クックー
「サンキュー、アノねーちゃん。
おかげで、助かったよー」
「あんな坊やくらい、その気になればすぐ倒せたでしょう?」
コッ! コッ! とヒールを響かせながら、アノニマスが答える。
いかにハイヒューマンといえども、ドレス姿でかつ、ハイヒールで階段から駆け下りるのは、難儀な所業であるはずだが……。
ポニーテールをなびかせたその動きは、スニーカー履きのクリッシュと比べても、劣るものではない。
訓練してきた年月の長さか、あるいは、単純にこういう格好へ慣れる機会が多かったのが影響しているのだろうか……。
「まあねー。
それより、わたしと一緒にいるところ、監視カメラに映っちゃったりしてないー?」
「当然、全てのセキュリティはダウンさせてあるわ。
そのために、パソコンを接続したままにしてもらったんだもの」
コンパクト型の端末を見せびらかすようにしながら、アノニマスが応える。
彼女が言ったように、リュックで持ち込んだノートパソコンは、電気室で接続した状態のまま置き去りにしてきてあった。
そして、不要となったらそれは、スイッチ一つで内部から燃え上がるのだ。
「じゃあ、問題なのはヴァン太郎だけかー。
警備員さんに熱いハグされてたみたいだけど、ちゃんとこっちに合流できるかなー?」
「まあ、最悪、他の招待客と一緒に避難するでしょうけど、その場合、ベレッタが出られなくなるわね」
そんな会話をしながら、避難階段最後の一段を降りる。
すると、眼前には手動で開くことも可能なエアロックがいくつも存在しており……。
内一つを、迷うことなく二人で――開いた。
「やあ、お待ちしてましたよ」
「二人共、首尾よくいったようだな」
その先で自分たちを待ち構えていたのは、二人の――男性。
そして、片方は怪人物としか言いようのない格好だ。
頭は、フルフェイスの――古代サムライを思わせるヘルメットで覆われており……。
通常のパイロットスーツと比較して、あまりにメカニカルなボディスーツの上から、サイバネティックな意匠のコートを羽織っている。
つまりは、皮膚の一片も、髪の毛一本たりとも、外部には露出していない格好……。
それでいて、肉弾戦闘に関するあらゆる要素を強化し、保護していることが一目瞭然な装いなのだ。
――クリッシュ。
――アノねーちゃん。
互いに目配せしながら、ごくごく微量の思念波でつながり合う。
これは、チームで肉弾戦に挑む際の常套手段だ。
そうしながら、二人で身構え、叫ぶ。
「「何者!?」」
「ハッハッハ、何かの冗談か?
ヴァンガードだとも」
「ヴァン……」
「ガード……」
謎の怪人物が名乗った名に、戦慄しながら二人でつぶやく。
その時……。
クリッシュたちの脳裏に蘇る――存在する記憶!
