一大軍事行動「全軍集結」
皇星ビルクに存在するロンバルド城こそは、正真正銘、この銀河における中心地と呼べる一大構造物であり……。
あえて古代地球のそれを模して造られた玉座の間こそは、その中心地でもさらに中心と呼べる場……政治的・儀礼的な象徴の場であるといえる。
とはいえ、あくまで儀礼は儀礼であり、通常の執務において、ここが用いられる事例などほぼ存在しない。
ことに、現銀河皇帝カルス・ロンバルドは合理主義者的な側面の強い男であるから、彼があえてここの玉座に座るということは、銀河帝国という国家そのものが、それ相応の覚悟と労力をもって事に当たらなければならない事態が訪れた時であるのだ。
つまり、今がまさにその時であり……。
玉座から立ち上がったカルス帝が手短に告げた命令を聞いた要人たちは、震え上がることとなった。
皇帝が発したオーダーとは、ただこれだけ。
「インペリアル・ガード艦隊と共に、俺様直下の機動部隊はただちに出撃準備!
呼応する中央部の貴族らと共に艦隊を組んで、アゾールド騎士爵領近辺に潜んでいるであろうハイヒューマンを討つ!」
言葉にすれば、実に短いものである。
しかしながら、その語気は力強く、まさしく不退転の決意に満ちたものであり……。
傾注した帝国の要人たちは、ただちに動くことを余儀なくされた。
そうなると、何が起きるのか?
各軍港に収められていたバトルシップたちは、すぐさまプラズマジェットを噴射させて惑星軌道から脱し、皇星ビルク近辺の宙域上に編隊を組んだか?
累計で五千機以上配備されているという傑作量産機――リッターが漆黒の宇宙で隊列を組み、銀河帝国軍の勇姿を見せつけたか?
あるいは、建国以来初めて宣言された外敵相手の戦いに、招集された将兵が緊張の色を見せ、愛する家族や恋人たちに、護国の決意を語ったか?
――否。
いずれも、否である。
それらは、将来的には実現しなくてはならないものだ。
しかしながら、すぐに形となるものではない。
では、せっかく最高権力者の命令が発されたというのに、それを受けた官僚たちは一体何を始めたのか?
その答えは、しごく簡単……。
会議であった。
まず、開催されたのが国家安全保障会議。
ここでは、銀河皇帝から提出された小学生が三秒で考えたような内容の作戦計画について、脂ぎったおじさんたちが真剣に討論を重ね、どうにか真っ当な……後世向けの資料として残しておくことにも耐えるような形へ修正を加えていく。
同時に、ここでは高度な外交的判断も下されることとなった。
何しろ、場所が銀河辺境部であり、同じ銀河帝国に属している貴族の領土ではあれど、実体的には、別国家であると判断してよろしい。
となれば、目指すアゾールド騎士爵領周辺の貴族家領土もまた、それに準ずる存在――実質的な他国となる。
この現状が、いかなる問題を生み出すかは、枚挙に暇がない。
まず、最初に考えなければならないのは、彼らがハイヒューマン側に与することがないよう、掣肘することだ。
何しろ、物理的な距離はハイヒューマン側の方が近く、しかも、テクノロジーで銀河帝国の上を行くのがハイヒューマンであった。
優れたテクノロジーを取引材料として、何かと地方部に厳しい銀河帝国への反旗を呼びかけられたのならば、ころりといく可能性は十分にあるのである。
これを防ぐため、駐在している大使なども含め、あらゆる外交交渉が迅速に行われることとなった。
同時に、緊急政令もその形を整えられる。
子供の喧嘩ではない。
国家が、外敵と定めた相手を征伐すると言っているのだ。
経済的にも様々な形で影響を与えることになるし、それらを正当化するための錦の御旗というものを用意する必要はあった。
銀河帝国は皇帝による独裁政治国家でこそあるものの、独裁者が生きた国家を運営する上では、やはり、下々のご機嫌伺いというものが必須なのである。
