FREEDOM STYLE 後編
人類という種族が地球に根付き、銀河へ飛び出してから、クリスマスという日は何千回繰り返されてきたであろうか……。
その時その時を生きる人々にとっては特別な日でも、巨史的な視点で見れば、これは取るに足らないありふれた日の一つに過ぎない。
だが、今日この日のそれは――有史以来、誰も体験したことがないクリスマスであったのだ。
まず、人々の急静止事件。
自宅で……。
職場で……。
街中で……。
あるいは、自動運転する車両や公共交通機関の中で……。
突如として市民たちがその動きを止め、虚空に目をやったまま動かなくなったのである。
その様は、さながら、パントマイムの演者であるかのよう……。
だが、誰が話しかけようが、あるいは揺さぶったりつねったりしようが、ピクリとも反応しないのは、やはり生物として異常なことであった。
これに連動して市民を混乱させたのは、この現象を引き起こしたのが銀河的大ヒットゲーム――Dペックスだという緊急発表である。
実のところ、かのゲームはその皮を被った電子ドラッグであり……。
人知れずIDOLによって追い詰められていたヒラクが暴走し、一斉送信でユーザーに暗示をかけたというのだ。
つまり、この事件は、帝国成立以来例を見ないほど大規模な――テロリズム。
たかがゲームの力によって、人間が行動不能になるというのは、冗談のような話であったが……。
事実として、銀河の至る所でその冗談は現実となっており、ゲームに触れず難を逃れていた人々は、その恐ろしさに戦慄したのであった。
だが、このクリスマスで最も人々の記憶に残ったのは、突如として動きを止めた人間に対する驚きでも、テロリズムに対する恐怖でもない。
――カミュ・ロマーノフだ。
『カミュ・ロマーノフの歌声には、Dペックスを抑え込む効果がある。騙されたと思ってこれを拡散し、もし静止している人間の近くから端末がなくなっていたら、この動画を見せてやってくれ』とは、御身を晒した皇帝の弁であり……。
実際、どうやってか、静止した人間が所持する端末には、カミュ・ロマーノフの歌う映像が流れ出していたし、銀河ネットでも大々的にその動画が流されていたのである。
ただし、その動画……今や銀河的アイドルであるカミュが、日頃見せるそれではなかった。
――ラップ。
単調なリズムを背景に、ブラックミニスカサンタと化したカミュが、魂のライムを刻んでいたのである。
『天使の歌声が響く夜!
イエスの名前で繋がるこの世界!
どんな暗闇も彼が照らす!
Yo、クリスマスナイト今こそ感謝!』
おそらく、彼女より上手にライムを刻める者など、この銀河にはそれこそ星の数ほどいよう。
また、ステップや仕草も見様見真似であるとすぐに分かるもので、積み重ねたダンスレッスンにより、かろうじて見れるものにしているというのが、実際であった。
だが、懸命にイエスの生誕を讃える彼女の表情……。
声音に宿る問答無用の気迫。
そして、あまりに可憐な――ブラックミニスカサンタ衣装での動き。
それらが三位一体となり、見た者全てを巻き込み――銀河中を熱狂のグルーヴへと引き込んだのである。
『だからラップに乗せて、イエスを称えよう!
この特別な日、彼に感謝しよう!
最高にクールでイカした救世主!
ジーザス、キリストフォーエバー、俺たちのヒーロー!
チェケラ!』
映像の中で……。
それまで、険しい顔でライムを刻んでいたカミュが、始めて笑顔を浮かべた。
フル回転させた脳でリリックを生み出し……。
激しく小刻みなステップを繰り返した体からは汗が噴き出していて、純白のニーソックスを透けさせるほど……。
まさに、精神と肉体を極限まで酷使したライブであったといえるだろう。
それがゆえに、弾けるようなその笑顔は――眩しい。
全てを出し切り、やり遂げた者に特有の充足感が漂う笑みだったのである。
――イエアアアアアッ!
