パートナー 1
おそらく、あらかじめ全ての段取りを組んでいたのだろう。
ヴァンガードさんがそれから見せた動きは、実に鮮やかなものであった。
まずは、編入。
ただの訓練生に過ぎないわたしとドニーちゃんを、潜入工作員として登録し直す。
通常ならば通るはずのない処理が、迅速なお役所仕事によってたちどころに承認される。
このことから、実戦部隊の人手不足は授業でジョーク混じりに語った以上の深刻さであり、実際のところ、ヴァンガードさんたちは人手の補充を目的としていたのだろうことがうかがえた。
卒業ソングを歌ったり、卒業証書を授与されたり、送辞と答辞が送られたりということもなく……。
わたしとドニーちゃんは、懐かしむ間もなく学び舎を即卒業!
ヴァンガードさんとクリッシュちゃんにうながされるまま、パレス内の軍事ブロック……。
ハイヒューマンにとって、中枢と呼べる場所へと招かれたのである。
「これが、オリジナルのクリスタル・リアクターを搭載したOT……!」
「まさか、こんな形で目にすることになるとはね……。
というか、銀色の方もそうなの?」
目の前でOT用のラックに繋がれ直立するのは、黄金と白銀……二種類のOT。
二丁拳銃を腰に備えた機体はゴールドカラーなので一目瞭然だが、左肩と左腰にナックルカバーが備わった機体は形式外のシルバーカラーであり、機体色だけでは、オリジナル・リアクター搭載機であると判断できるだけの材料がない。
よって、ドニーちゃんがジト目で問いかけてくるのは、ひどく当然の流れであったが……。
「間違いありません……! これは、オリジナル・リアクター搭載機です!
わたしがそう判断しました!」
力強く、そう断言する。
もちろん、無根拠な推測ではない。
これには、確たる理由があった。
まず、最も大きいのは、外観でも分かる――機体ポテンシャル。
ルガーは、間違いなくいい機体だ。というか、そうでなければ量産機として採用されていない。
ただ、悲しいかな。それでも、しょせんは量産機。
出力にバラつきが大きい量産品のクリスタル・リアクターを最大限活用すべく、武装にも推進用のプラズマジェットにも大きなリミッターが設けられているし、武装構成にしたって、ビーム砲+棒という扱いやすさの極致ともいえるデザインのガンロッドだ。
主力量産機として完成度を高めるということは、生産性に加え、技量を問わぬマイルドさも追求しているということなのである。
翻って、わたしたちが見上げているこの二機はどうか……?
いずれも、恐ろしいほどに尖った機体。
まず、ゴールドカラーの方は、人型機動兵器本来の汎用性を追求した機体であるとうかがえた。
武装が二丁のハンドガンでまとまっているのは、その証左だろう。
オリジナルのクリスタル・リアクターを使用している以上、拳銃タイプの砲でも十分すぎるほど高出力の射撃が行えるはずだが、本領を発揮するのは、あくまでも機動性を発揮しながらの近・中距離戦であるはずだ。
シルバーカラーの方は、いわずもがな……人型機動兵器の本懐たる格闘戦を想定した機体である。
そのための、ナックルカバー。
それらを装着してのボクシング・スタイルは、人類が培ってきた格闘技術をそのまま十八メートルサイズに昇華させたものとなるはずだ。
そして、それが最大限発揮されるパワーを得るためには、品質差が大きい量産品ではなく、オリジナル・リアクターこそふさわしい。
虎の子というものは、その真価を発揮できる場所に配置してこそ……。
ならば、この機体にそれが内蔵されていることを疑う余地など、あるはずもないのであった。
「ずいぶん自信ありげじゃない?
まあ、確かに見ただけでもすごい機体だとは思うけど」
一見してクールに振る舞いながら、ドニーちゃんが二機のマシーンを見上げる。
はらりと髪などかきあげたりして、あまり興味など抱いていないかのような仕草。
だが、頬はかすかに上気しており、瞳にもキラリとした輝きがあった。
態度はつれなくとも、胸の内にはトキメキを宿しているのだ。
より強く高性能なマシーンを求めるのは、パイロットの性。
これほどまでに高いポテンシャルの秘められた機体を二機も見せつけられては、高揚しないわけもないだろう。
「間違いありません。
状況から考えて、ヴァンガードさんとクリッシュちゃんの専用機でしょうか?
