万事休す
「お前………坊か⁈」
「あらら?アテクシメイク薄かったかしら? …冷夏ちゃん、お待たせ」
「遅いわジョー!待ちくたびれたわよ!」
震える手でスーツの端を掴む冷夏ちゃん。彼女の手に俺の腕も添えて、お父様のもとへ向かう。
「えっおとッ…」
あまりの変わり果てた姿に驚いたが、彼は人差し指を立てて口元にあてる。そうか、心配かけたくないんだな…。
「ねぇ、何が起こってるのジョー! お父様は無事なの⁉」
「ああ、お父さんは大丈夫だよ。…娘にあんなこと言わせたのは忘れんからな」
「今そんなこと言ってる状況じゃないでしょう!」
後ろを振り向くと大男はすでに体勢を立て直している。
「お久しぶりでーす近藤さぁん。アテクシのこと覚えててくれて嬉しいでさぁよ!」
「そりゃそうさ!うちでお前のおもりを任されてたのは俺だったからな!」
おもりっつっても俺はあんたの拷問見てただけだけどな。ちょうどその辺の端っこで。
近藤は懐のドスを抜き刀身をこちらに向けゆっくりと歩み寄ってくる。俺は胸ポケットに入っているトランプを出す。
「さぁさ見てくださいこのトランプ!」
「あぁ?」
トランプの横を人差し指と親指でつまみ、力を加えると一枚だったかのように思えたトランプはぺりっと言う音と共に真ん中から離れていき空洞ができる。
「これは二枚の薄いトランプのふちを糊付けしてある物です。さてこの二枚の空洞の中に先ほど頂いたこの契約書を入れて…」
「⁉いつの間にッ」
さっき蹴り飛ばした時落としてましたよ。大切なものはしっかり管理しとかないと。
契約書を入れたトランプの封を閉じて右手に、もう一枚を取り出し左手に。指でトランプを挟みひらひらと煽る。
この二枚のジョーカーをよく覚えておいてくださいと言わんばかりに。
「何がしてぇんだ返せ!」
「そーんなに言うなら返してあげやぁしゃ!」
両手を素早く振るい落ちてくるトランプを手のひらで取り、手術を始める医者のようなポーズを取る。近藤にはトランプのない手の甲しか見えていない。そのままトランプをすとんとスーツの袖の中に入れた。
今度は近藤ってダジャレみたいで面白いね。
「寄越せェエエ!」
ドスを振り上げながらこちらへ走り出す。
「ほーれ御覧なさぁい!」
「なっ」
残り約百枚のトランプを宙に放り投げる。もちろん、全部ジョーカーだ。トランプが宙を舞い、近藤の目を遮る。一瞬意識がトランプに移った隙にドスを蹴りあげる。手からドスが離れたことを確認する。
「ッ‼…坊、おいたが…過ぎるぜ」
「五十過ぎのおっさんが見苦しいですぜ」
タバコを咥えて火をつける。
脂汗をたらしふらつく足元、そんな様子とは相反して消えない殺意のこもった目。しかし、先ほどの顎下の一撃は脳を揺らし視界も意識も朦朧とする。飢餓に陥った獣のような大男は怒声を上げ突っ込んでくるがスデに手遅れだ。
得意の蹴りで迎えようと体勢に入った瞬間…。
後頭部に鈍痛が走った。不意打ちを食らい倒れこむ。
何とか顔を上げて背後を確認すると、悪魔のような笑みを浮かべたジンが鉄パイプを肩に担いでこちらを見下ろしている。
「あーりゃりゃこりゃ…失敗」
「ジョー!」
ジンはグリグリと後頭部を踏みにじる。ハゲる!
「ジン! おせぇじゃねぇか待ちくたびれたぞ」
「すみません。坊が外で待ってろ言ってたもんで…。バレないように近づくには、喧騒の中と思いまして」
それ俺がさっきジンに話してたヤツ!悔やじいいい‼やっぱ信用ならんかったわこいつ‼
必要以上にぐりぐりするのやめて本当に。さすがに痛いなぁってなる。
「近藤さん、どうしますか。こいつら殺しますか」
「んーそうだなぁ…。んー…そこの親父は殺さないとなんだが、娘の方は生かしておきたい。坊はまぁ…殺すか」
ノリが軽いなぁおい!
