ゴーストを追え! 2
潜入工作員として銀河帝国内で活動するハイヒューマンというのは、選ばれしエリートであり、精鋭……。
それは、紛れもない事実ではあるものの、そうして活動する者の全てが華やかで心躍る工作活動に従事しているのかといえば、当然、そのようなことはない。
例えばカトーの乱やDペックス事件など、銀河ネットのニュースを見るだけでも心躍るような事件に関与し、裏から操っているのは、ヴァンガードのようなコードネーム持ちの潜入工作員に限られる。
では、コードネームもオリジナル・リアクター搭載のOTも持ち合わせていない一般工作員が、どのような仕事に従事しているか……?
それは、言ってしまえば、町工場の社長がごときものであった。
パレスから与えられたマザーマシーン……。
ヴァイキンみたいに簡易な構造をしたPLの製造ライン構築には十分で、かつ、現行人類の科学力を逸脱し過ぎてはいないそれが、唯一にして最大の原資だ。
あとは、普通の起業物語と、根底の部分で変わらない。
そうと見込んだ者たちを集め、今、根差しているここ――辺境貴族領のそのまた辺境宙域――に、ジャンクパーツなどを組み合わせた秘密のPL工廠を作り上げる。
そうして完成させたヴァイキンを周辺宙域でくすぶっている者たちに与え、銀河帝国の力を削ぐと共に、海賊から供給されるあがり――現金の他各種物資――の一部をパレスに送るのだ。
手間と能力が必要となる割に、おそろしく迂遠な活動ではあった。
しかし、戦略としての有効性は、古代中国の軍師が自著で解説している通り……。
敵から一の物資を奪うことで、相手にマイナス一の成果。
さらに、その奪った物資をこちらが運用することで、味方にプラス一の成果。
両者を合わせて考えれば、相対的にマイナスとプラスで合計二の成果を得られていることになる。
これを、銀河全域で同時多発的に行う。
例えるなら、散らばった小銭をかいて集めるようなもの……。
まとめてしまえば、それは大枚となった。
大枚となった物資の供給によって、パレス……ひいては、ヴァンガードたち花形の者たちが活動可能となり、ついには、IDOL指揮官であり、銀河最強貴族家のご令嬢であるカミュ・ロマーノフをさらうまでに至ったのだ。
だから、自分たちがやっている仕事はひどく重要であり、ハイヒューマンが行う全活動の土台。
「……ふう」
……そうと頭で分かっていても、鬱屈した思いを抱えてしまうロナウドであった。
いや、もしかしたならば、これは……。
――中年の危機……。
――ミッドライフクライシスにでも差しかかってるんじゃないだろうか、おれは……?
秘密工廠の自室で、缶ビール片手にしながらそんなことを考えてしまう。
一度、思考がそこへ至ってしまうと、とめどなく脳が処理を始めてしまうのは遺伝子レベルで優秀なハイヒューマンだからこそ。
いや、そんな自負を抱いてしまうのが、すでに症状の表れか?
ともかく、携帯端末のカメラで、自分自身を映し出してみた。
普段、髭を剃る時くらいにしか鏡で見ない顔……。
あらためて意識するのが実に久しぶりであるこの顔は、疲れ切っているのを一目で見抜ける。
そのためだろう。
遺伝子的に整った顔立ちを保証されるハイヒューマンであり、実際に美形の顔立ちをしていながら、若く見えることはなく、きっちり重ねた年齢通りの雰囲気を漂わせていた。
瞳に宿った光の鈍さときたら、磨くことなく放置されたガラスグラスのよう。
なんとなく生やしていた薄いあご髭は、こうしてマジマジと見てみると、格好良さよりも不清潔感とか、だらしなさを助長しているように思える。
唯一、救いと呼べるのが、ふさふさであり、かつ、白髪の一本も見当たらない髪の毛。
シャワー直後でまだ濡れているそれを一房、くしゃりと指で摘んでみた。
――老けたな、おれも。
そうしながら考えるのは、そんなことだ。
同時に、こんなことも思う。
――このまんまで、いいんだろうか。
いや、頭では分かっているのだ。
いいに決まっている、と。
このまま帝国にじわりと打撃を与えつつ、パレスに物資も供給する。
物質的に乏しいハイヒューマンにとって、なくてはならない役割を果たしているのが自分たちだ。
そして、いざ帝国相手に事を構えることとなったら、その時は与えられるだろうOTを駆って思う存分活躍するのであった。
先が見えない話ならばともかく、その時は近い。
すでに、ヴァンガードたちは派手な動きを見せつつあり、カジノシップ『ラスベガス』を巡る攻防においては、オリジナルのクリスタル・リアクターを備えたOTたちが、銀河帝国最高峰のカスタムPLらを散々に翻弄している。
あと少し……。
あと、もう少しで、待ち望んでいた解放の日が訪れるのだ。
いや、だからこそ、こんなことを考えてしまったのか。
脳裏でチラリとよぎる考え。
それは……。
――ここが……。
――ここが、分かれ道だな。
……このようなものだった。
今、その気になれば自分は、ハイヒューマンでもなんでもないただの人間として、銀河帝国の中に溶け込むことが可能な立場にあった。
ハイヒューマン内では、『流出品』と呼ばれている立ち位置……。
曲がりなりにも秘密組織であるハイヒューマンからすれば、本来、組織からの離脱者が出るのはあり得ない事態であるし、そのような者は宇宙の果てまで追い詰めて粛清せねばならぬ。
が、実際問題として人手不足なハイヒューマン側に追っ手を放つ余裕などあるはずもなく、また、これまでに数人は存在するだろう『流出品』も、あえて情報を漏らしたりなどはせず、ひっそりと隠れ潜んでいるようである。
二つの要素が交わり合った結果、なんとなく『流出品』は放置するものという考え方が根付いていると感じられるし、逃亡した場合、やすやすと後を追われないだけの経路は確保してあった。
その気になれば、いつでもこの生活を手放せるという状況が、むしろ、今の仕事を続ける原動力となっていたのである。
――とはいえ、マザーが勝ってハイヒューマンの天下になったら、おれはただの裏切り者だからなあ。
『流出品』とならない理由の第一が、これ。
――それに、おれが姿をくらませたら、この工廠で働いてる人たち、どうなるんだって話だし。
理由の第二が、これであった。
――そもそも、一から人集めて立ち上げたこの場所そのものに、愛着があるんだよなあ。
今、工廠内に住み込みで働いているのは、逃亡した犯罪者であったり、悪徳領主のせいで食い詰めて故郷から逃れた貧民であったりで、他に行き場所など存在しない者たちだ。
しかも、カップルが成立し、子供まで生まれたりしていた。
大げさではなく、半生かけて構築したこの秘密工廠は自分の城であり、働いている人間たちは己が血族も同然なのである。
――ま、なるようになるさ。
最終的に思考放棄し、缶ビールの残りを飲み干す。
今、工廠内のドックからは、ハイヒューマンの高速艇が出港を果たそうとしていた。
銀河帝国で一般的に使われているそれよりも、遥かにステルス性と速度で勝るそれが、物資調達のカギなのである。
操縦するのも派遣されてきたハイヒューマンであり、なんら不備はない。
うなじの辺りでチリリとした感覚が走ったのは、その時であり……。
「――敵襲っ!?」
人生に迷うハイヒューマンは、迷わず戦える相手の出現に笑みを浮かべながら、立ち上がったのであった。
お読み頂きありがとうございます。
敵も人間なんだ……普通に中年としての悩みとかも抱くんだ……。
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