カミュ·ロマーノフの逆襲 2
背後から、ティルフィングの首を刈り取るべく放たれた初撃……。
これを回避できた理由は、いくつかある。
一つ目は、そもそも、俺自身が機体のステルス性に任せての奇襲戦法を得意としていること。
見えていない敵に攻撃を加えている者は、自身もまた、見えない相手から攻撃される危険性を、常に頭のどこかへ置いているものなのであった。
理由の二つ目は、襲ってきた敵機――ケラーコッホのステルス能力が、今回は完全に発揮されていなかったこと。
直撃を受けんとするパレスのブリッジを救うため、急行してきているのだ。
当然ながら、各スラスターからのプラズマジェット噴射は最高出力であり、その熱源反応は感知可能である。
また、そんな風に機体を脈動させている以上、元来が強力なオリジナルのクリスタル·リアクターが放つ反応も漏れ出ていた。
第三に……これが最も大きな理由なのだが、今回、彼は珍しく発露している感情があったのである。
いや、これを感情として扱うのは、いささか語弊があるか……。
少なくとも、喜怒哀楽のいずれにも含まれない脳の働きであろう。
ならば、意思か。
真っ直ぐに、こちらへ向けてくる意思の波動というものが、ハイヒューマンご自慢の思考感知などに頼らずとも、この背筋を粟立たせたのであった。
すなわち――殺気が。
「――ちいっ!」
首元をガードするように、アルテミスの粒子振動ブレードを構える。
ギインッ! ……すると、暗闇から現出するように背後から振るわれ、ティルフィングの首前から迫りきた分厚い刃が、アルテミスのそれとぶつかり合い、反発し合った。
互いの得物へ付与された振動粒子の輝きが、物的な衝突以上に、エネルギーの激突を生んでいるのだ。
ジ……ジジ……ッ!
デジタルな音としてティルフィングのシステムが警告しているのは、装甲表面に及んでいるダメージ。
振動粒子同士が激突しているのだから、高エネルギーの飛散粒子が大量に発生している。
それは、PLの機体表面を容赦なく焼くのであった。
鋼鉄のマシーンだからこそ無視できるが、もし、生身の人間が付近にいたのならば、二目と見られぬ死に様を晒すに違いない。
ともかく、現状は首の皮一枚で繋がったというか、物理的にティルフィングの首を繋げたまま守れた状態……。
オリジナルのクリスタル·リアクターがもたらす圧倒的な膂力で敵の刃と鍔迫り合いしながら、回線をオープンにする。
「持ち場を離れて、こんなところに来てよろしいんですか?
クックーのおじさま?」
ほぼ接触状態の相手に最もよく声が通じるのは、糸電話も電波回線も同じ。
俺の言葉に、相手も音声で返してきた。
『……このケラーコッホは、見えざる相手に狩られる恐怖でもって、敵方を制する機体。
ならば、一定の成果を上げた後は、もはやこの機体そのものが潜まずとも、一軍を抑えることが可能ということです』
「空城の計?
あるいは、死せる孔明といったところですか。
ボイコットするには、便利な力ですね!」
ギ……ギギ……ッ!
ティルフィングの内部機構が放つうなりは、デジタルではなく生の音としてコックピット内に響き渡っていた。
リアクターの換装だけでなく、人間の筋肉組織に相当する内部機構まで改造されたこのティルフィング改だ。
昔日とは、比べものにならないほどのパワーが発揮できる。
それでも、鍔迫り合いは――互角。
相手もまた、同系統の技術を用いた白兵戦用の機体なのだから、これは当然の結果であった。
裏を返せば、力に押し負けることなく、五分で渡り合えるということ……!
