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暗雲たちこめる昼下がり


「ありゃっしゃっしゃー」

 一通りの食事を終えて店を出る。程よい満腹感とタバコ吸いてぇ~が入り混じった感情が全身に広がっていく。

 タバコ吸いたいって思うのは脳じゃないかって?馬鹿が阿呆がチンパンジーが。タバコは全身に注入するもんなんですよ。


「ジョーク君。タバコ吸っていくかい?」

「え!いいんでっか⁉」

「ダメよ臭いわ」

 このわがまま娘が!親の顔が見てみたいから見てみよう。

 めっちゃ申し訳なさそうに両掌合わせて頭ちょっと下げてる。腰が低い人だなぁ許しちゃう。


 ここまでは車で来たのだが、冷夏ちゃんが外の風を浴びたいということで歩いて帰ることになった。


「お父様に手をつないでもらおうよ。歩かなきゃ体に悪いよ」

 僕らよりほんの少しだけ離れた場所に居る彼に目配せをする。彼は照れ臭そうに近づいてきて、冷夏ちゃんの右手を握る。

 俺は彼女の肩から手を離し、二歩後ろに下がる。


「手離さないでよ。別に、自分一人で帰られるなら繋がないし」

「わ、わかっているよ。お父さん、安全第一で帰るから!」

 意外とすんなり受け入れてくれた。さて、邪魔者はどうしましょうかね。



「ジョー。タバコどっか行って吸ってきて。匂いは落として帰ってくること」

「承知ッ!散ッッ‼」



 久しぶりに全力で走った。それはもう砂埃が立つエフェクトが発生するくらいに。




「フゥ~…。うんまっ」

 飯食った後のタバコはうまいねぇ。恐らくだが冬の明け方に吸うタバコと飯食った後のタバコは健康にいい。多分オックスフォード大学とかでそういう研究論文出てる。おそらくたぶん。


 タバコ吸ってこいって言ったのは俺に対する冷夏ちゃんなりの気遣いだったのかな。ツンツンしているけれど、ちゃんと人の心は持ってる子だから、お父様の気持ちも汲んだのだろう。


 昼下がり、河川敷を歩く。右手には川が、左手には住宅街が。肌寒いくらいの爽やかな風が、飯を食って走った後だからか心地いい。さっきゲロリそうになったのは内緒。

 遠巻きから水面を見ていると、いくつかの波紋を見つけ目を凝らすと魚が跳ねている。恐らく食事をとっているのだろうが、食後の一服ができないことを考えると哀れで仕方がない。



 土手に座りもう一本火をつける。缶コーヒーを片手に。



 しっかしこんなことであんな大金頂いていいのかな。ありがたいけれど、こんなぷー太郎だから申し訳なくなる。

 結局のところ俺はただの凡人…どころか表情も出せない男だ。ゼロというよりはマイナスなのだ。どうメイクを繕っても、人を楽しませられているのかずっと不安だ。

 こんな男に……百万…。


 百万⁉

 今改めて考えたらすんげぇ額だな!良いのかまじで!


 その分、冷夏ちゃんを楽しませられるだろうか。俺は、彼女にそんな金を優に超える思い出を提供できるのだろうか。


 水が流れていきはじける音と、たまに橋を渡る車の音を聞きながら、考えにふける。無音ではない静かな時間は、突如終わりを迎えることになる。




「探しましたよ。坊」

「…何の用だ。二度と俺の前に現れるなと言ったはずだが」

 タバコを地面に捨て靴底で踏みにじる。全身がほのかに熱くなり、脳はもはや沸騰しそうだ。こいつらを見ると、忘れたものがいくつも脳に蘇る。


「ジン。今すぐ失せろ」

「そうおっしゃらずに。大切な話があるんで」

 この堀の深い顔に切り傷の入った、ワックスで髪を軽くポンパドールにした、紫色のスーツを身にまとったいる男はジン。極道だ。幼少の俺を知っている数少ない人間。


「裏とは関わりは切った。何のためにこの仕事していると…」

 ヤツのムカつく鋭い目を睨みつけながら両手を広げ近寄る。ジンは自分のポケットに手を突っ込んだまま話を続ける。


「坊はそのつもりでもこっちはそうもいかないんでさぁ。あんたが今している仕事にも関わる話だ」



 ジンの話によると、親父も所属していた組は現在解体され行き場を失った人間が多い。解体されたのは俺の親父が母さんを殺した時くらいのことで、中には一般人から金を巻き上げるようになった半グレのような輩もいるとか。

