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青い血の話


 ある幸せな三人家族がいました。サラリーマンで多忙だが心優しいお父さん。専属主婦で平等の愛情を注いでくれるが、しっかりと注意もできるお母さん。そしてそんな二人の愛を小さな体躯で一身に受け止める一人の息子。


 父は本当に多忙だった。家事を手伝いたいという心はあったが、仕事に精一杯で手伝えない。そんな彼を理解し、母は支えた。


 それを見た家族は過ごしていく中で不満の一つは漏らす。しかし、互いへの理解があるので大きな問題は起きない。


 週に一度の父の休みは家族の時間。そんな時間が息子はたまらなく大好きだった。


 家族で出かけていた時のことだった。公園で遊んでいた三人。しばらく遊んでいたが連日仕事漬けの疲れからか父はベンチでぐったりとしている。その様子を見た母は隣に座る。ただ、座っていただけだった。

 そんな妻の肩に父は寄りかかった。


 衣服の上からでも伝わる体温が、父の心を癒すのだった。


一人で遊んでいるのかと息子のことを心配する父だったが、公園で出来た友達とサッカーをしていると母から聞いて、父も安心して休息する。

 少しだけ、目を離してしまった。


 その瞬間だった。母はその場を離れ走り出す。父は何事かと思い顔を上げると、ボールを追いかけ息子は道路に飛び出しているではないか。



 耳をつんざくブレーキ音が聞こえてくる。しかし彼には手を伸ばすことしかできなかった。



 この事故での死亡者数は一名、軽傷者が一名だった。

 母が死んだ。息子をかばい、突き飛ばした。その代わり車に巻き込まれ帰らぬ人となった。


「暗いし長いわ」

「今良いところじゃないですか!邪魔しないでください!」

「今井?」

「話続けてもいいっすか」

「ぜひ!」

「あんたじゃあなんで引っ付いてんのよ離れなさい」

「衣服の上からでも伝わる体温が、私の心を癒すのだった」

「今井………」



 それから一週間ほど経った。傷が癒えるわけもなく、会社にもいかず一人の男は生きる意味を失ったのだった。

 ひどくやつれ食事もろくに取らず、真っ暗な部屋でうずくまっていた。



 おとぉさん、おなかすいたよ。



 ハッと顔を上げると目の前には自分ほどではないがやつれて弱弱しくなった息子がいた。自分は何をしているんだと、自責の念で胸がいっぱいになった。

 彼は立ち上がり、息子を連れて一週間ぶりに家を出た。


 彼は家庭を持つ前は一人暮らしをしていた。貧困に陥る時期も、ホームシックになる時期もあった。そんな思いを息子にはさせまいと、立ち上がったのだ。


 男の一人暮らしで作る食事。そこまで妻のように上等なものは作れないので、一番こだわりがあり手軽なチャーハンを作ることにした。


 初めて通う最も近いスーパーに行き、食料を調達して家につき、調理を始めた。


 思えばこんな風にキッチンに立つなんていつぶりだろう…。見慣れた使い慣れていない道具を駆使し、不格好だが自分では納得のいく料理ができた。


 おとぉさん、血が出てるよ。

 ああ、ちょっとチャーシュー切るときに切っちゃってな。


 さ、冷めないうちにお食べ。

 いただきまーす!


 何度か咀嚼を繰り返す息子。その様子を見ながら、彼は内心不安だった。黙々と食べ進めていた息子が、スプーンを皿に置いた。


 おいしくなかったのか?と切り出そうとしたときだった。息子は満面の笑みで口を開き…。



 あーおいちー!




「あーおいちー! あーおいちぃ…『あおいち』の話………」

「「長いしオチそれかよ!」」

 二人は立ち上がり険しい顔でつっこんできた。お嬢様は久しぶりに立ち上がるのかよろけてしまい今井さんが慌ててキャッチし、椅子にゆっくりと座らせる。


「長話聞いて損したわ!」

「ジョークさん。見損ないました!」

「ええ…?結構よくないですか」

 自信作だったんだけどな。


「じゃあこんなのはどうです?うんこくさい病院の…」

「オチだけ言え」

「どこの病院に入院するの? うん、国際病院!」

「「くだらな!」」

 ひどい…。


 しかし口々に怪談?の文句を言いあう二人の姿にほっこりする。例えばひどい内容の映画を見たカップルはその悪い点を共有しあい会話に困ることはない。

 まさしくそんな感じで、初対面の時より二人の会話が軽いように思える。

 まぁこれが狙いでやったってことにしておこう。





「今井、トイレに行きたいわ」

「はい、お嬢様」



「今井、お風呂に行きたいわ」

「はい、お嬢様」



「もう寝るわ。お休み」

「はい、お嬢様。お休みなさいませ。何かあればいつものように」


 今井は私用のホイッスルを首にかけ、そのまま首の後ろと背中に手を回し、優しくゆっくりとベッドに寝かせてくれる。

「失礼しますね」


 私たちは普段このくらいの会話しかしない。それしか必要ないと思っていた。実際今井やメイド、父等と能動的な会話をした記憶はあまりない。


 結局のところ私にとっての会話とは作業なのだ。そう…っだったのだが…。



「楽しかったなぁ…」

 今井が出て行ったことを確認してからつぶやく。即座にうつ伏せになり布団を被る。初めての感情に全身が火照るのが分かる。


「なんでもっと話してくれないのよ今井は…!なんですぐ帰るのジョー…!」

 色んなことを無意味と突っぱねてきた私には自分から話したいだなんて今更言えない。だから気付いてくれないかなぁ。


「次会えるのはいつなのよ…。毎日会えるのかなぁ…そんなわけないよなぁ…」

 ああ、悔しいなぁ。こんなの知っちゃったら死にたくなくなっちゃうじゃんか。

 明日が楽しみで眠れないなんてことあるんだ。早く眠りたいのに疲れていないので眠れない。なので私は布団の中で足をバタバタさせる。


 初めての感情に押し寄せられ悶えているだけではない。断じて。


 結局この日は寝付けなかった。眠りに落ちたのは、日が昇り始めたころ。




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