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TSと百合の間で

作者: 一宮 沙耶

TSなのか、百合なんか、単なる恋愛なのか、読まれる方のご判断にお任せします。

今回は、過激なことを書いて人気取りをするといったことは意識せず、書きたいと思った、情景とかを含めて美しい内容にしました(だいたい、こういうのは受けないんですが)。

本題は3話からなんですが、それまでの話しがあっての3話からなんで、3話までなんとかたどり着いていただけるとと思っています。

共感いただける方が少しでもいれば嬉しいです。

1話 女性へ


 池袋でピストルの乾いた音が響いた。暴力団どうしの発砲だった。


 組長が車を降りた時に、対抗する組の組員が拳銃で殺害、それを契機に、15分ほどの撃ち合いとなった。これは暴力団どうしの闘争に留まらず、周りの一般市民も巻き込み、13名の死者を出す大惨事となった。


 病院では、すでに死亡した人への対処は何もできなかったけど、2人の対処に悩んでいた。1人は、脳を打たれ、脳に弾丸が残って脳死。だけど、体としては生存している15歳の女子高生。


 もう1人は、先ほどの組長の車が急スピードでバックする時に壁にぶつかり、その間に挟まれて胸から下が潰された25歳の成人男性。


 2人の両親が駆けつけ、体の一部でもいいから生き延びさせてくれと医師に強く迫った。そこで、当時は、まだ技術として確立していなかった脳移植という方法で、男性は死亡したことにし、女子高生を生かす手術をすることになった。


 脳がその人にとって最も重要な組織だということであれば、逆に女子高生はすでに死亡し、男性を生かすということになる。2人の両親は、自分に都合のいいように考え、その手術に同意し、成功を祈った。


 そして、長時間に及ぶ手術は成功し、僕の女子高生としての生活が始まった。


 ただ、脳移植はそんなに簡単なものではなかった。最近、特殊な医薬品は出ていたものの、脳の脊髄からでる神経を定着させるまでに1ヶ月かかった。最初は、何も見えないし、喋れないし、体も動かせないので、寝たきりの状態が続いた。


 そして、寝たきりで、筋肉とかが痩せ細り、立つこともできず、3ヶ月間の辛いリハビリをすることになった。また、急に女性になり、社会に溶け込めないだろうと言われ、リハビリ中は、ネットとかで、女性としての生活や、喋り方も学んだ。


 そして事件から4ヶ月経った時に、だいたい日常生活ができるだろうということで、女子高生の実家に戻り、6月から学校に復帰することになった。


 両親はとても喜んでいて、日常は女子高生の家で過ごし、週末は、成人男性の家で過ごすということ、名前は、女子高生の名前である江本 聖奈と呼ぶことで双方が合意した。こうして、私の第二の人生が始まった。


2話 高校生活


 私が通っているのは女子校だった。これまで、男性が多い中で生活してきたから、結構、馴染むまでに戸惑いもあったわ。


 また、事故のせいで半年ぐらい休学となっていて、親も迷ったんだけど、元の学年に戻るんじゃなくて、半年は助走期間として1年下のクラスに編入することになったの。そっちの方が、昔のクラスメイトとの関係をリセットできるし。


 だから、同じクラスの人たちから見ると1年先輩で、後遺症とかもあるんじゃないかと、なんとなく腫れ物に触るような、最初から少し、距離を置いたような目で見られていたんだと思う。


 しかも、6月からの編入で、すでにクラスメートの中で、仲がいいグループとかは出来上がっていて、なんとなく、ボッチになっちゃう時間が多かった。そうよね。25歳の男性が女子高生にすぐに溶け込めるはずないもの。


 親にも、愚痴ったことはあったけど、これからの生活を考えて、大学までは出て欲しいと言われたわ。それもわかるから、頑張ることにした。


 もともと、本を読むのは好きだったし、前の生活では忙しくて、本を読む時間をそれほど作れなかったし、学校で休憩時間とかは、1人で席に座り、本を読んで過ごしていたわ。


 休み時間の時も、授業中も、窓から校庭をよく見ていた。砂埃もまう中で、トラックを走っていくのが見えたけど、なんとなく人生と一緒だなぁって。一緒にスタートするけど、実力の差もあるし、やる気の違いもあるもんね。遅い人は、1周遅れで走ってる。


