パパ喝
顔合わせから一週間がたち、今日もいつも通り冷夏ちゃんに会いに来たのだが…。
冷夏ちゃんのお屋敷に入る前、敷地の外でタバコを吸っていると目前にポルシェが止まった。何事かと思い携帯灰皿に吸殻をしまい、襟を正す。
目のまえには木々が生い茂る山の中の立地なのでマイナスイオンと主流煙で気持ちよくリラックスしていたので、急激に緊張が走る。
中から出てきた貫禄ある強面の、まるで極道の組長みたいな風貌の男が出てきた。
「えっと、どちらさまでしょう」
「君がジョーク君か。話は今井から聞いているよ」
大柄の男はいきなり俺にハグしてきた。突然の事態に困惑したが、抱きしめる力が強く苦しくなり男の肩を叩く。
「ああっすまないすまない! 君の姿を見ると陽気な気分になってしまってね」
男はバッと体から手を離し、今度は一方的に握手をしてブンブンと手を上下に振る。なんなんだこのピエロより身振り手振りが大きいおっさん!
見た目は黒いサングラスにスーツにネクタイ、ストレートチップの高そうな革靴に高そうな腕時計。オールバックのパリッと決めた風貌に整えられたあごひげ。
からのギャップがすごいなんか良い匂いする…。そういえばサングラスの種類冷夏ちゃんと同じだし。
「私は西ノ宮 善治。冷夏の実父というものです」
「冷夏さんのお父様⁉」
あんな可愛らしい子の父がこんないかついおっさん⁉
「アテクシもお父様のお話は伺っております。海外出張中だとお聞きしていたのですが」
「娘を任せる男をこの目で見ておかないといけないと思ってね。残念ながら私に娘は心を開いてくれないからな…」
強面のおっさんはまるで目の前の餌を盗られた子犬のような顔でしょんぼりする。表情が豊か過ぎてうらやましい。
「そう言えば君タバコ吸っていたね?」
「あ、申し訳ありません。一応吸い殻は処理してはいるんですが」
胸ポケットに入っている携帯灰皿を取り出すそぶりを見せるが、彼は手のひらをこちらに見せて制止してくる。
「いや、いい。気にしないでくれ。その代わりと言っては何だが一本貰ってもいいかな」
お父様もタバコ吸うんだ。理解者がいてくれると片身が狭くならないからこれは嬉しい。
「火、貰ってもいいかい」
「はい。どうぞ」
お父様にタバコを一本手渡し、片手でジッポの蓋を開けると同時にもう片方の手で着火口の近くで指を鳴らす。
「おお、指パッチンで火がついた!」
「ホグワーツで習った魔法はこれだけです」
「はっはっは!君は面白いやつだな。では失礼して………ゴッホゴホッウゥェッ‼」
「吸えないんすか⁉」
なんなんだこの人!
「ゴッフんぇっふ立ちばなっふんもなんんん!だから中に入ろうか」
なんて?
「冷夏ちゃん、なんでお父さんに会いたくないの?」
「えだって私嫌われてるもの」
んんー?
「ジョークさんっていちいち仕草大きくて面白いですね」
「騙されちゃあだめよ今井。こいつ真顔なんだもの」
「そう考えると面白いですね」
あの人を見ている感じ全く嫌ってなんか…むしろ大好きだろうに。ベッドに寝転がり頬杖をついている冷夏ちゃんの表情はいつもと違って寂しそうでもあり不貞腐れている感じでもある。
その様子をくみ取った今井さんが眉目をひそめる。何か解釈の不一致を感じるぞ。
「そりゃそうよね。目が見えなくて無愛想な娘なんて可愛くないわよね」
「そんなこと…ないとは言えないな。けど、あのお父さんすごい陽気で面白かったよ。そして、君への愛も確かに感じた」
しばらくの沈黙の後、ひねくれ少女は大きな深いため息をついた。
「あいつたまに帰ってきたと思ったら食事の時何もしゃべらずにいるのよ? どこがおもしろいの」
んんんー?そんな感じには見えないけどな。
いや…まてよ? 基本家には帰って来ない父親で、気付かないうちに大きくなっていく娘。学校にも通わなくなり趣味とかも特にない娘。それに付随して思春期…。
さては知らないうちに距離ができて近づきがたくなって、そのまま行っているっていう…。どこの家庭にも起こりうる問題が起きているのでは?
