流出品
銀河帝国と呼ばれているらしい現行人類の生息圏にまで逃れれば、なんとかなる。
幼きハイヒューマンにあったのは、計画と呼ぶことすらおこがましい雑な考えであり、待っていたのは相応の結末であったといえるだろう。
脱走を防ぐべく放たれた量産型OTのビームがかすめた結果、乗っていたボートはもはや航行不可能であり……。
どうにか着陸できたのが、その惑星――ポリゾナであった。
いや、後になって思えば、それでも運がいい方なのだ。
兎にも角にも脱走は成功し、辺境とはいえ、銀河帝国内部に潜り込めたのだから……。
脱走が成功したのは、事前に十分な準備をしていたから……。
潜入工作員として訓練を受けていたその個体は、成績優秀であったこともあり、周囲からの信頼も厚かった。
いかにハイヒューマンが心を読めるとはいえ、身内相手に読心を試みるはずもなく……。
その幼い個体は、年齢にそぐわぬ入念な準備をし、出し抜くことに成功したのである。
全ては、何もかもが存在するという世界で、自由に生きるため……。
惑星ポリゾナに降り立てたのは――後になって知ったことだが――単純に運が良かったからだ。
――惑星ポリゾナ。
とある辺境貴族が治めるこの地は、植民惑星とは名ばかりのゴミ捨て場であった。
人間という生物が一定以上の集団を形成し、社会生活するようになると、決まって問題となるのがゴミの処分……。
ここを治める辺境貴族は、その処分場として資源に乏しく、入植にあまり適さないこの星を選んだのである。
その処分法は、不要となったゴミをゴミ箱に放るかのごときもの……。
大気圏外から投棄し、燃え尽きたのならばそれでよし。
燃え尽きず、惑星に落下したとしても頓着はせぬというもの。
かようにずさんな処理をしているからこそ、通常、植民惑星なら存在する監視の目もなく、幼き個体を乗せたボートも不時着できたのだ。
もっとも、もう飛ぶことはできないけども……。
――とにかく、ハイヒューマンの手を逃れて帝国に潜り込むことはできた。
――ボクは、自由だ。
ボートを降りた当初こそ、その個体は能天気な考えを抱いていたが……。
そこから先に待っていたのは、ひどくみじめな生活だ。
ゴミ処理場として使われている惑星には、ゴミのような人々が集い、ゴミのような生活をしていた。
様々な理由で食い詰めるか、あるいは表社会で生きられなくなった人々が、ここを安住の地と定めていたのである。
食料の生産源となるのは、落下するゴミから逃れるために地下深くへ掘ったコロニーだ。
内部には、落下してきたジャンクなどを流用して作られたプラントがあり、この惑星において貴重な穀物などを栽培しているのであった。
そう、貴重だ。
一日中、空が暗雲へ覆われ、有害物質入りの雨も頻繁に降る惑星での貴重な貴重な食料である。
これを得るための道は、一つだけ。
惑星を取り仕切る者たち――なんとかファミリーと呼ばれていた――に言われるがまま、奴隷のごとくこき使われることだけであった。
仕事の内容は、燃え尽きなかったゴミが集積されたジャンク場から使えるものを拾い集めることや、あるいはまだ使える金属を鋳潰し精錬する作業……。
いずれも過酷であり、しかも、それによってようやく得られる食べ物は、ギリギリ生存するだけのカロリーしか得られない。
――なんのために、脱走してきたのか。
――現行人類の生活圏なら、豊かな生活が送れると思っていたのに……!
思い描いていた理想とかけ離れた日々……。
これなら、元の暮らしの方が遥かにマシだった。
あちらでは、遺跡から得られたテクノロジーへ触れることもできたし、何より、食うことを心配する必要はなかったのだから……。
そんなことを考える内……。
いつしか、そのハイヒューマンは動くことをやめていたのである。
薄っぺらなシートを被って座り込みながら、栄養の足らない頭でボーッとし続けた。
周囲では、地下コロニーへの居住を許されない者たちが、同じように天露をしのいでいたが……。
彼らの方は、時間となればなんとかファミリーにこき使われるべく立ち上がる。
どうして、そんな風にできるのか……これが分からない。
明らかに、希望も何もないドン詰まりの日々。
それを続けるために過酷な労働をするなど、どんな意味が……。
それを知る方法は、ある。
なぜなら、自分はハイヒューマンなのだから。
労働を終え、帰ってきた人々の胸中が知りたくなり、思念波を放つ。
「――シケた顔をしているな」
声をかけられたのは、その時だった。
その発生源は、名もなきハイヒューマンにとっては、ひどく高い場所から発せられており……。
見上げるためには、残り少ない体力の総動員を必要とする。
それでも、なぜ顔を上げたのか……。
どうして、下らない言葉を無視しなかったのか……。
あるいは、言葉だけだったなら、反応しなかったかもしれない。
しかし、同時に感知したモノ……。
――お前、ハイヒューマンだな?
この思念波を思えば、そうする他になかったのだ。
「あなたは……」
虚ろな瞳に映った人物……。
それは、黒人系の男であった。
年齢は、五十くらいだろうか?
分厚いコート――後に軍からの放出品だと知る――越しにも、鍛え抜かれた体をしているのが分かる。
剃り上げているのか、頭には毛の一本も生えておらず……。
ただ、ひどく無感情で無機質な……ガラス玉のように思える瞳を自分に向けていた。
「……通りすがりだ」
――同時に、お前と同じハイヒューマンでもある。
――お前の年齢で潜入工作に出されるとは、考えづらい。
――流出品……脱走者か。
男は、有害物質が溶け込んだ雨に打たれながら、いくつもの思念を同時に放ってくる。
それに、同じく思念波で返すことも可能だったが……。
「……」
幼き個体が選んだのは、ただ無言のままうなずくこと……。
「ふん……」
それを受けて、男が鼻息を鳴らす。
その後……一体、どれほどの時間が流れただろうか?
男はじっと自分を見つめ、流出品と呼ばれたハイヒューマンは黙ってうつむく。
ただ、そうしている間も男は思念波で探りを入れてきており、何か考えれば、それはすぐさまお互いに理解できる状態となっていた。
ハイヒューマン最大の能力――思考共有だ。
そして、ハイヒューマン同士の戦闘においては、互いに互いの心を読み合い、その上でより優れた未来予測を行った側が勝つ。
いわば、常に両者の手札を開示したカードゲーム……。
今の状況は、訓練で散々行ったそれに似ている。
とはいえ、流出品の脳裏に思い浮かんでいるのは、高度な読み合いではなく、すてばちな感情であったが……。
すなわち……。
――始末するなら、始末すればいい。
――抵抗はしない。
……この感情であった。
憧れた世界は、残念ながら思い描いていたそれとかけ離れている。
そんな世界でみじめたらしく命だけつないだところで、なんになるというのだろうか。
ならば――潜入任務中なのか? ――同胞に発見され、脱走者として始末されるのは、それなりにマシな終わり方だと思えたのだ。
「フゥー……」
思念波による干渉が収まり、代わって大きなため息を吐かれた。
それから男が行ったのは、肉声によるコミュニケーション……。
彼は、こう言ったのである。
「付いてこい」
「……」
相変わらず頭が回らないまま、男の顔を見た。
そんな自分に、彼はこう告げたのだ。
「こちらでの生き方くらいは教えてやる。
ただし、生き方を教えてやるだけだ。
いいか、覚えておけ。
この世に信じていいものなど、何一つない。
あるとすれば、それは自分だけだ」
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次回もロブさん回です。
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