 校庭の木も、若葉から緑が濃くなり、生い茂るという感じの季節になってきた。今年は特に暑く、校庭に出ても木陰にいないと死んじゃいそう。6月なのに、どうしてこんなに暑いの。でも、木々は、陽の光をいっぱいに浴びて楽しそうね。


 たくましく成長しようと頑張っている木の下で、私は、ハンカチを敷いて座り、テニスで汗いっぱいの部活とかを、なんとなく見ていた。


 なんか、みんな、今を生きてるなぁって。あの子なんて、コーチがボールを右、左って投げて、それを打つためにコートを全力で走ってる。すごいなぁ。私は、昔、高校の時はどうだったかしら。あまり記憶がない。


 日差しが強過ぎるわね。木々は緑なのに、見える光景は全てが真っ白に見えて、光の中にいるみたいで眩しいし、空気がゆらゆらしてる。熱中症にならないように校舎に戻ろっと。


 そんな姿をみかねてか、担任の先生からクラブ活動をした方がいいと言われ、もう7月なのでどうかとは思ったんだけど、入ってみることにしたの。


 でも、まだ過激な運動とかは厳しいかなと思って、これまでしたことがないことをしようとクッキング部に入ってみた。


 みんなは、私が事故から復帰したと知っていて、暖かく迎えてくれた。そして、アップルパイとか、フルーツタルトとか、オムライスとかを作ったの。こんなふうにできるんだって、結構、驚きがあり、面白くて、楽しく過ごせたわ。


 また、仲良くできる友達もできた。


「次回は、何を作る?」

「そうね、聖奈は、何か作りたいものある?」

「え、突然だから、どうしよう。春巻きとか好きなんだけど、作れるのかしら。」

「春巻き、美味しいよね。やってみようよ。みんなどう思う?」

「賛成。」

「賛成。」

「じゃあ、次回は、春巻きね。私、作り方調べて、みんなに伝えるから、食材は、分担して買ってこよう。」

「わかった。」

「私の意見を聞いてくれて、ありがとう。」

「当然じゃないの。これからも、よろしくね。」


 5人しかいない部だったし、みんな食べることが好きな集まりだったから、アットホームで仲良しだった。でも、クラスでは相変わらず、誰も話しかけてくれなかったの。というより、なんか私が陰気な雰囲気って、怖がられていたのかもしれない。


 女性どうしって、なんかみんな笑い合って楽しそうと思っていたけど、結構、関係って難しいのね。私には、あまり近寄ってこないからいいけど、横で見てると、陰で噂流したり、笑いながら相手をけなしたりとか、結構、陰険な感じ。


 特に、仲良しグループとは別のグループの人と関係は持ちにくそうで、だからか、そのグループから外されると孤独になっちゃうって、グループのリーダーの女性に気をつかって過ごしているみたい。そんなの仲良しじゃないのに。


 あからさまにマウンティングしてくる人もいたわ。なんか、前は、女性に憧れというか、仲良しっていうイメージを持っていたけど、なんか、嫌な感じに変わっていったかな。


 朝は、みんな、おはようって挨拶してるけど、私には誰も挨拶してくれない。こんなもんかなって感じで、慣れちゃったけど。でも、そんなこと親にいうと心配するから、クッキング部での楽しいことばかりを話していたわ。


 そして、夏休みになり、親と、イギリス旅行に行った。前の生活では海外には行ったことがなかったので、結構、楽しめた。お城とか、宮殿とか、見たことなかったけど、中世ヨーロッパって感じの風景には感激したのよ。また、これまで美術館とか行ったことなかったけど、大英博物館にも行って、すごいなって感じたわ。


 でも、パスポート作った時に、本当に女性になっちゃったんだなぁて思った。当然なんだけど、写真見て、誰もが16歳の女子高生だって疑わない。なんか、昔の自分がいなくなっちゃったようで、少し悲しいかな。


