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助かる展開


「ぐぁああ⁉」

「「近藤さん⁉」」

 よく手入れされたモノならばどれほどの剛腕だろうが等しく肉でしかない。ジンのそれは近藤の上腕を軽く引き裂いた。


「なんで…お前が持ってる…!報告じゃ…ドスは蹴り落とされたって…!」

 近藤は一人のチンピラを睨みつけ、一気に睨まれた男は顔から血の気が失せていく。


「あれは模造品ですよ? あんな遠くから見てたんじゃあ分かりっこないですがね」

「つっかえねぇなあ!」

「ひぃッ」

 切りつけられた上腕を必死に抑えるが、出血は止まらずその場で丸くなる。血は数秒で水たまりになった。


「ジン!」

「はいよ坊!」

 俺の体を抑えつけているチンピラ二人をなぎ倒し、体を揺らしてようやく解放された。


「あと二人!」

「うわああああ!」

 チンピラの一人は鉄パイプをブンブンと振り回し近づいてくる。これは近寄りがたいな。

「こっちは俺がやる、ジンはもう一人を」

「承知」

 このチンピラ、完全に混乱しているな。


「それなら…」

 胸ポケットからおもちゃの銃を取り出し、鬼気迫る表情でトリガーに指をかける。


「わ、悪かった!ここから離れるよもう関わらない!だから撃つな!」

 じりじりと指に力を入れる。数秒経ったところで銃を手放す。簡単な視線誘導だ。極度の集中状態で拳銃を凝視している者が、意識外の行動を起こされると脳は混乱を起こし隙が生まれる。


「とりゃ」

「あがっ!」

 そうすると、いとも簡単に蹴りが入る。


 ジンの方は…。

「終わりやしたかい?」

 満面の笑みで近藤の後頭部に拳銃をつきつけ、すぐに発砲した。生き物から無機質な物体となった人体が地面に倒れこむ。

 近藤の体には無数の切り傷が刻まれており、俺が終わるまで弄んでいたようだ。そんな姿を見て残りのチンピラは逃げたようだ。


「あんまり気分が良いもんじゃないですねぇ」

「にっこにこじゃねぇか」

 冷夏ちゃんの目が見えなくて本当に良かった。


「帰ろう、冷夏ちゃん」

 歩み寄り、そっと手を握る。よく見ると顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃだ。


「うぐっ…ひぐっ…」

「ごめんね、俺のせいで」

「うう…ん、ありがとう」






「ったく、とんだ災難だったわ!」

「ほんと、災難だったね」

 今井さんや善治さんは病院に搬送されていった。ジンは「あっしの活躍伝えといてくださいよ!」と言ってどこかへ消えた。

 この事件がどういう扱いになるのかは分からないが、善治さんが上手い事やっておくと言ってたので、まぁ彼ほどの権力者なら何とでもできるのだろう。


 今井さんを除くメイドさんたちは日曜日は定休日らしい。それが逆に事件に巻き込まれなくて良かったのだが、今晩ばかりはそうはいかない。

 今日は冷夏ちゃんと俺の二人。


 時刻は深夜二時を回っていて、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かだ。

 自室のベッドにぐったりと寝転ぶ冷夏ちゃん。俺も倒れ込みたいが、倒れこんだら寝てしまいそうだ。

 きっと怖い思いをしただろうし、もう少し起きていないと…。


「ほんとに疲れた…。ジョー、お風呂に入りたいわ」

「ええ…? 今日くらい我慢してくださいよ」

「体に触っちゃうじゃない」

「触らないですが」

「汚いままだと病体にってことよバカ」

 あそういう…。

 

「いいじゃない、こんな私に劣情を抱くほど落ちぶれてはないでしょ」

「それはそうだけど…多分バレたらお父様に殺されるよ俺」

「一緒の墓に入ればいいわ」

 おう、あんなことがあったのにブラックジョークがさえわたってるぜ。

 地味ィ~にやんわ~り断っているつもりなのだが、それを彼女は察したのか逆に憤慨してしまった。


「やぁだぁ入らせろよぉお汚いだろうがよおおお!」

「ちょっ落ちるって分かった!分かったから!」

 両手両足余すことなくジタバタさせて暴れやがる!それはもうベッドの軋みはサザエさんのエンディングで出てくる慣性の法則重視の別荘のようにぐにゃんぐにゃんだ。


「分かったって言ったわね。行くわよ」

「うわぁ急に落ち着くな‼」




「もう少し女人なら相応の恥じらいを持ってもいいんじゃない?」

「男女平等を目指しているの」

 だからって浴室のタイル生ケツ直座りはよろしくないのでは?あぐらかいてるし。

 浴室内はそれはもうかなり広くて、小学校低学年用のプールくらいは浴槽だけである。もう銭湯だろこれ。


 シャワーは三つ浴槽の隣に付いている。もういろんなアメニティグッズが完備されていてどれから手を付ければいいのやら。とりあえず頭洗ってあげればいいから…。


「シャンプーハット付けますね」

「それ今井の」

「あら」

 どういう人間なんだろうあの人。本当に興味が出てきたぞ。

「あ、これシャンプーね。はい」

「分かるんですか?」

「このざらざらしたところ触ってみて」

 手に取ったシャンプーのノズル部分を触らせられる。


「ここリンスとは違う模様なのよ」

「はえー…知らなかった」

「次目見えない子担当するとき役に立てなさい」

 次…かぁ…。


「お湯出すわよ、はいこれ持って」

 今度はシャワーを手渡しされて、まるで見えているかのような手つきでお湯を出す。


「すごいね」

「そんなことないわ。十五年暮らしてきた家だもの」

 たくましいな、この子は。

「それでもね、やっぱり目が見えないって大変なのよ。あなたのメイク落とした顔も見えないし」

 彼女は上を向く。目に入らないように気を付けながらお湯で頭を流す。手櫛を入れながら髪を流しているが、女の子の髪の毛ってこんなスッと指が入るんだな。


 シャンプーのノズルを三回押して手に出し、髪になじませながら泡立てる。


「見えなくたっていいこともあるよ。俺は見えたせいで、心が死んでいった。それでも俺は毎日楽しく暮らしているよ」

「結局、何かを楽しむ度量が足りない言い訳にしてるのよね。分かってる」

「そこまでは言ってないけど…。冷夏ちゃんは最近、楽しい?」

 一通り洗い終わったのでシャンプーを流す。


「そこそこよ。私まだ腹かかえて笑ってないわ」

「おっと、そりゃ大変だ」

 そう言えばそうじゃん。あれこれまずいぞ。

「そこまで期待はしてないわ。あなたに出来ることなんて限られているでしょう?」

「そう言われちゃあピ魂が燃えますねぇ」

「「ピ魂って何?」」

 多分、ピエロ魂。


 ボディソープをタオルにお湯と合わせながら馴染ませ、泡が立ってきたら背中をこする。


「お姉さんかゆいところないですか~」

「歯」

「専門外です~」

 やっぱり華奢な体だな。あばらも少し浮いているし、腕も細い。この子は病を患っていて、もう長くないことを悟らせられる。


「前は自分で洗ってくださいよッと」

 タオルを冷夏ちゃんの手に添える。

「前も洗ってくれないの?」

「専門外です~」

「サービスがなってないわね」

「なんやねんサービスって」

 ぶつくさ言いながらも体を洗い終えた冷夏ちゃんは湯舟に入る。


「俺ここに居るのきまずいんですけど」

「一緒に入ってもいいけど」

「マジにお父様に殺されるって」

「じゃあこの甘美なる肢体を観覧してなさい」

「スマホとって来るね」

「あちょっと待ちなさ―」





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