ロブ・ドワイトニング
――古めかしいリサイクルショップ。
ロマーノフ大公領の首都星タラントに存在するその店を表すのに、これほどふさわしい言葉もないだろう。
元々貸し倉庫だった物件を店主自らが改装した店内には、家電やパソコンの他に、キッチン用品やアンティーク人形などが統一性なく陳列されており……。
特に客で賑わうこともなく、静謐な空気で満たされている。
かといって、商売上がったりなのかといえば、そうでないことはたった今、訪れている客が証明していた。
「それで、どうでしょう……?
直ったでしょうか?」
不安げな表情で尋ねる客は、いかにも豊かそうな身なりのご婦人……。
「まあ、まずは見てみてください」
そんな彼女に対し、黒人の店主が無表情のまま、カウンターに品物を乗せる。
薄いTシャツを、隆々とした筋肉が張り上げる黒人店主……。
そんな彼が持ち出したのは、アンティーク調のハト時計であった。
「まず、時計そのものに関してですが、これはなんてこともない。
既製の部品を組み合わせることで直せました」
五十そこそこといった年齢の店主が指差した通り、鳥小屋を模した本体の時計部分は、惑星標準時刻に合わせて一秒ずつ時を刻んでいる。
「問題は、ハトの飛び出すギミック部分だ。
そう複雑な構造ではないのですが、時計と連動する重要な部品が摩耗して使い物にならなくなっていた。
ここを交換しなければならないのだが、残念ながらメーカーは大昔に倒産していて、該当する部品が手に入らない」
「じゃあ……」
無情とも思える店主の宣告に、ご婦人が悲しげな顔となった。
だが、店主はそんな彼女に対し、待てをするように右手を突き出したのである。
「まあ、待ってください。
ちょうど、あと一分だ」
「あと一分?
それじゃあ……」
チチチ……と振った指を、店主が口元に当てた。
シー……静かに。
その意図を察した婦人は、固唾を呑んで見守る。
時刻は、14時59分を回ったところ。
婦人の視線を受けながら、秒針が正確に時を刻み続け……。
やがて、長針と短針が動き出した。
『――ポッポー!』
同時に、鳥小屋を模した本体の出入り口から飛び出したのは、いかにもチープな作りをしているハトの人形だ。
まるで生きているハトのように勢いよく飛び出しながら鳴いたそれは、同じ動作をもう二回繰り返すと、自分の住み処へ戻ったのである。
「ロブさん……!」
感極まったご婦人が、目尻に涙さえ浮かべながら店主を見やった。
「……ないなら、作るしかない。
フルスクラッチになりましたが、なかなか楽しい工作でしたよ」
そんな彼女に、ロブと呼ばれた店主は、ニヤリと笑いながら答えたのである。
「ああ……二十年ぶりにこの子が動き始めた。
ありがとう。祖母の遺品なの」
「それは、よかった。
大事にしてあげてください」
笑顔のまま、ロブと婦人が固い握手を交わす。
「本当に、素晴らしい腕。
評判通りだったわ」
「評判?
お役に立てたなら、よかったです」
その後、何度もお礼を言ったご婦人は、約束していたよりも多額の金を、半ば強引に電子決済していき……。
これにて、ドワイトニングリサイクル店本日の営業は終了したのであった。
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「やあ、ロブさん。
今日はどうだった?」
「上品なご婦人の、祖母が遺されたという時計を修理したよ」
「そいつは、よかった。
きっと喜んだだろう」
アイスクリームスタンドの店員と、陽気な挨拶を交わし……。
「ロブさん!
うちの電子レンジ、調子がおかしいの。
今度見てくださらない?」
「もちろん」
安アパートの前を掃き掃除していた大家さんに、気安く返事する。
「ロブさん。
今日もあそこの店?」
「ああ。
仕事終わりは、いつもあそこだ」
バスケットボールを弾ませながら歩いていた黒人少年とハイタッチしながら、いつもの店を目指した。
交差点沿いに存在するその食堂は、大いに客で賑わっており……。
「ロブさん、いらっしゃい。
いつもの席、空いてるわよ?
