ゆりかごから墓場まで
その後、屋敷内にあった食材を使いハンバーグを作ってあげた。点数は七十五点を頂いたので満足だ。学校のテストは赤点しか取ったことなかったからね。
絶対に嘘なんだけれど、一人で寝るのが怖いらしくて今日は冷夏ちゃんの部屋で一夜を明かすことになるだろう。お父様に赤裸々に報告すべきなんだろうか…。
「ジョー!ひーまー!」
「まだ吸い終わってないんですよ!ちょっと待っててください!」
「ひーーまーーー!」
なんかバブみが増したな⁉
「風呂上がりの一服が一番おいしいの!もうちょっと待ってて!」
「しゃーないわねーちゃんと歯磨いてから来ること!」
彼女の部屋の窓がバンと閉まり急に静かになる。なんとなく明るくなったな、冷夏ちゃん。
髪の毛から冷たい雫が足れる。ドライヤーしてこればよかったな。
彼女の部屋の直下にある壁にもたれかかり、タバコを吸う。全身に枯渇していた人体にとって水分の次くらいに大切な成分が満ちていくのが分かる。
うんまい。
それにしてもこのお家はどこも必要以上に華美だな。善治さんが小さな庭があるからそこで吸えばいいとこの庭を教えてくれたのだが、よく分からない種類の木が生えていたり、イタリアのレストランとかに置いてありそうな机と椅子が設置されている。なぜか二人分の椅子があるが。
まさかこんな所に俺がいるとはね…。
スマホを取り出してメールを確認する。ジョーク専用自作サイトにはしばらく依頼が受けられないと注意書きしてあるのだが、メールボックスにいくつか依頼が届いている。
ごひいきにしてくださってありがたいが、断りのメールを送る。
そうしているとき、依頼ではない俺あてのメールが届いているのに気づく。
「…そっか、良かった」
このメールを送った主に電話をかける。場所を移動しながら。電話が終わるころには、髪は乾ききっていた。
「おっせーですわ!」
「ごめん」
「ごめんじゃなくてすみませんでしょ!」
「すみません」
「あたしたちもうそんな仲じゃないでしょ。ごめんでいいわ」
なんだこいつー!
「寝る準備は終わったの?」
「ええ、もうメイクも落としました」
「ふふ、そ。じゃ早く入って」
布団をめくりあげ手招きされる。俺こっちのソファでいいんだけど…。
「いいじゃない、今日くらい」
「…分かったよ」
彼女に招かれるままベッドに入る。冷たい足が自分の足に触れて、体がこわばる。大きな枕なので片側を使わせてもらい、全身の力を抜いていく。
しばらくの沈黙が続き、そのまま手を握られる。
「静かだといなくなっちゃったかと思うじゃない」
「嘘つき」
足も触れているじゃんか。ってこれは野暮だったか。
「手、冷たいね」
「あんたはあっつい」
顔を合わせることがないことは目の見えない彼女からすれば当たり前なのだが、二人ともプラネタリウムでも見るように天井を見上げながら話している。
「なんで女の子って良い匂いするの?」
「きっしょい質問。生物学的にあなたたちより優れているからじゃない」
「思想尖ってるなぁ」
「ねぇ、あんたはもし今、この家が燃えてさ」
「何その仮定」
「いいから聞いて」
「この家の資産が無くなって、報酬が払えなくなったら、明日からどうする?」
「ええ…。冷夏ちゃんは無事なの?」
「うん、今井もお父様も。他のメイドも…。あなたも」
「うーん、まずは君を笑わせるまでは一緒に居たいよ」
「へぇ…。あっそ」
「なんすか」
「んーん、別に」
「そう言えば、ジョーのこと助けてくれた人は味方だったの?あの人近藤って人と親しげだったけど」
「ああ、ジンか。あいつはまぁ西ノ宮の人間に恩売りたいんだってさ。それで、近藤を確実に再起不能にするために、一旦俺を裏切ったふりをしてチャンスをうかがっていたんだと」
「どうやって分かったの?近藤のことも裏切るって」
「ジンに向けて撃ったおもちゃの赤いバラがでる銃があってさ。その花びらをアイツはもぎとっていった。それを押さえつけられているときに手に押し当てられた。そこでわかった」
「ふーん」
「ジョー?」
「はいはいジョークです」
「あたし、キスもしたことないまま死ぬの、最悪じゃない?キスってどうなの」
「キスかぁ…。別に、テンション高いと最高だし、寝起きでテンション低いと最悪」
「ふーん!そうなんだ!」
「なに急にうるさ」
「ジョー。こっち見て」
「?なに―」
冷たくなくなった手が、俺の頬に触れる。そして、彼女の小さな唇が俺の唇に触れた。仕掛けた側が目を閉じて、された側が目を見開いている。ちょっと変だ。
…じゃなくて。
「あたしはあんたが最初で最後にしておくわ。おやすみ」
「ちょっ…冷夏さん…?」
「ガーガーグー」
「…俺と一緒にこれは墓まで持っていこう」