アゾールド騎士爵領攻略戦 13
――将来、何になりたいか?
まともに育てられていれば、幼き時分から定期的に聞かれる質問であり、多くの場合、聞かれる度に違う答えを返すことになる質問だ。
答えが変わるのは、成長するにつれ様々な事柄を学んでいくのだから、ごくごく当然のこと。
むしろ、自身が生まれ育った境遇、周囲の環境、己自身の才覚、興味が向いている事柄などを総合的に判断し、難しい言い方をすれば将来設計が組み替わっていっているのだから、これはむしろ、褒められてしかるべき変化だろう。
ただ――これも当然だが――中には、聞かれる度に全く同じ答えを返す子供というものも存在する。
これもまた、あっぱれ。
幼い頃に憧れを抱き、成長してなおそれが揺るがないというのは、十分に誇るべき素養であった。
もちろん、その夢に向かって、努力邁進しているならばという注釈は付くが、どんな生き方をするにせよ努力というものは必須であり前提なので、これを条件として考えるのはナンセンスだろう。
さて、それを踏まえての話になるが、昔々……あるところに、一人の女の子がいた。
様々な事情により、肉親とは離れて暮らしていた彼女であったが、義理の両親は真実愛を注ぎ、何不自由ない暮らしと、何より十分以上の教育を与えてくれたものである。
当然、そうやって育てられた女の子にも、ごくありふれた質問がされることとなった。
すなわち……。
――将来、何になりたいか?
五歳の時、始めてこの質問をされた女の子は、質問者――義理の父親にこう答えたのである。
――わたし、女帝になるわ!
父は諦めろといい、代わりに、パン屋など開業して、市井で慎ましく暮らすことを勧めた。
さて、それからさらに五年が経ち……十歳となって分別が付くようになってきた時、やはり、同じ質問が少女にされる。
――将来、何になりたいか?
――わたし、女帝になるわ!
……答えは、一切変わらぬ。
少女は、成長するにつれ将来の夢が変わる人種ではなく、断固として同じ望みを抱き続ける性格だったのだ。
父は諦めろといい、やはり、パン屋にでもなって、市井で慎ましく暮らすことを勧めた。
なぜパン屋なのかといえば、商売人である彼は若い頃、パン屋を開業して潰したことがあったからだそうだ。
とはいえ、これは、子供に望みを託しているだけではない。
パン屋というのはものの例えであり、とにかく、普通にして庶民的な暮らしを娘にさせるのが、養父の考えなのであった。
それから、さらにに五年の月日が経つ。
女の子も、もう十五歳。大昔の地球ならば、文明によっては成人として扱われた年齢だ。
数年ごとの質問は、繰り返されるかと思われた。
――将。
――わたし、女帝になるわ!