 そして、2学期が始まった。


3話 再会


 莉菜が目の前にいる。2学期から、担任が産休に入るということで、新しくこの学校に来たという先生が担任になると紹介された。


 少しやつれ、暗い雰囲気だが、あれは間違いない莉菜。前の人生で私が付き合っていた人だった。


 私は、前の人生で付き合っていた人とは関係を遮断していたの。会っても、誰って感じだと思うし、年だけじゃなく性別すら違うから。莉菜と別れるのは辛かったけど、彼が女子高生になっちゃったと話して、それからも付き合える気がしなかったし。


 だから、親から、莉菜には、私は死亡したということを伝えてもらった。それ以降の、莉菜がどう過ごしてきたかは知らない。


 莉菜とは、大学3年の時に知り合った。大学の銀杏並木で、あまりに素晴らしい風景を眺めて立ち尽くしていていたら、莉菜も上を見上げ、すごく綺麗ですねって声をかけてきたの。女性から声をかけてくるって少し、驚いたけど、無邪気に笑う顔が素敵だったわ。


 でも、すぐに声をかけると変な人だと思われるかもしれないから、そうですねと笑顔を返して、その場は通り過ぎたの。でも、その後、何回か見かけることがあって、勇気を出して、飲みにでも行きませんかと誘ったら、笑顔で行こうって言ってくれた。


「あ、花咲がにの軍艦巻きがあるんだ。これは食べたいな。あとは、う〜ん。任せる。あと、グレープフルーツサワーをお願い。」

「わかった。ところで、花咲がにってどこのカニ?」

「北海道の根室のあたりのカニ。私のおじいちゃんがいるところ。」

「そうなんだ。北海道で生まれたの?」

「北海道の両親が東京の狛江にきて産んだ子供なのよ。川上さんはどこ生まれなの?」

「僕も東京。とは言っても、神奈川とか言われている町田だけど。」

「結構、近いじゃない。ところで、川上さんは何歳なの? 私は大学3年の20歳だけど。」

「同じ年で同じ学年なんだ。この時期って就職活動とか大変だよね。」

「そんなこと、気にしているの? なるようになるって。せっかくの大学生活なんだから満喫しないと。」


 莉菜は、初めて話したのに、そんなことは全く感じさせず、ずっと明るかった。誤解がないように言っておくと、私以外の男性とは、そんなに馴れ馴れしくしてた訳じゃないのよ。二人とも気があったのかな。


「今日は急に誘ちゃってごめんね。」

「とんでもない。実は、私、少し前から、川上さんのこと素敵だなって遠くから見ていて、今日、声をかけてくれて嬉しかった。あら、私、酔っているのかしら。恥ずかしいこと言っちゃった。」

「桜井さんは天真爛漫で、そんな姿が素敵だな。他の女性と違って、いつも明るくて、周りを元気にさせるっていうか。そんな女性と一緒にいると、僕も楽しい。」

「ありがとう。ずっと、川上さんが元気に生きられるように、側にいたいな。また、言っちゃった。恥ずかしい。そうそう、今度、どこか行こうよ。」

「江ノ島とかどう? 前から行ってみたかったんだ。」

「江ノ島か。私も行ったことないから楽しそう。行こう、行こう。」

「じゃあ決まりだ。来週の土曜日に一緒に行こう。」


 そして、私たちは付き合い始めた。私は、莉菜とずっと一緒にいたいと思った。だって、莉菜は、常に明るく、一緒にいると、私も前向きになれたし、悩みとかも、どうでもいいって気になれたもの。


 そして、私は、旅行代理店に入社し、莉菜は高校教師になった。25歳の冬から婚約をして同棲を始め、1ヶ月もしないうちに私は池袋の事件に巻き込まれた。そして、莉菜には親から私は死んだと伝えたと聞いている。


4話 江ノ島


 あの時の莉菜はいなかった。あれだけ、いつも天真爛漫に笑顔ではしゃいでいた莉菜とは別人に見えるぐらい。私のせいだと思う。だけど、今更、私が、あなたの婚約者だとは言えない。


 1週間ぐらい経った頃、英語の授業で、莉菜が、なんか結婚生活の小説を生徒に読ませている最中に、目が涙で溢れたの。莉菜は、ごめんなさいと言って、すぐに普通の顔で授業を進めたけど、みんなは、どうしてこんなに情緒不安定なんだろうと噂していた。


