一度あることは二度ある
目で見ているようで、どこか見えていないかのような……。
確実に錯覚であると分かってはいるのだが、何かピントがズレてしまっているかのような……。
視力補助用のゴーグルを装着している時、ケンジはいつもそのような感覚に支配される。
実際、この感覚はおそらく――正しい。
なぜなら、このゴーグルを装着して見えているのは、ゴーグルに内蔵されたカメラが捉えた映像であり、自分の目で見た場合のそれとは、どこか微細なズレがあるはずなのだ。
例えば、ちょっとした色合いの感じ方……。
例えば、光の加減。
例えば、距離感。
その全てが、生来自分に備わっているものとは違う情報として、網膜に映し出されてしまうままならなさ。
自分でも、神経質であるとは思う。
事実、マシーンの操縦などを行う上で、特に支障はないのだ。
だが、機械が捉えた映像を受信機のように受け取り、ばかりか、それを頼りに戦うというのは、武芸者として言い知れぬ不安が宿るものであり……。
ケンジが、本来便利であるはずのこのゴーグルを普段使いせず、白杖や愛犬に頼っているのは、自分への戒め以外にも、このような理由があるのであった。
そして、今、このゴーグルが映し出しているモノ……。
それは、愛機クサナギのコックピット内であり、メインモニターに映し出された映像である。
クサナギのカメラが捉えた新手……。
ゴールドカラーに塗られていることから、おそらくは、ベレッタやスミスウェッソンと同格に位置する機体なのではないかと思えた。
だが、その推理を否定するのが、あまりにも貧相な武装構成。
得物として携えているのは、左手の……しかも、実体弾を発射するのだと思わしきライフルのみ。
宇宙海賊のように正規ルートで武装を調達できない者たちでない限り、基本的にはビーム兵器を主兵装とするのが常識である以上、これはいっそ非武装ともいえるほど貧弱な装備であるといえる。
ならば、機体本体の方はどうか?
こちらも、さしたる特色を感じられない。
強いていうならば、やや装甲が薄く、運動性に重きを置いてはいるようだが、その運動性が活かせるような武装構成でないことは前述の通りであり、スラスター類も人型機動兵器の平均的な配置だ。
それでも、クサナギやミストルティンと同格の機動力であるのは、さすがの技術力と称賛できるところだが……。
ベレッタの超機動力を見た後だと、同じOTであり、同じゴールドカラーであっても、こうも機体性能に差が生まれるのかと思わされた。
『油断するなよ!』
『情報通りなら、敵はこちらの心が読める!』
『にわかには信じられんが、な!』
アレル率いる白騎士団と、タナカ伯爵家の精鋭シンセングミたちが、そのような会話を交わしながら攻撃する。
領主同士が友人関係なこともあり、両組織は定期的に合同演習を行う程度の良好な関係性が築かれていた。
それは、今まさにこの戦闘でも発揮されており、白騎士団のミニアドがビームライフルで追い立て、シンセングミのオテギヌが粒子振動ブレードでトドメを狙うという暗黙の連携が成立していたのである。
もっとも、狙いが成立していたとして、その通りにいくわけではないのが、相手のある戦闘というもの……。
「舞踊でも舞っているかのようだな……」
スミスウェッソンなる機体のスピアを迎撃し終えたケンジは、新手が見せた動きに対しそう評した。
優雅なステップを刻むかのように……。
最小限度の挙動でビームを回避しながら、敵機が飛び込んでくる。
四方八方から狙われる中、ほぼ唯一といってよい突破点を瞬時に見抜き、突っ込んでくるのだから、これはなるほど、カミュ嬢がもたらした情報通りに読心し、先読みしているとしか思えなかった。
だとしても、これだけの人数が見せる心の動きを読み取り、処理し切っているわけだから、伝説のタイシ・ショートクにも匹敵する頭脳明晰さであったが。
クラブのダンサーが、注目を集めながらポールへまとわりつくように……。
一種の官能さすら感じさせるモーションと共に、敵機が左手のライフルを撃ち放つ。
火薬ではなく電磁力を用いているらしいこれは――レールガン。
だが、たかが実弾兵器であることに違いはなく、食らったところで、そう大したダメージにはならないと思える。
「――むっ!?」
眉間にしわを寄せながら、二基あるスマート・ウェポン・ユニットの一つを盾代わりとしたのは、咄嗟の判断だ。
クサナギのスマート・ウェポン・ユニットは、基本の形態――対艦刀モードならば、十分に機体を覆える大きさであった。
もっとも、覆えるというだけで、強度はシールドとして当てにできるほどではないが……。
ともかく、貧弱な実体弾程度ならば、問題なく防ぎ切る。
「……なんだ」
瞬間、ぞわりと背筋を震わせたのは、闘志に満ちた女の――笑み。
女……そう、女だ。
盲人としての感覚が、機械の装甲越しに受け取ったのは、敵の女が浮かべたどう猛な笑みであった。
なぜ、笑みを浮かべているのか……。
それは、与えた打撃が致命傷であると、確信しているからなのである。
「――武器が!」
コンソールに表示されたのは、スマート・ウェポン・ユニットが吐き出したエラー。
クサナギが頼りとする集合ブレードの一基は、本体の制御から離れて直ちに分割変形!
カタナ、ロングソード、ショートソード、ダガー。
四種の刀剣へと姿を変えた主兵装が、これを握るべき本体に刃を向ける!
『ケンジ! これは!』
自分と同じように、油断なく攻撃を防いだのだろう。
ミストルティンが、スマート・ウェポン・ユニットとして機能する大型シールドに――逃げられていた。
まるで、ペットの鳥が飼い主の手から飛びだってしまうように……。
自律飛翔能力が備わった純白の盾は、ミストルティン本体の手元から離れ、やはり向き合っているのである。
「これは……」
異変が置きているのは、クサナギとミストルティンの武装ばかりではない。
末端部などへ、直に敵弾が当たったミニアドとオテギヌ……。
銀河帝国でも精鋭と知られるパイロットたちの操る機体は、しかし、初心者が乗っているかのようにうつむき、スキだらけな姿を晒していた。
『どうな――』
『――制――が――』
『何――さない』
通信ウィンドウから……。
不明瞭かつぶつ切りな音声がいくつも流れ、そして消えていく。
それと、同時に……。
動きを止めていたPLたちが、再び戦闘姿勢となっていた。
ただし、ビームライフルや粒子振動ブレードが向けられているのは、敵の新型ではない。
ミストルティンであり――クサナギ。
敵の新型は、女王のようにPLたちの中央へ位置取っている。
その右手が……タクトを振るう指揮者のように動かされた。
あえて、そのようなモーションする意味も必要もない。
ただ、教え、挑発しているのだ。
すでに、お前たちの配下は完全に掌握していると。
そして、その攻撃目標として指示したのが、他ならぬお前たち自身であると。
『なあ、ケンジ……?
こういう状況、すごく最近あった覚えがあるんだけど。
具体的にいうと、Dペックス騒動の時』
「奇遇だな。
私も、同じような状況であると考えていた」
ケンジたちの武装や、配下のPLへとフックで食い付き、離さない構えの敵弾……。
その頭頂部が、わざとらしいほどに赤く明滅している。
こういう時、映画などでお約束のパターンは――。
『ハッキングされたな。
あの敵機に』
「ああ……。
どうやら、私たちはまたもや味方の機体相手に立ち回らねばならないようだ」
残されたブレードを愛機に構えさせながら、ケンジは溜め息混じりに答えたのであった。
お読み頂きありがとうございます。
戦いは過熱するよどこまでも。
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