プロフェッショナル~漢娘の流儀~ 中編
「ユーリ・ドワイトニング君に対して、わたしが思っていることを一言で、ですか?
そうですね……。
だとするなら、IDOLで一番忙しい人物ということになります」
……とは、事前のインタビューで我らが超銀河アイドルこと、カミュちゃまが言っていたこと。
その言葉は、一切の嘘偽りなき端的な事実であった。
とにかく、このユーリという少年は、やらなければいけない仕事が多岐に渡るのである。
演習計画作成も、その一つ。
「――今回の作戦概要は以上です。
質問はありますか?」
ブリーフィングルームで皆を見回す面持ちは、凛々しいの一言……。
中世の鎧めいたアーマープレート付きスーツ――パイロットスーツに身を包んだユーリ少年が、ホログラム・ウィンドウを背にしながら告げた。
普段、銀河ネットの報道ではカミュちゃまのパイロットスーツを目にすることが多いため、パイロットスーツといえば体にピッタリとフィットしたもの……という印象が強い。
だが、あれは最新鋭の技術を惜しみなく注ぎ込み、軽量さとサバイバビリティを両立した超高級品という話であり、通常のパイロットが装着するものは、このような仕様となっているのだ。
まあ、中にはフィリピンVのように「スーツとはピッタリするものだから!」という理由で、サバイバル能力よりも見た目と軽量さを優先する例もあるらしいけど。
閑話休題ついでに、ユーリ少年が着用するスーツはグリーン。
自ら設計した愛機であるグラムと同じカラーである。
「あー……。
一個、確認してもいいかァ?」
手を上げたのは、ユーリ君同様の――ただしカラーはレッドだ――パイロットスーツに身を包んだ少年……。
カラドボルグのパイロットとして名を知られるジョグ・レナンデー少年であった。
年齢は、確か十二。カミュちゃまと同い年。
しかし、スーツと同じく真っ赤な髪を、整髪料で攻撃的に固めたその姿は、年齢に見合わぬ凶暴さを感じる。
元が宇宙海賊のキャプテンだというのも、なるほど、この見た目なら納得がいった。
中性的な容姿のユーリ少年とは、同年代ながら正反対な性質を備えたジョグ少年が、自分の席から見上げるような視線を向ける。
「演習なのは分かるけどよォ……。
いくらなんでも、敵の数が多すぎやしねえかァ?
しかも、こっちはクソ……おっと。
アーチリッター抜きの五機編成でやろうってんだろ?」
今、カミュちゃまのことクソとか言おうとした?
編集点を心にメモしつつ、それはそれとしてジョグ少年の言葉にうなずく。
今回の演習は、実機こそ用いるものの、敵は現実に存在する標的ではない。
データ処理上に存在する架空の敵機を、あたかも存在するかのごとく扱い、宇宙空間で実際に飛び回りながら戦うという内容であった。
問題は、今まさに俎上へ載せられた敵機の数……。
ひい、ふう、みい……ざっと数えて、三十機近くはいるだろうか?
戦いというものは、数によって決まるもの……。
そんなことは、常日頃からDペックスなどのFPSで配信を行う――だからカミュちゃまには心から感謝している――配信者にとっては、軍事知識がなくとも理解できる常識だ。
そのことを踏まえれば、いかに自軍側がグラムとカラドボルグというチートユニットを備えているとはいえ、覆しがたい戦力差であると思えた。
しかし、今回の作戦計画を練ったユーリ少年は冷静な顔で切り返す。
「演習だからこそ、過酷な状況を設定しなければ意味がありません。
先日、辺境の海賊連合相手にハーレーを危険へ晒した件……。
ボクたちが早く敵のPL隊をせん滅できていれば、あそこまでの窮地に追い込まれることはありませんでした」
「そりゃあ、そうだけどよォ。
それにしたって、極端じゃねえかという話でだな」
「あの件で明らかになったのは、ボクたちがいかに目立つ存在で、隠密行動を心がけようとも限界があるということ……。
そして、銀河ネットなどの報道を通じて、ボクたちPL隊の戦力はすでに銀河中へ筒抜けです。
つまり、先日のような事態がまた起きた場合、常に相手はこちらを確実に潰せるか、あるいは足止めできる戦力を用意することでしょう」
ハーレーが海賊連合の艦隊と砲撃戦を行った事件……。
あれに関しては、神業的な操舵テクニックやハーレーの圧倒的火力と共に、広く報道されている。
ただ、それらが報道されたということは、IDOLの本丸と呼ぶべき艦が失われかけたという事実も伝えており……。
ユーリ少年が危機意識を抱くのは当然といえた。
「じゃあ、アーチリッター抜きの演習でわざわざこの内容をやる理由はなんだァ?