さらに――これはごく当然のことだが――軍部の仕事もまた、数限りない。
まず、国防省で行われたのは予備役の招集だ。
通常ならば、現役の軍人だけで対処できるよう高度にシステム化されているのが帝国軍であるが、建国以来初めての外敵を迎えた今は、当然ながら通常時ではない。
会社員、料理人、宅配ドライバー、スタイリスト、芸人などなど……。
そんなところにも潜んでいるのかと驚かされるくらい様々な分野から、有事に備えて予備役となっていた兵士たちが呼び戻される運びとなった。
そうなると、彼らの存在も踏まえて再分配の草案を練らねばならないのが、兵站·燃料·武器なのだ。
悲しいかな……軍隊というものは、平時が長く続けば続くほど縮小化され、予算を削られてしまう生き物である。
海賊の跳梁などがあったとはいえ、大きな視点で見れば人類史最大の平和期間にあった銀河帝国の軍隊というものは、極限までシェイプアップが施されたそれであった。
確かに、看板兵器であるPLの総数こそ絶大であったが、それは要するに、目立つところだけ予算が回されていただけなのである。
また、そうであるからこそ、IDOLのごとき独立愚連隊が設立されたのだ。
そのような状況であるから、軍全体の再編成は困難を極めた。
いっそのこと、予備役など招集せず現役の者だけでどうにか賄うことはできないかと、関係者の誰もが一度は考えたほどである。
そんな浅はかな考えは、人手が足りぬという手短かつ、絶対的な理由ですぐさま否定されることとなったが……。
そこまでやっても、まだ軍部の仕事は終わらない。
なぜならば、ここまでの段取りは、全てインペリアル·ガード艦隊……つまり、皇帝直下の軍にのみまつわる準備だからだ。
今回の対ハイヒューマン戦は、とてもではないが、皇帝直属軍のみで決せられるものではない。
ロマーノフ大公家を始めとして、帝室に好意的な中央大貴族家の力を、是が非でも借りなければならなかった。
そうなると、問題となってくるのが、指揮系統の整理である。
まず、大前提として、参集することになる各貴族家の軍は、混成とせずそれぞれが独立した部隊として動く。
これは、つたない連携によって、機動部隊最大の武器である機動力が削がれないようにするための差配であった。
ただし、戦術単位ではそれでよくとも、戦略単位の動きまでそれで通すわけにはいかない。
統合幕僚本部を設け、各貴族家の指揮官が意見を交わさなければならないのである。
いや、これを議論のような建設的な代物として語るのは、いささか以上に欺瞞が過ぎるであろうが……。
実際は――綱引き。
それぞれの軍が、どのように美味しい役割を引くのかという、奪い合いであり、押し付け合いであった。
何が浅ましいかといえば、ハイヒューマンとの戦いに勝つという前提で、戦後まで見据えた動きを各貴族家が取ろうとしていること……。
それは、ここまでハイヒューマンの活動がテロ的なものに終始してきたことと、銀河帝国全体の国力を考えれば、当然の論理的帰結ではある。
が、絵に描いた餅であり、取らぬ狸の皮算用であることもまた明白であり、せっかく連合軍として寄り集まった帝国軍は、戦う前から精神的疲労の極致へ至っていたのであった。
そして、その疲労を最も背負う人物こそ、最高司令官である。
この場合のそれは、当然ながら、無駄に格好つけて玉座から発令した人物であった。
要するに、銀河皇帝カルス·ロンバルドその人である。
「これもしかして……。
戦う前から負けてねえか? 俺たち……」
このところ、げっそりとした顔となっている彼は、鏡へ映った自分の顔に向け、そんなことをつぶやいたのであった。
お読み頂きありがとうございます。
やっぱ宇〇世紀で連邦軍回してる官僚と将軍って、すごいんだなって。
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