注文もいつもの?」
「ああ、サンドイッチとアイスコーヒーだ」
看板娘のウェイトレスに促され、厨房前のカウンターではなく、ボックス席の方へと座る。
店内で交わされるのは、悲喜こもごもな……それでいて、どうということもない会話。
それをBGMとしてくつろいでいると、いつも通りのサンドイッチとアイスコーヒー……。
それから、これはいつも通りじゃないオレンジフロートが並べられた。
「これは?」
「新作。
よかったら、感想聞かせて」
「カロリーが多過ぎる」
「早速の感想ありがとう。
それだけ筋肉ムキムキなんだから、ちょっとくらい大丈夫よ」
「そうだな。
ありがとう、頂くよ」
笑みを浮かべながら答えると、ウェイトレスは手を振りながら仕事に戻っていく。
これが――日常。
ロブ・ドワイトニングの何気なく、それでいて決まりきった……かけがえのない日常である。
――上手くやっているようだな。
それを壊したのは、唐突に送られた思念波であった。
「ふん……」
ロブは――動じない。
来るべき時が来たかと、そう思うだけだ。
だから、いつもと同じ味のサンドイッチを一口かじり……。
いつも通りではないオレンジフロートで、軽く喉を潤す。
――町の人気者じゃないか。
――さすがは、ロブ殿。
声の主は、知り合いだ。
最後に会ったのは、およそ十年ほど前だったか……。
当時の彼は潜入工作員になりたてで、確か、ヴァンガードというコードネームを与えられていたと思う。
――ヴァンガード、なんの用だ?
――茶飲み話がしたいのなら、思念波ではなく直接話に来るがいい。
思考共有したハイヒューマン同士というものは、お互いの位置関係を瞬時に把握することができる。
ヴァンガードがいるのは――建物の外。
このダイナーとは、交差点を挟んで対角線上に位置するコンビニエンスストアの中だと察せられた。
この店は、壁にズラリとガラス窓が並んだオープンな造りとなっていて、とかく、見晴らしがいい。
おそらく、同じくオープンな構造のコンビニ内から、こちらを見張っているのだろう。
とはいえ、直接視線を向けるようなことはせず、視界の端で見ているだけだろうが……。
――ハッハッハ。
――旧交を温めたい気持ちはありますが、残念ながら、今は手が離せないのですよ。
手が離せない。
それはつまり、ハイヒューマンの潜入工作チームは、相変わらず人手不足に悩まされていることを意味する。
要するに、この男が言いたいのは、だ。
――俺にまた、働けと言いたいわけか?
――見ての通り、今はしがないリサイクル屋だ。
――役に立つとは、思えんぞ。
もし、相手の思念波を肉声にするならば……。
おそらく、クスクスとした笑い声であることだろう。
どうやら、ロブの思念はジョークとして受け取られたようだ。
――嘘をつくなら、せめて自分自身だけでも騙すことだ。
――あんたの中には、戦士としての闘争本能が眠っている。
――少なくとも、私はそう感じる。
「フン……」
残りのサンドイッチを平らげ、オレンジフロートのアイスも一口味わった。
やはり――甘い。
このままではただ甘いだけになってしまうだろうから、ジュースか、あるいはアイスの銘柄を選定し直すべきだろう。
――それに、分かっているはずだ。
――こういうことは言いたくないが、あんたに選択の余地はない。
――我々を裏切ってまで掴んだ平穏な暮らし……壊されたくはないだろう?
――ここはロマーノフ大公家のお膝元。
――我々としては、ちょっとしたテロを仕掛けるのもやぶさかではないのだ。
――やりたくはないが、ね。
「……クソッタレが」
「?」
「いや、ちょっと独り言だ。
すまない」
付近の客に不思議そうな顔で見られ、手を振ってごまかす。
いつか、ユーリと名付けた流出品にこう言ったことがある。
『この世に信じていいものなど、何一つない』
その考えは揺らがない。
揺らがない、が……。
いつの間にか、ロブの人生には贅肉と呼ぶべきものが多く付いていた。
※お知らせ
本日15時からミリシタで担当上位報酬のイベントが開催される(終了日未発表)ため、しばらく隔日更新とさせて頂きます。
どんなゲームか知りたい人は、この拙作を読んでね。
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お読み頂きありがとうございます。
次回も、ロブ視点です。
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