あん時はフルメンバーだっただろ?」
「お嬢様は指揮官であると共に、ロマーノフ大公家からの大切な預かり物です。
万が一の際は、何を置いてもお逃がししなければいけませんから。
従って、今回の演習には戦力として組み込めないんです」
「ハッ……。
そういう時は、自分が前に出そうなタイプだけどよォ」
ユーリ少年とジョグ少年……。
二人の視線が交差する。
これは……これは……。
カミュちゃまという推しに対する解釈の違い!
イイ撮れ高を頂きましたワー!
「まあ、仕切りはお前だし、文句はこのくらいにしとくぜ。
敵を一網打尽にする一番難しい役どころは、自分で背負ってんだしよお」
このまま対立するのかと思いきや、ジョグ少年がアッサリと引き下がった。
ありゃりゃ、潔い。
けど、それだけだとちょっと撮れ高が気になるんだよね。
だから、これまで傍観に徹していたワタシも、ここで一石を投じることにする。
「ハイハーイ!
ワタシと視聴者も気になることがあるヨ!」
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「モンファさん、どうかしましたか?」
この場における彼女は、カメラを回すだけの傍観者……。
そうと捉えていたし、実際、ここまでの彼女は携帯端末のカメラを隅で回しているだけだったため、少々意外に思いながらユーリは問いかけた。
「ズバリ!
どうしてユーリちゃんが演習の仕切りをしているのか、ワタシと視聴者に説明してほしいノ!」
ああ……。
そう言われ、納得する。
自分たちの中では当たり前の役割分担であるため気にしていなかったが、確かに、外部の人間が見れば指揮官ではなく、しかも、最年少であるユーリが演習内容の計画を立てているのは奇妙に思えるだろう。
「サッカーで言やあ、ユーリはボランチなのさ」
「? どういうこト?」
ジョグが例え話をしてくれたが、それでは通じる人間にしか通じまい。
「ボクのグラムは、後方から火力支援をするのが基本的な運用方法ですから。
その分、電子的な装備も通常のPLより充実しています。
一面では、指揮官機であるアーチリッター以上に」
「うんうン!
だから、Dペックス騒動の時は、リアルタイムで動画処理とかもできたんだよネ!
配信に使うと便利そうだヨ!」
「それは、今までなかった観点ですね」
動画配信専用のPL。
それはそれで、なかなか面白そうな発想だと思いつつも、説明を付け足す。
「そのため、いざという時やお嬢様が独自行動している時などは、ボクが司令塔の役割を果たすことになるわけです」
「そもそも、おれらや古い方のキャプテンじゃ、小難しい演習計画立案なんてできねえぜ」
「そうだ、そうだ」
「考えてもらってる側なんだから、いちいち文句を挟むもんじゃねえさ」
最近、アホなフォーメーションを生み出しコテンパンにされたバイデント隊が追従すると、ジョグも「なんだとこの野郎!」と応戦する。
「ワオ!
まさに、ユーリちゃんこそはIDOLの土台であり、最後の砦なんだネ!」
そんな彼らをよそに、モンファは自撮り棒の先にある携帯端末へと語りかけていた。
「つーかよォ」
立ち上がり、殴りかかる体勢になっていたジョグが、ふと気付いたように口を開く。
「おめえ、他の取材する時もユーリのことばっかだよなァ?
あれか? ホレたか?」
何をバカな……。
動画配信者である以上、視聴者の関心というものは絶対だ。
ならば、注目されやすいカミュお嬢様ではなく、自分という未開拓の分野で請求力を求めたのだろうと考えているユーリは、一笑に付す。
だが、モンファの返事はひどく予想外なものだったのだ。
「そうだヨ!
ワタシ、ユーリちゃんのことが大好きなノ!
もちろん、ラブの意味だヨ!」
「な……あ……」
そう言われ……。
自分の顔が、耳まで赤くなってしまったことを自覚する。
そんな自分の反応をたっぷり堪能し……。
「アハッ!
ついつい爆弾発言しちゃったヨ!
でも、取り消さないからネ!
それじゃ、みんナ! サイツェン!」
モンファは、携帯端末――未来の視聴者に向けて告げたのであった。
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