「あー……。
そういえば、けったいな仮面とか付けるタイプだった」
「そうね。
最近、付けてないことの方が多いから、すっかり忘れていたわ」
アノニマスと共に、肩をすくめながら言い合った。
「フ……。
しかし、見違えるのも無理はあるまい。
ボディスーツとか、少しばかりアップグレードしているからな」
一方、当のヴァンガードはといえば気にした風もなく、アップグレードしたという装いにご満悦だ。
この様を見ていると、中身がヴァン太郎であるという謎の安心感に包まれる。
「まあ、普段からそんな格好では、目立って仕方がないでしょうからな。
……個人的には、どこかの組織へ潜り込んだりする際にも、フルフェイスヘルムはどうかと思っていますが」
クリッシュたちが優しさで指摘しないであげていることを口にしたのは、待ち構えていたもう一人の男性であった。
こちらは、いかにもこのカジノシップへふさわしい格好……。
ビシリとタキシードを着こなした紳士だ。
年齢は、五十を下回るということはないだろう。
すっかり白くなった髪を後ろに撫で付けており、口元にはよく整えられたヒゲがたくわえられている。
まさに、紳士とはかくあるべしという姿……。
男性として、一種理想の年老い方をしている人物なのだ。
「クックー。
避難の準備は出来ていますか?」
「見ての通り……。
全て、手筈通りですよ」
紳士――クックーと呼ばれたハイヒューマンが、そう言いながら背後を振り向いた。
車庫ほどの無機質な空間に用意されているのは、四人が乗れば定員だろう小型のランチだ。
自動車の車体からタイヤが取り外され、代わりにプラズマジェットとランディングギアを取り付けただけにも思える外観は、いかにも簡素なもの……。
避難用のランチである。
規模において、そこいらのステーションを遥かにしのぐこのカジノシップは、各ブロックにこういった避難用エアロックをいくつも備えているのであった。
もっとも、このランチに関しては、クックーの仕込みが加わっている。
彼の手により、カジノシップの管制から切り離されているのだ。
リアクター反応などはごまかしようもないが、すぐにスミスウェッソンによる襲撃が始まるはずである。
あちらの強大なリアクター反応を見れば、ランチ一隻のそれに構う精神的余裕など生まれないであろう。
「フッフ……」
「んー?
どったのー? クックーおじさん?」
不意に笑みをこぼしたクックーに対し、クリッシュはそう尋ねた。
課されている任務の性質上、あまり顔を合わせる機会がない彼であるが、意味もなくニヤつくような変人でないことは確かだ。
そこにいるヴァン太郎でもあるまいし。
「いえね。
もっぱらアゾールド騎士爵と呼ばれているものですから、コードネームで呼ばれるのが、少し新鮮でして」
「ああー……」
カッコウの名を与えられたハイヒューマンが漏らした言葉に、納得する。
カッコウという鳥が、托卵により巣を乗っ取って我が物とするように……。
アゾールド騎士爵領を乗っ取って、ハイヒューマン側の拠点としているのが彼であった。
ロブと同じく、帝国侵攻計画最初期に行動開始したハイヒューマンであるから、すでに、半生に渡ってこの任務へ従事していることになる。
そうなると、演じている役どころと本来の自分との間にある境界は、極めて曖昧なものとなっているだろう。
「そのアゾールド騎士爵様がいるおかげで、あたしたちは足がかりを得られているわけね。
もっとも、辺境も辺境……。
帝国の片隅にあるちっぽけな田舎領だけど」
「どんな物事にも、最初というものはある。
ノウハウの積み立ても、な。
聞いた話では、採取した皇帝のサンプルからハイヒューマンを新造し急成長させ、皇帝の隠し子として擁立する計画もあるらしい」
アノニマスの言葉に、ヴァンガードが肩をすくめながら答える。
「それってー。
それなりの大きさに育つまで、何年かかかるんじゃないっけー?
ニセの記憶や人格を植え付けるのにも、手間がかかるしー」
「ですが、なかなか面白いですよ。
ただ皇帝を消すだけならば、銃弾の一発……あるいは、毒の一つでもあれば事足ります。
この計画はその上で、権力も簒奪できる」
口ヒゲをいじりながら、クックーがおだやかな物腰にそぐわぬ物騒な内容を言い放つ。
現皇帝に後継者がいないことは、帝制国家である銀河帝国にとって明確な弱点……。
また、マザーの悲願を思えば、あらゆる意味で、カルス・ロンバルドという男は生かしておけないのだ。
「まあ、計画段階のことを話していても、仕方ないしー。
そろそろ行こうよー」
「フッフ……。
これはいけない。
ついつい、世間話のつもりで語らってしまいました」
自分に促されたクックーが、言いながらランチの操縦席へと乗り込む。
当然、クリッシュたちもそれに続き……。
ハイヒューマン四人を乗せたランチは、カジノシップから脱出を果たしたのであった。
お読み頂きありがとうございます。
次回、スミスウェッソンへのアクションです。
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