……恐ろしいほどの食いっぷりである。
こうまでくると、もはや、生まれながらの性質がどうこうという話ではない。
むしろ、問題となるのは、生まれ持った血の方であろう。
そもそもの問題として、幼き娘がお姫様になりたいなどとかわいらしく言っているわけではなく、十分な分別を備えている年齢の少女が、恐れ多くも銀河帝国において絶対の存在――皇帝になるとうそぶいているのだ。
当然ながら、そこには理由があった。
そう……。
少女――カレスティア·リアフォードには、もう一つの秘すべき名前が存在したのである。
その本名こそ、カレスティア·ロンバルド。
つまり、彼女は、銀河帝国の皇帝一族――ロンバルド家に連なる娘であったのだ。
無論、妾腹。
養父であるリアフォードは人品共に優れた人物であり、商売人としても大成功を収めた傑物であったが、それでも、貴族ですらない平民であることに変わりはない。
そのような身分の男へ、密かに託された娘の素性などというのは、推して知るべきものである。
だが、それはカレスティアにとって、帝位を諦める理由とならない。
当時の銀河皇帝には――カレスティアの存在を思えば公表している範囲という注釈がつくものの――二人の男児が存在した。
そのどちらも、カレスティアからすれば年下。
要するに、弟たちである。
その事実を踏まえ、カレスティアが出した結論はこうだ。
――長幼の序を重んじるならば……。
――わたしこそが、銀河帝国の正統なる後継者である。
……歴史を鑑みれば、女性が最高権力者となった事例はそう多くないが、何事においても例外はあった。
人類史における最大国家である銀河帝国こそ、その数少ない例外の一つ。
そもそも、後継者争いで国が乱れるのは、封建国家における宿命であり、初代の銀河皇帝もそこは十分に留意していた。
結果、彼が出した結論は、長幼の序を厳密に当てはめるというもの。
単純といえば、あまりに単純な結論であり、当然ながら、これには反発もあったという。
しかしながら、分かりやすいといえばこれほどに分かりやすい基準もなく、時に暗愚たる皇帝が君臨することはあったものの、銀河帝国……ひいてはロンバルド家が長く繁栄する礎となったのである。
そして、長幼の序を厳格に適用した結果、歴々の銀河皇帝には、相当数の女帝が名を連ねることとなっていたのだ。
ならば、カレスティアにとって、自分が帝位を望むのはごく当然のこと。
むしろ、初代皇帝が定めた法に従い、速やかに実行されるのが当然の願いであった。
だから、考えを変えることなく育ったのである。
養父リアフォードからすれば、彼女がギフテッドだからこそ打ち明けたのであり、その賢さが皇族入りを諦める方向に向かなかったのは、まったくの誤算であった。
そして、もう一つの誤算は、天才の頭脳が、クーデターを画策する形で発揮されたということ……。
密やかに……。
そして、大胆に……。
二十へ満たない少女は、様々な活動を行う。
自分本来の才覚を活かして上流階級の人間と親しくなり、これはと見込んだ相手には、自身の正体を明かし、同志となることを求めたのだ。
あるいは、本人がそうであると思っているように、生まれつき支配者たる素質があったのだろう。
試みは上手くいき、カレスティアは地下へ大規模な反帝室組織を結成するに至る。
至って、いよいよというところで潰された。
同志として引き込んだ有力者本人は、カレスティアが見込んだ通り口が固く、将来の女帝に対し忠心厚き者たちであったが……。
彼らが、当然持つべきステータスとして迎え入れていた帝室養成の侍女たち……彼女らが、問題であったのだ。
侍女と言いつつ、実態はスパイ。
彼女らに課された真の役割は、主人に尽くすことではなく、その主人から得られた様々な情報を真の主――皇帝に伝えることだったのである。
こうして、思いがけぬところから企みが露見したカレスティアは、外宇宙移民計画のリーダーとして抜擢された。
事実上の追放である。
腹違いの弟たちが性悪だったのは,ただでさえ銀河の外へ放逐された姉の手下に、ダメ押しを潜ませていたこと。
彼らが送り込んだ工作員は、移民船団のワープドライブ機能と各種ライフラインを徹底的に破壊し、絶対にこの姉が帰還できないようにしたのだ。
移民計画のメンバーとして選ばれた、数億の民を人身御供とする形で……。
だが、今、カレスティアはこうして銀河帝国にいる。
ばかりか、パレス――かつての外宇宙移民船団旗艦のブリッジから、現在の銀河皇帝が座乗する艦を見下ろしてさえいた。
薄く歪んだ唇から、紡がれる言葉はただ一つ。
「……ようやくね」
彼女の姿形は、銀河帝国から追放された時と変わりない。
だが、内から漂う強力無比な思念波は、かつての時代に存在しなかったものだ。
そもそも、姿形が同じというだけで、この肉体は幾度も乗り換えてきた器の一つでしかないのだ。
お読み頂きありがとうございます。
もうダメだあ。おしまいだあ。
ラスボスがイイ気になって勝ち誇ってるんだあ……!
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