『ええ、このまま戦場を離れ、魔法瓶に入れてきたお茶でも楽しもうと思っていたのですがね。
いや、はや、悪いお嬢さんだ』
この爺さん、ひょうひょうとしているというか、マジで掴み所がねえからな。
ひょっとすると、言葉通りにサボりを決め込もうとしていた可能性はある。
ある意味、堂々と寝過ごしたクリッシュ以上の問題児であった。
そんな彼の愛機が、押し込もうと……いや、引き込もうとしているのが、特殊な形状のポールウェポン。
そもそも、おおよその刃物というものは、前方に振り下ろし、切りつけることでその威力を発揮する。
ナイフ、ソード、グレイブ……それぞれ、支配できるレンジは異なるが、それこそが斬撃というものであった。
だが、今、ティルフィングの喉元へ迫っている刃は違う。
これは、背後から振るわれていながら、こちらの首を前側から切断せんと迫っているのだ。
この変則的にして、非効率な斬撃を可能としている武器の正体は――大鎌。
かつて実在したそれが、達人によって振るわれれば、雑草や牧草などを大量にしかも素早く刈り取ることが可能な実用品であると、俺は前世で見た動画により知っている。
しかし、それは本当に達人が、動かぬ植物を相手に振るった場合の話であって、間違っても戦場で振り回すような得物ではなかった。
ならば、どうしてこんな形状の武器を選んでいるのか?
それはまさに、心理的な効果を重視してのことだろう。
一度この姿を見た相手は、自分がまさに神出鬼没の死神に狙われていて、この首はいつでも刈られ得るのだと悟る。
武器をデスサイズとしているだけでなく、機体そのものも死神を思わせる趣味的なシルエットなのだから、なおさらのことだ。
ケラーコッホ――ハイヒューマンの死神が振るう刃は、狩猟の女神の名が冠された刃を押さえ込んで離さない。
「どうぞ遠慮なく、どこぞでお茶を飲んできてください!
そうだ! IDOL旗艦の倉庫には、企業から送られてきたわたしとのコラボコーラ試供品が山ほど積まれているはずですよ。
たまには、お茶ではなく炭酸飲料でも嗜まれては?」
『ご遠慮しておきましょう。
昔から、炭酸はどうにも苦手としておりましてね。
それに、こちらの頭を潰そうとする悪い虫は、払わなければならない』
そういえば、『わたし』であった時、この人とはあまり会話をした覚えがなかったが……。
思ったより話せるというか、ノリの軽いところがある人である。
あるいは、俗物的……人間的か。
「あっはは……こんなに愉快なおじさまだったのですね?
ドニーちゃんのような純粋培養のハイヒューマンとは、ひと味違います!」
『お褒めに預かり光栄。
ハイヒューマンと帝国貴族とで、二足のわらじを履いてきた人生でしてな。
それが、良い方向に作用しているのでしょう。
特に、貴族社会で積んできた対人経験がよかった。
我がアゾールド騎士爵領は、周辺貴族との仲も大変によく、そもそもが牧歌的で田舎な領地でしたが……。
やはり、常に裏切りの警戒はしていた。
なぜならば、私自身が、ハイヒューマン側から潜り込んだ裏切り者であるからです』
「それで、今も心のどこかで、裏切り者が出ないか警戒してました――か!」
お喋りしながらも、右足を突き出す。
虚空に向けて前蹴りを繰り出す形だが、当然、狙いはそんなところにない。
足の裏に存在するスラスターからプラズマジェット噴射を行い、背後への運動力としたのだ。
そうして繰り出すのは――空いた左腕によるエルボー!
『ふん』
当然、こんな一撃はお見通し。
持ち上げられたケラーコッホの左膝によって、あっさりと防がれた。
だが、これによって半ば拘束してくるような形だったデスサイズの力が緩み、潜り抜ける形での脱出へと成功する。
さて、抜け出したところで、どうにか敵の首魁にトドメを放ちたいが……。
『こちらを無視しようとしても、そうはいきませんよ』
クックー。
カッコウを意味するコードネームのハイヒューマン。
黄金色のOTを通じて感じられる彼の気配は、分厚い壁のごときものだった。
……やるしかない。
お読み頂きありがとうございます。
一番マザーのこと嫌いだけど一番仕事してるクックーおじさん。
いるよね。そういう人。
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