「アテクシが二人の仲を取り持ってござぁんしょ!」
「久しぶりに出たわね中の人じゃないジョーク」
「すみませんスイッチ切り替えると出てきちゃうんですよ」
「なにそれ」
冷夏ちゃんは相変わらず冷たい表情をしている。しかし、ここ最近は養豚場のブタを見る感じではなくなってきた。近所のクソガキを見る感じだ。
「それで…実の娘に冷えた夏なんて名前つけるような親とその娘の仲をどうやって取り持つわけ?」
まずはこの認識を変えてあげないとな…とは本人には言えないのでしばらく悩むふりをする。
「そうだっ!」
手をポンッと叩き大げさにひらめいた雰囲気を出す。冷夏ちゃんの表情がほんのちょっぴり明るくなる。
「一緒にラーメン食いに行きません?」
「はぁ?」
「お父様呼んできますァアねェ!」
「ちょっちょっと待ちなさいよっ!」
「いらっしゃぁせぇ~」
ラーメン屋に来るなんていつぶりだろう。思えば、会社が上場し規模が大きくなるにつれて、ずっと何かに追われる日々だった。
「こちらのお席にどうぞ」
「ほら冷夏ちゃん。手、貸して」
「ん」
ジョーク君は私より手慣れた様子で娘をテーブル席へ案内する。えらく素直に娘も従っていて、二人の信頼関係が見て取れる。
私はそんな二人を見て、くいしばる用のハンケチを胸ポケットから取り出し、引きちぎれんばかりにくいしばる。
「お、お父様?」
「なんだね」
「えっあっいやー………。何食べます?」
すまないジョーク君。娘の前では威厳ある父を保ちたく、声だけは仕事モードになってしまうのだ。
しかし、この店に来る前彼と二人で話していたことが脳裏をよぎる。
「父の威厳とか、言ってる場合じゃないですよ。もう三週間切りましたよ。冷夏ちゃん、元気にふるまってますけど、もう…」
その通りだ。今この瞬間も娘は私より目先にゴールが見えているのだ。どんな絶望何だろう、どうして隠してられるのだろう、どうしたら打ち明けてくれるのだろう。
席につき、店員さんが運んできてくれたお冷を三人に回して、自分の分を一口飲む。
「ジョー。飲ませて」
「自分で飲めますよね」
「ジョー」
「はい。分かりました」
ジョーク君はわざと冷夏が口を付けそうなすれすれでお冷を引っ込めたりして弄ぶ。弄ばれているのにどことなく嬉しそうにしている冷夏。
そうか…私は。
腕にとまった蝶のように、風に当てられている花のように冷夏を扱ってきた人生だった。重度の緑内障や悪性新生物などの病を本当の不運で幼いころに患ってからは、そう扱うしかなかった。
どれほどの金が治療にかかったかは想像もできない。その金を稼ぐべく、働いて働いて気付いたら娘と居られる時間が減っていった。
俺はどうしたらよかったんだ。
「どう?冷夏ちゃん」
「なんか塩っ辛い! あつい!」
気がつくとラーメンやチャーハンが運ばれてきており、冷夏は食べ始めている。俺も食べよう。
レンゲを手に取りスープを一口。…うまい。こういう飯はたまに食べると本当にうまい。キレのある魚介ベースのしょうゆラーメンのスープは、健康志向に陥った俺に足りないものを補ってくれていくようだった。
「そう言えばお父様はこういうお店来るんですか?」
「あ、ああそうだなぁ…。もう何年も来ていないかな。だから久しぶりに来られて嬉しいよ」
「西ノ宮家の食事を頂くことが結構あったのですが、健康的なものが多かったですよね」
あれ?二人の時にも説明したんだがな。
「ああ、自分の娘が口にするものだからね」
「私は毎日ステーキが食べたいけどね」
!!!
「あ、ああ…すまない」
やった‼冷夏が口きいてくれた!!!!
「お父様の気持ちも分かってあげてほしいけどねぇ」
「意地悪してるって思ってるけど」
そんなことするわけが…!
大切な娘を置いてけぼりにしてきた結果だな…。
こんな私が助け舟を求めるのもおこがましいが。
「ジョー。あんた白いスーツ着ているんでしょう?この味はしょうゆを使っているようだけれど、スープとか撥ねないの?」
「ツートンカラーの白黒スーツだからね。黒いとこだけに飛ぶように食べてるよ」
「「何その技術」」
思わず冷夏とツッコミがハモる。嬉しい。
間違いなくジョーク君は私の助け舟になろうとしてくれている。ピエロとはこんなにも暖かいものだったのか。
「餃子うまいな」
「っすね。このショウガ入ってるの好きなんですよねー」
ピエロがメイク気にしながら餃子とラーメン食べている絵面白いな。
「意外と食べれるわ」
「良かったな冷夏」
「…………」
「……………」
無視は傷つくよお父さん。