銀河の星々……。
様々な場所で、カミュ・ロマーノフに応える歓声が溢れた。
そして、それを叫んでいる人々の中には、つい先ほどまで前後不覚となり、一切の動きを停止していた者たちが混ざっていたのである。
--
IDOL旗艦――ハーレー。
「イエアアアアア!」
「オッケエエエエエイ!」
「Fooooooooo!」
今は戦艦というより、銀河ネット放送局のような慌ただしさを見せていたブリッジが、クルーの歓声で満たされていた。
元より正規の軍属ではなく、宇宙海賊として暴れ回っていた者たちだけなことはあり、こういう時に見せるノリの良さは天下一品。
途中からはネット中継の作業を行いながらも、全員が全員、リズムに乗ってノリノリのダンスを見せていたのである。
「終わった……」
そんなアホ共の盛り上がりを見ながら、エリナは副艦長席の背もたれに大きくもたれかかっていた。
何が、何やら……。
PL同士の一大決戦と、それを止めるための武力介入。
それに加えて、謎の勢力が操る人型機動兵器を迎え撃ったと思ったら、今度は即興のネット配信ライブだ。
つつがなく指示を出せたのは、十三歳というエリナの年齢を思えば奇跡であり、案外、自分はメイドよりもこちらの方に適性があるのではないかと、疑ってしまう。
「ははは、確かに終わりましたな。
ですが、この後こそが大変ですとも」
「……カトーさん、いたんですか?」
背後から聞こえた声に、背もたれ越しで答える。
振り向けば、そこに立っていたのは綺麗に頭を剃り上げた老人……。
カッポーギというのを身にまとったかつての反乱分子――モワサ・カトーであった。
見れば、彼は軽食の乗ったカートを推しており、どうやら、戦闘糧食を運んできたのだと知れる。
「腹が減ってはイクサはできませんからな。
コックとして、責務を果たしているまで」
「それで、今回の軽食はなんですか?」
「お嬢さんには、特製の――パンケーキサンドを」
言葉と共に、唯一クロッシュを被せられていた皿から、それが取り除かれた。
銀製の蓋で隠されていたのは、極薄に焼かれたパンケーキによるサンド……。
しかも、挟まれている具材は色とりどりのフルーツであり、それらの合間には、甘みを控えめにしたホイップが顔をのぞかせている。
カトーが供する品の中で、エリナが最も好むスイーツだ。
「大変結構」
「カロリーも大変結構なことになっていますが、お嬢さん的にはよろしいのですかな?」
「いいんです。
副艦長の任なんてやらされていたら、甘い物の一つや二つは食べないとやってられませんよ」
モグモグとパンケーキサンドを食べながら、吐き捨てるように答えた。
「お! 差し入れじゃねえか!」
「ヒャッハー! ゴモクオニギリだ!」
「ヤキソバパンはおれのもんだぜー!」
そんなことしてると、ブリッジクルーたちが美味いものの匂いを嗅ぎつけ、たちまちカートに群がる。
そんな光景に肩をすくめながら、ふと、カトーが思い出したようにつぶやいた。
「結局なんだったのでしょうか、あの歌? は。
いや、わしは音楽というものに、とんと疎いものでしてな」
「ただのラップよ」
音楽へ疎い老人に、パンケーキを食べながら短く返した。
「ラップ?」
「何千年も前から、受け継がれてきた……」
最後のひと口……。
名残り惜しくもそれを食べ終え、ほほ笑みと共に告げる。
「当たり前の、ブチギレラップ」
それから、誰にも聞こえないよう、口の中だけでつぶやいたのだ。
「……既存のMVでも垂れ流せばよかったんじゃないかしら?」
お読み頂きありがとうございます。
次回はエピローグ(?)兼繋ぎです。
また、「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価やブクマ、いいねなどをよろしくお願いします。




