死神少女は埋墓を求める
唐突に浮かんだアイデアから生まれた拙作です。
もしかしたら近々連載版だすかもしれない…
人は常に死を恐れ、死を退けるために心血を注ぐ生物である。
それは初めて鉄を手中に納めた太古の王が、回復魔法を重点的に研究する事を部下に命じていた事からも自明であろう。
そして、弛まぬ努力を続けた結果、近年では腕の欠損などの重篤な怪我ですら容易く治療してしまうとの事ではないか。この目覚ましい発展を鑑みても、回復魔法は正に人類の叡智と努力の結晶と言うに事欠かないだろう。
故にその結晶は、私には虚しい色に見える。
このような筆舌に尽くし難い努力を重ねても、この世界に『魔物』がいる限り多くの人間が安らかに天寿を全う出来る未来を観る事が出来ないでいるからだ。
鉄を手にした事で栄華を極めた古の王国も、魔物の氾濫によって瞬く間に露と消え去ってしまった。
回復魔法が人類に生をもたらす希望であるとするならば、『魔物』という存在は人類に死をもたらす絶望、しかも逃れようのない苦しみと共に襲い来るものな
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…舌の根が気持ち悪くなる駄作だな。」
夜明け前の静寂に満たされたゴブリンの集落の中。
返り血で赤黒く染まったローブを纒う少女が、薄汚れた書物を片手に歩を進めている。
「まぁゴブリンの集落にある書物にしては上等かもしれないが…………あ。」
パタリ、と音を立てて本が閉じられる。
少女は唐突に足を止めると、半開きになった扉を蹴破って粗末な小屋に足を踏み入れた。
「…………っ……はぁ、やっぱりか。」
少女は小屋の中で息絶えている一人の女性に近づくと、血がこびりついたタグを拾い上げる。
「アリサ…結局、私は君を埋葬してやれないらしい。」
少女は書物に火を燃し、崩れた瓦礫に投げ入れる。
死臭で澱む小屋の中に、橙色の光が燃え上がった。
魔物。
それは体内に魔力を持つ生物の中で、特に人間に被害を与える種族の総称。
その残虐性は周知の事実であり、主に魔物の討伐を専門にする冒険者ギルドにも
『魔物に関わる者は、碌な死に方をしない』
と言う半ば脅しのような文言が掲げらている。
関わる者。
つまり、殺す者と殺される者。
となれば、その信憑性は疑う余地もないだろう。
特に私のような一人で活動する冒険者の結末は、先程のアリサのように“ああなる”事が多いのだから。
「にしても、死体すら残せないとはね…」
轟々と燃え広がる業火が集落を舐め尽くし、眼前の一切合切を灰燼へと変えて行く。
魔物に殺された人間の死体は、暫くの間魔物の魔力が残留している状態となる。
もしその間に肉体に適当な魂が入り込んでしまえば、あっという間に知性を喪った動く死体の出来上がりだ。
故に余計なリスクを背負いたく無いのならば、魔物に殺された者の死体はなるべく全て燃やし尽くす方が良い。
「…」
立ち上る煙の向こう側。
誰のものとも知れぬ魂が、元の器である肉体が燃え尽きると共に空に溶けて消えて行く。
「常人の魂に判別などつく訳がない…か。」
なら、全ての魂の行く末を見送ろう。
その中にアリサも居るのだから。
「…帰ろう。」
日が高く昇っている。
とっくの昔に、形あるものは全て燃え尽きていた。
“数日前に言葉を交わした友人が斃れ伏す事は良くある話”…なんて簡単に片付けられる程、私の心は強靭に出来ていなかったらしい。
* * * * * * * * * * * *
「そうですか…アリサさんを見つけて下さりありがとうございます。」
「あと、手付かずの物品が幾つかあったからまとめて持って帰ってきた。」
「あっ…それはこちらで鑑定いたしますので、袋ごと提出していただけると…」
私は冒険者ギルドのカウンターにアリサのタグを差し出し、ついでに持って帰ってきた戦利品の監査を依頼する。
空間魔法で中身が拡張されたアイテム袋は便利だ。口さえ通ればどんな物も詰め込めてしまう。
「…疲れた。」
主に精神的に。今日はもう帰って寝よう。
どうせ夕食の時間にはアリサが起こし…に……
「……っ」
杖を床に叩きつけたくなる衝動を抑え付け、ギルドの外に向けて歩き出す。
…その時。
「あらシアちゃん、どうしたのそんな顔して。」
「見てわからないと仰るんですかティファさん。」
「痛いほど分かるけど、流石に魔力が漏れすぎ。すれ違う人の首を全部捩じ切るつもり?」
「…」
魔力の向きを内側に向ける。
私の魔力は職業柄、負の感情によって出力が左右さやすく、状況次第では魔法が私の手綱を外れてしまう時もある。思い出したくも無いが。
「はぁ…私の網膜に焼き付いたアリサが消えない間に言わないとダメな要件ですか?」
「そう言う訳では無いけど、貴女が来ないといつまでも面談室が開けれないのよ。」
…面談室?
「面談?私が?」
「何でも貴女に会いたいって、王都から遠路はるばるやってきたそうよ。」
「あれ…ここってそんな王都から気軽に来れる場所でしたっけ?」
「そうねぇ…ここは辺境中の辺境。高低差もあって悪路も多いし王都から離れてるせいで魔物も強いけど、まぁ大したことないわね?」
「そんな面倒くさい道のりを一蹴できるのは貴女だけですよ…分かりました。サッサと首を捩じ切れば良いんですね?」
「そんな手負いの獣みたいな事しないでちょうだい。」
重い足取りを強引に動かして、ギルドの奥に向けて足早に歩き出す。
首は冗談だが、あまりにも厄介なら魂に一瞬だけ干渉していい感じに気絶させてしまおう。
導かれるままに部屋にたどり着き、ギルマスに続いて中に入る。
「シアちゃんを連れてきたわよ。」
「失礼しま…」
さてお相手は…………っ!?
「あ、貴女がシアさんですね!」
部屋に入った途端、太陽ように眩しく光る輝きが視界に飛び込んで来る。
その光り輝く魂の持ち主である聖装束に身を包んだ少女は、黄金色の髪を揺らしながらこちらに駆け寄って来た。
何だその魂の強さは。本当に人間なのか?
「…えーと、ギルマス?」
私は目の前の少女から目を背けつつ、ギルマスの方に向き直る。
ギルマスの魂は普通に見える。
私の目がイカれた訳では無さそうだ。
「紹介するわ、彼女は王都で聖女見習いを務めているクレアちゃん。魂が見える貴女の噂を聞きつけて、教えを乞う為にやってきたみたいよ。」
「道理でこんな眩し……え?」
…聖女見習い?
聖女見習いが死霊術師に、教えを乞う?
…は?
私は視線を金髪の少女に戻す。
「…どうかしましたか?」
……
………
「一つ、言っていいですかギルマス。」
「良いわよシアちゃん。」
「…やっぱ帰って寝ます。」
「あっ!」
私は返事を待たずにギルマスの横をすり抜けると、魔力で強化した杖でギルドの壁をブチ抜く。
勘弁してくれ。
今の気分であのよく分からない状況を飲み込むのはもう、カロリー的にキツいんだ。
評価、コメント、誤字報告等々気軽にお待ちしております。