ワイルド・ラノーグ 中編
「新参者のガキがオレを食おうってのか!
ハハッ! こいつは面白え!」
少年の挑発を受けたボスが、舞台役者のように腕を広げながら言い放つ。
「おいおい、ボクサー全員がチャンピオンに挑めるわけじゃねえんだぜ!」
「何をするにも、手順ってもんがあらあ!」
口々に言い放ったのは、ボスとファミリーを形成する男たちである。
だが、そんな彼らに対して、少年が告げたのはただ一言だ。
「怖いのか?」
「……クックック」
小首をかしげながら告げる少年に対し、ボスは笑うことで答えた。
それから、取り巻きの一人に向けてこう言ったのだ。
「マイク! 参加費を徴収しろ!
第一レースは俺とジョン、スミス、それからこの小僧だ!」
「ヴィン! そいつはねえぜ!
おれは今夜のために、とびっきりのカスタムをしてきたんだぞ!」
ボス――ヴィンに対し、マイクと呼ばれた男が抗議すると、他に名前を呼ばれた者たち――おそらくヴィンと別チームだろう――男たちが、ニヤニヤとした視線を向ける。
「とんまなお前にゃ、集金係がお似合いだ」
「ああ、違いねえ」
「てめえら……!」
マイクと呼ばれた男は、尚も何か言おうとしたが……。
すぐに諦めて携帯端末を取り出す。
「参加費は二千。勝った奴の総取りだ」
「ああ、いいよ」
少年も携帯端末を取り出し、コードを読ませる。
これで、決済は完了。
後は、レースの勝者にマイクが送金するだけだ。
「小僧! 名無しじゃやりづらい!
名前を教えろ!」
自分のマシンに向かったヴィンが、ふと振り返りながら尋ねると、少年はイタズラっぽい笑みを浮かべる。
それから告げた名前は……。
「アレルだ」
「ハッ! ご領主様と同じ名前かよ!
まさか、本人じゃあるまいな!」
「ありふれた名前だろ?」
「まあ、確かにな!
ようし、アレル! マシンを位置につけな!
もしバラバラになって死んだら、分解されたパーツに名前を書いて墓標にしてやろう!」
アレルは肩をすくめて応えると、自らのマシーン――プリエクスへと歩んだのであった。
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女たちがハイウェイ上にカラースプレーでスタートラインを描き……。
名指しされたレーサーたちが、自らのコンパクト・スポーツカーを位置につける。
だが、ヴィンのみは深紅の愛車から一度降り立ち、参加者に向けて声を張り上げた。
「四千レースだ!
かつて、オレたちの先祖はゼロヨンレースで覇を競った!
四百メートルを駆ける十秒間に全てを賭けたんだ!
理由が分かるか!」
おそらく、これは決まり口上なのだろう。
参加者たちは、ニヤニヤと笑うばかりである。
そんな彼らに向かって、ヴィンは言い放った。
「――道が狭かったからだ!
だから、四百なんてせせこましい距離で競い合うしかなかった!
だが、オレたちは違う!
――四千!
たっぷり十倍、先祖たちよりも楽しんでやろうぜ!」
――イエアアアアアッ!
参加者たちが歓声を上げると、ヴィンもようやく運転席に戻る。
――ヴウンッ!
――ヴウウウウウンッ!
それから、客たちも騒ぐのを止め……。
ただ、各マシンの共鳴装置が奏でるモーター音のみ響き渡った。
旗を手にするのは――マイク。
「――行けえっ!」
彼が叫びながら旗を振り上げると、各車が一斉に飛び出す。
――ギュイイイイイイイイイインッ!
高トルクEV特有のホイールスピンと共に踊り出したのは――二台。
赤と白――ヴィンのタツマXR7と、アレルのヨツビシプリエクスだ。
それにしても、この二台が見せる加速力の凄まじさときたら……。
わずか数秒で時速百キロを超えており、残る参加者――ジョンとスミスは、大差を付けられて追いかけるばかりだ。
「ヴィンの野郎、さすがだな」
「だが、あのアレルって小僧も相当なもんだぞ。
まだガキだってのに、ハンドルが全くブレてねえ!」
観戦する男たちがそう言ったように……。
ドラッグレースというものは、直線での速さを競い合うというその競技内容ほど単純な代物ではない。
何しろ、それぞれのマシンは創意工夫の限りを尽くし、限界以上にパワーが引き上げられているのだ。
本来、各パーツで想定されていたのを大きく超える負荷がかかっているのだから、当然ながら運転は――ブレる。
現に、後続するジョンとスミスの車は、出しているスピードで劣っているにも関わらず、やや左右へのブレが生じていた。
だが、ヴィンのXR7とアレルのプリエクスは――違う。
車輪というものは、元来真っ直ぐ進むために生まれたのだということを教えるかのように……。
全くブレのない理想的な直進をし続けながら、尚もスピードを上げているのだ。
祖先のゼロヨンレースから距離を十倍に引き上げたとはいえ、勝負は二分にも満たない超電撃決戦。
ゆえに、このような細やかな制動技術こそが、ラップに大きな差を生み出すのである。
と、そこでジョンとスミスの車に大きな動きがあった。
ホイールが急激に回転数を増し、先行する二人に追いつかんとするほどの加速を生み出したのである。
これは……。
「ジョンとスミスの野郎、オーバーブーストを使いやがった!」
――オーバーブースト!