 そしてジンら幹部は懲役に服していたのだが、釈放された人間がちらほらいると。そしてこんなにも早く釈放される人間は、頭がキレて危険な奴らと決まっている。



 この男、ジンもかなりのやり手だった。両手でおさまらないくらいの人間を傷害し数人を殺害している。組で殺しは特定の場面以外では御法度だ。だが、そんな男が数年で出所してきているのだ。


 御法度はうまくやれば大金を稼げるからやる。ヤクの密売もこいつは御法度なのにやっていた。下手をすればトップなんかよりこういうやつらが一番危険だ。



 そんな奴らがいま、半グレの組織を作り上げていると。




「そこで忠告に来やした。坊…いや、ジョークさん。あんたのとこのお嬢が狙われるかもしれやせんぜ」

「なんでてめぇがそんなご親切に教えてくんだ」

 ヤツの口角がニッと上がる。


「あっしは奴らとは別ですからねぇ。なにかしら西ノ宮家と繋がりが持てるならそっちの方が良い。金なら腐るほどあるが…そろそろ身を固めておかねぇとな」

 信用ならん奴だな。無論、こいつも信用してもらうつもりではないだろうが。


 タバコを咥え火をつける。そしてそのタバコを人差し指と中指の第二関節に挟みゆっくりと吸いながら。


 右足でヤツの懐を蹴り飛ばす。


「ッ…‼」

 懐から身に着けていた小刀が川の方に弾き飛ばされ、今日一番の波紋を水面に起こした。


「フー…。手ぇひいた奴がドスなんか身に付けとくな」

「ゴホッガハッ!これ…護身用ですって…!」

「そうだとしたらすまんな。お礼にこれやるよ」

 うずくまるジンに近寄り内胸ポケットから拳銃を取り出し、額につける。右手でタバコを持ち咥えながら、左手で拳銃を持ちながら。冷や汗がドバっとあふれ出し、動揺が見て取れる。


「ちょっ!待ってくださいよ!あっしは本当に…!」

「信用ならねぇ。俺が一番嫌いなものは戦争とお前らだからな」

 ジンは目をつぶり、歯をくいしばる。


「なんで俺がこんなメイクする羽目になったか知ってるか?」

「…?」


「こういうことに慣れ過ぎて感情が死んだからだよ。もう、笑えねェ」

 引き金をジリジリと引き、数瞬後に拳銃は撃鉄を起こした。




「…? 薔薇?」

 パンッと言うクラッカーを鳴らした様な音がした後に、紙吹雪と共に一凛の薔薇が銃口から飛び出す。

「俺殺しとかしたことないし。ハッタリだよ」

「はァアアアア…。死ぬかと思いましたぜ…」

 スーツが汚れるとか髪型が崩れるとか気にしないのか、地面に大の字になって寝転ぶ。さすがにやりすぎたか。それでも反撃をしてこない、或いはジンを護衛する付添人もいないことを考えると…。


「お前がある程度うそをついていないことは分かった。まぁ嘘をついてることがわかればもう一回ムショにぶち込んでやる。そのくらいのお前の悪事の証拠は持ってるからな」

「分かってますぜ。…いち早く西ノ宮嬢並びに関係者にはお伝え下せぇ。あっしの連絡先はこちらです」

 ジンは小さな連絡先が書いてある番号を寄越し、そしてなぜか俺の薔薇の花びらを一枚ちぎって持っていった。




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