どちらも、特定条件下での圧倒的強さを重視しつつ、それだけに留まらない汎用性の高さが備わった機体……。
パイロットとしてのエゴと潜入工作員としての要請が、高い次元で両立しています。
ああ、楽しみです……!
わたしたちには、どんな機体が与えられるのでしょうか……!」
「まあ、確かに状況を見ればオリジナルのリアクターを使った機体っぽいか。
けど、自分にも専用機が与えられるかも、なんていうのは、少し浮かれすぎじゃない?
というか、クリッシュちゃんって何よ?
いきなりちゃん付けは、馴れ馴れしすぎるでしょ?」
肩をすくめたドニーちゃんに、つっこまれる。
「確かに少し馴れ馴れしいとは思いますが、でも、クリッシュちゃんはこう……クリッシュちゃんという感じがするというか。
ずっと前からそう呼んでたような、しっくりくる感じがします」
あらためて、あのクリッシュちゃんという少女について考えた。
改札でぶつかり、重なるようにして倒れた時の感覚は、なんと言い表せばいいのか……。
この先にある生涯で再び感じるか否かという、特別な何かである。
そして、模擬戦で見せた圧倒的な実力。
実際、模擬戦終了後にクリッシュちゃんが言っていたのは、決して負け惜しみなどではない。
例えば、ファイアボルトの扱い方。
彼女はあえてこちらの分断策――ドニーちゃんのスタンドプレーだが――に乗り、ファイアボルトと別々に戦ってた。
あれは察するに、自律兵器としての性能を評価していた形である。
その後に見せたサーファーじみた戦い方。
これなど、考えるまでもなく、機体ポテンシャルをどこまで引き出せるか試した戦い方だ。
ただわたしたちを相手取るだけならば、素直に攻防両立の複合近接装備としてシールドを使えばよいのであった。
初見時のインパクトと、次いで模擬戦で見せられた実力……。
両者を総合した上で、わたしの抱いた印象を言葉にするならば、それはきっと――憧憬。
とてつもなくキラキラしていて、近付きたくって……。
でも、迂闊に近付きすぎるのは、何か異なるという感情だ。
……それはそれとして、ちゃん呼びは継続するけど!
「しっくりくるって、あんたねえ……。
いくらあんたの遺伝子デザインが、マ――」
「――わたしは、別にちゃん付けでいいよー。
こっちも、カミュちゃんドニーちゃんって呼ぶつもりだしー」
ドニーちゃんの言葉を遮るように……。
二人のハイヒューマンが、格納庫内へと姿を現す。
何者であるか、説明するまでもないだろう。
クリッシュちゃんとヴァンガードさんである。
「同じ実戦部隊同士、仲良くできるならば、それに越したことはない。
ちゃん付け大いに結構!
それと、先ほど話していた内容に関してだが……。
我らの仲間として認定された時点で、すでに君たちの専用機は開発が始まっている」
ヴァンガードさんの言葉に、思わずドニーちゃんと見つめ合う。
専用機……これは、パイロットとして最大の栄誉。
すでに、その開発が始まっているというのだ。
「といっても、訓練データをベースにしたデータ上の試作に過ぎないがな!
ここから、今まで以上に厳しい訓練を経た上で、設計データ調整していくことになる!」
「今まで以上に、厳しい訓練……」
ごくり、というツバを飲み込む音が聞こえそうな雰囲気と共に、ドニーちゃんがつぶやく。
次いで、わたしも尋ねた。
「今まで以上に厳しい訓練とは、一体どんな……?」
戦慄に声が震えてすらいる質問。
「フ……知らんのか?」
それに対し、ヴァンガードさんはニヤリと笑って答えたのである。
「ボーカル、ダンス、ビジュアルだ」
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次回、B社のアレ「初」マスター。
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