本当はもう少しマジックで遊ぶ予定だったスーツ内の肘辺りに潜ませているトランプを手元に戻し、二枚を左右間反対に飛ばす。トランプ飛ばしを練習しておいてよかった。
「なにしやがった!」
「近藤さん、悪あがきですよ。いちいち意識持ってかれてちゃあ坊の掌の上です」
「そ、それもそうか」
ジンは俺の上にドカッと座りこむ。両足で俺の両腕を踏みつけながら。
「アテクシ、椅子じゃあありませんよ」
「黙れ、いつまで余裕ぶっこいてやがる」
怖い。
「ジン、おまえはそうやって抑えとけ。俺はッ」
「ぐぁッ…‼」
「ジョー!」
冷夏ちゃんの俺を思い叫ぶ声が聞こえた気がする。
その体躯から放たれれば当然だが、一撃で意識が持っていかれそうな蹴りが顔面にモロに入る。せっかくのメイクが鼻血で台無しになってしまう。
ここまでされると流石に痛いって。
それでも、涙が出ないこの体がつくづく気に入らない。
「契約書探して来るからよォ」
「承知」
近藤はトランプが入り込んでいった大型の機械の下を探りに行った。
「いつまで寝てんだ!手伝え!」
「はっ…はい!」
くそ、せっかく寝込んでいた手下がちらほら目を覚まし始めている。マジに万事休すってやつか。
「! ………」
左手のひらに何かを押し付けられる。この感覚は…紙?形状は小さくて滑らかな…。
!そういうことか。
「離せッ!くそッ!」
「ハハハッみっともねえなあ。そんなぎゃあぎゃあ騒ぐなよ。お前がむざむざ首ツッコんできたんだからよ」
近藤は勝ち誇ったようにゆっくりとトランプを探しに歩き回っている。しかし、お目当てのものは見つからなかったのかこちらに戻ってくる。そりゃそうだ。トランプの中には磁石が埋め込んでいるからな。機械の下に入り込んだのではなく、磁石で裏側に引っ付いたのだ。
本当はねぇ!探している後ろからぶん殴ってやろうと思ったのにねェ!
でもまぁ、いいか。
「お前ら、そこのピエロを抑えとけ。ジン、すまねぇな手ェわずらわせて」
「チャカ預かりやす。近藤さんはこっちの方が良いでしょ」
「わかってんなぁ」
ゲッ拳銃持ってたのかよこいつ! ジンは蹴飛ばしたドスを拾ってきて近藤に手渡す。
ジンが背中から離れた時に逃げ出そうとするが、起き上がったチンピラ四人に押さえつけられ、無様に横転する。
「ぐぅう!」
「ハハハハハハ」
「くっそ…離せよっ!」
体を揺らして抵抗するが大の男四人にはかなわないな。
近藤は俺の目の前にしゃがみ、髪の毛を掴んで引っ張り上げられる。
「ちょっとおいたがすぎたな坊。実を言うと、今回の目的は二つだったんだ。当初の目的はお前ひとりを殺すことだった」
「…ハァ、そんなこったろうと聡明無敵最強全知全能有言実行総理大臣なアテクシは察してましたよ」
「本当か?」
「いいえ?」
顔をはたかれる。痛い。
「ま、西ノ宮家を乗っ取ろうと考えたのはお前がそこの嬢ちゃんと絡みだしてからだ。…なんでお前を殺すか分かるか?」
さぁねぇ。アテクシ敵を作らないように生きてきたんですがねー。
返事するのも面倒なのでずっと真顔で無視し続けると、しびれを切らして話続ける。
「獄中のお前の親父さんがなぁ、お前を殺せってよ」
「……っ!」
あんの糞親父…。なぁんか頭がかっとなってきた。久しぶりになんていうか感情が生き返っている感じがする。
「あの人がムショにぶち込まれたのはお前のせいだからな。どうしてもぶち殺しておきたかったんだろうさ」
「てめぇでてめぇの女殺しといてよく言うな…。バカと能無しは他責が得意だ」
「そう言ってやんな。お前のたった一人の父親だろ?」
ハァ…何言っても無駄だな。
「話したいことそんだけ?くだらん話を長引かせるからおっさんは嫌いだ」
「そうかそうか。今殺してやるよ」
スッと目を閉じる。真っ暗な世界の中、数人の呼吸音だけが聞こえる。ただ静かに、その時が来るのを待つ。
「冷静過ぎてつまらねぇな。もっと取り乱せよ」
「言われなくてもじきに面白くなるさ」
耳心地の良い木肌と鉄身がこすれる音がする。刀を抜いたな。金属製の軽いものがぶつかり合う音もする。無駄につけた近藤の装飾品だ。
つまり奴は立ち上がって、もしくはそのままの状態だがドスを抜き出し、高くそれを掲げている。
そして、それは振り下ろされた。