それは、EV車の心臓と呼べるモーターへ多大な負荷をかけながら、一瞬の加速を生み出す技術のことだ。
当然ながら――自動操縦を解除している時点でそうだが――その改造は違法。
だが、その効果は絶大。
一歩間違えばモーターが焼け付いて使い物にならなくなるものの、今見ているように基本性能と技量で勝る相手に食らいつくことすらできるのであった。
だが、ジョンとスミスのこれは……。
「早まりすぎだろ!
あんなとこでブーストしたって保たねえよ!」
「いや、ありゃあ……。
ヴィンの野郎をアシストしてやがるんだ!」
「そうか、小僧が焦ってブーストを使えば自滅するって寸法だな!」
客たちの推測は、こうだ。
もはや、ジョンとスミスは勝負を諦めている。
が、自分たちは負けたと分かっていても、新参者のガキにむざむざと勝利を掴ませるのはプライドが許さない。
そのため、こうやって心理戦を仕掛け、ヴィンが勝つようにアシストしているのであった。
これは例えるなら、競馬や競輪でいう仕掛け……。
どこでオーバーブーストするかは勝負を分ける要素であり、相手の仕掛けを見て焦った結果、自爆することも多いのをベテランレーサーたちはよく理解しているのである。
が、これは……。
「――動かねえ!
あのガキ、マジで肝がすわってやがる!」
「あの年でどういう冷静さだ!」
「残り千メートルを切るぞ!」
オーバーブーストで力尽きたジョンとスミスの車が脱落していくのを尻目に……。
ハイウェイに設置しておいたカメラは、ラスト四分の一に差しかかったXR7とプリエクスを捉えた。
「ヴィンが仕掛けるぞ!」
まるで、ニトロを吹き込まれた内燃機関のように……。
すでに十分な回転を果たしているところへ、リミッター超過の動きを命じられたXR7のモーターが爆発的な加速を生み出す。
対するアレルのプリエクスは……これは……。
「小僧は動かねえ!」
「勝負を捨てたか!?」
相変わらず、通常稼働のままだ。
「車体がバラけると思ってビビリやがったんだ!」
誰かが推測を口にする。
確かに、純白のプリエクスは車体がきしんでいるかのようであり、あの化け物じみた内部機関のリミッターを外すのは無謀と思えた。
これは――勝負あり。
グングン差をつけるXR7の姿に、皆が予測する。
だが……。
ヴィンがあと百メートルでゴールするという刹那……。
ドラッグレースの速度を思えば、一瞬と呼んで差し支えのない瞬間……。
――白い稲妻が走った。
「な……あ……」
誰もが、驚きに目を剥く。
ヴィンとアレルの間には、百メートル近くもの距離があったはずだ。
つまり、アレルのプリエクスはゴールラインまで二百メートルほどの距離にいたということになる。
その絶対的な差を覆し、白きモンスターマシンはほんの数センチだけ、ヴィンの先を行ったのである。
なんという――超加速。
見れば、プリエクスの後部に備わったエアロパーツが稼働し、車体へ最大限のダウンフォースを生み出していたようだが……。
それでも、軽量化されたボディが浮き上がらなかったのは、奇跡という他にない。
いや……テクニックか。
「なんて小僧だ!」
「あのモンスターマシンを乗りこなしやがった!」
「車体もどうやら大丈夫だ!
ほんの一瞬だけオーバーブーストを引き出して、フレームがバラバラになる限界を攻めたんだ!」
男たちが、次々に感嘆の言葉を漏らし……。
それから、己の愛車へ向かって走る。
そうする理由は、ただ一つ。
四千メートル先にいるヒーローを讃えるためだ。
お読み頂きありがとうございます。
次回、アレルが一番イイのを頼みます。
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