物めいた動きで上下に動き、最速で動作確認を終えた。
そして、コップに注がれたジュースが溢れ出すかのごとく、荷電粒子の光が各砲口から膨らみ……。
――弾けた。
音はない。
ただ、いくつもの連装ビーム砲から発射されたビームが、PLの複合装甲越しに俺の肌を粟立たせる。
圧倒的な破壊エネルギーの奔流は、音も振動も存在しない宇宙空間においても、感じた者の魂を震え上がらせ、圧迫するのだ。
そして、重要かつ前代未聞であるのは、この一斉砲撃が、勝ちを確信して意気揚々と帝国旗艦への接舷に乗り出したパレスへと、放たれたということ。
説明するまでもない。
戦艦の砲というものは、遠くから敵を撃滅するために搭載されているものだ。
大和だってアイオワだって、そのために特化した設計となっている。
銀河時代現在の艦艇というのは、第一にPL運用能力を重視されているものの、砲に関する思想そのものは、第二次世界大戦時代のそれから一切進化していない。
いや、広大無比な宇宙空間における使用を前提としている分、より先鋭化されていると言っていいだろう。
そんな代物が、目と鼻の先と言っていい敵艦に向けて、一斉に放たれたのだ。
これはもう、目をつぶっても命中あたう距離。
事実上のゼロ距離砲撃であった。
つまりは、ユトランド沖海戦やソロモン夜戦以来の、至近距離砲撃が実現しているのである。
こんなものを食らっては、いかに先史文明で強化されているパレスであろうと、ひとたまりもない。
無数のビームが、パレスの巨大な船体に突き立ち、その装甲表面を赤く膨れ上がらせた。
灼熱の重金属粒子……それも、艦砲級の出力で放たれたそれが、パレスの複合装甲に吸収しきれぬほどの熱エネルギーを加えているのだ。
そして、惑星ルミナール軍の攻撃は、それに留まらない。
いや、こちらこそが本命であるに違いない。
最初、検出されたリアクター反応が、一斉砲撃に合わせてカタパルトから飛び出してきたのだ。
「PL……いや、OT?」
どちらであっても、大差はないか。
少なくとも、十八メートル級の人型機動兵器であることに違いはない。
ロマーノフブラックを彷彿とさせる機体色のシルエットは、スマートさとマッシブさを両立させた見るからに完成度の高い代物であり……。
特徴は、小刻みにうごめく背部のウィングと――手にした武器。
「――ハンマー!?」
思わず、目を輝かせる。
その機体が手にしているのは、頑丈さ、質量、遠心力による三者合一の暴力で、敵を粉砕する武器……。
鎖に繋がれた鉄球――チェーンハンマーであったのだ。
世界一有名な同種の武器と異なり、トゲトゲは付いておらず、つるりとしたボール状をしているが、それがスマートかつスタイリッシュな印象を生み出していた。
なんという、趣味的でイカした……あるいは、イカれた機体。
「欲しい……!
すごく、ほっすい!」
久しぶりに、欲望のままつぶやく。
この武装セレクト……ハッキリ言って、盲点だったという他にない。
あるいは、下手にPLでの戦い方を覚えた分、思考が小さくまとまっていたか。
鎖につながったハンマーをブンブンと振り回す機体なんて、基本中の基本だというのに……!
『くっ……!
一体、なんだというのです!』
俺のライブによって無力化されていたはずの連中によるあり得ないゼロ距離砲撃……。
そして、オリジナルのクリスタル·リアクターを搭載しているだろう未知の機体。
予想外の出来事が重なったことで、ハイヒューマンでは最も冷静沈着なクックーといえど、わずかなスキが生じる。
未知のハンマー使いは、それを見逃さず突貫してきたのだ。
背部のウィングから、プラズマジェット光噴射による光輝の翼を生み出し、謎の機体が姿をかき消す。
当然ながら、この世から消失したというわけではない。
恐るべき超スピード……おそらくは、ベレッタと同等かそれ以上だろう速度で、こちらへと割って入ってきたのだ。
同時に、振り回されたハンマーが投げ放たれる!
これはつまり、ウィングによる飛翔力と、オリジナルのリアクターが生み出す超パワーをかけ合わせた一撃。
ハンマーそのものには一切の仕掛けがなく、ただただ頑丈な鉄球と鎖の組み合わせであるようだが、それも納得。
ハンマーそのものに推進装置を仕込むなどの小細工をせずとも、十分すぎるほどの破壊力が生み出されるのだ。
そして、それが向けられたのは――ケラーコッホ!
『むうううううっ!?』
さすがクックーというべきか、機体そのものには直撃しなかったが、盾代わりとしたデスサイズが真ん中からへし折れたのだから、やはり、規格外の威力であると知れる。
同時に、謎の機体から直接のレーザー通信が、このティルフィング改へ向けられた。
『いきなさい!
このシグが抑えている内に!』
ボイスチェンジャーでも使っているのか、ひどくくぐもった声……。
だが、その意図するところを、俺は察していた。
「何者かは知りませんが――感謝!」
だから、フリーとなったティルフィング改のスラスターに最大噴射を行わせたのである。
向かう先は、当然……銀河帝国軍旗艦!
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