 そのあと、莉菜の婚約者が亡くなったと生徒の間で噂になっていた。そんな中、私は、莉菜に話しかけてみた。


「桜井先生、さっきの授業で読んだ、ここなんですけど、現在完了形になっていますけど、過去形じゃダメなんですか?」

「過去形でもいいんだけど、意味が変わるのよ。現在完了形だと、行ったということだけでなく、行ったことがあるという感じかな。でも、頑張ってるわね。江本さんだったわよね。」

「はい。ところで、先生は、お休みとか何かしてるんですか?」

「部屋でぶらぶらしているだけかな。江本さんは?」

「私も似たようなものです。でも、外に出てみようかなと思い始めて、今年は、9月末なのにまだだいぶ暑いんですけど、江ノ島に行こうかなと思ってるんですよ。ただ、一緒に行ける人がいなくて。暇だったら、どうかと思って。」

「江ノ島か。懐かしいわね。今度の土曜日は暇だし、一緒に行こうか。」

「嬉しい。先生はどこにお住まいなんですか?」

「最寄りの駅は、品川だけど、江本さんは?」

「私は、白金だから、品川で待ち合わせましょうよ。10時でいいですか?」

「じゃあ、そうしましょう。品川駅の東海道本線のホームで、江ノ島の方に向かって一番後ろで待ち合わせましょう。」

「わかりました。楽しみにしていますね。」


 土曜日、品川のホームで、莉菜は、学校では見ないカジュアルな服装で待っていた。そして、江ノ島につき、二人とも、秋なのに暑い、暑いと言いながら坂を登って行った。


「先生、いつもより若い感じで素敵。」

「10歳近く若い女子高生と一緒に歩くんだから、少しは合わせないと。」

「先生、そんなこと考えなくても、とっても若くて可愛いのに。ところで、今日は、先生のこと莉菜先生と呼んでいいですか?」

「先生というのも、周りからなんなんだろうと思われるから、莉菜さんと呼んでよ。江本さんは、聖奈さんでいいわよね。」

「そう呼んでくれると嬉しい。でも、夏も終わったのに、まだだいぶ暑いですよね。秋はいつ来るのかしら。」

「そうね。ところで、江ノ島は、昔、付き合っていた人と最初にきたところなの。懐かしいわ。」


 莉菜の目が少し潤んでいた。


「あの、その方って、みんな噂してたんですけど、今はいないとか・・・。」

「そうなんだけど、気にしないで。もう亡くなって8ヶ月ぐらい経つから、少し、気持ちも楽になってきたけど。」

「そうなんですね。でも、ずっと想い続けるなんて、とってもいい人だったんですね。」

「そうね。いつも、私のことばかり見てくれて、私が病気とかすると、いつも、仕事とか関係なく、ずっと看病もしてくれたわね。だから、彼の前では、悩みとか弱音とか吐けなかったけど。それでも、いつも笑顔でいられたわ。」

「そうなんですね。憧れます。ところで、わからないですけど、弱音を吐いても、付き合ってくれたんじゃないですか。」

「そうかもね。でも、当時は、そんなことできないって思っていたのよ。」

「大人の恋って複雑ですね。いずれにしても、彼は優しかったんだし、普通の人じゃあ一生かかっても味わえない楽しい時間を過ごせたってことですよね。」

「そうなの。そんな彼だから、初めてデートしたこの江ノ島でも、ずっと、私のことを見ててくれた。私がはしゃぎすぎちゃって、初めての靴ということもあって、足を捻挫しちゃったの。でも、彼って、私が行きたいと言っていたカフェには、せっかくだから行かないとと言って、肩を貸してくれて連れて行ってくれた。そして、帰る時もずっと私を支えてくれたの。大変だったと思うけど、頼もしかったわね。」

「そんなことがあったんですね。なんか素敵。」

「ありがとう。私の話しばっかりじゃ、いけないわね。ところで、聖奈さんは、半年ぐらい事故のせいで休んでいたと聞いていたけど、見た目、特に体調は大丈夫そうね。でも、こんなに歩いて大丈夫?」

「もう、大丈夫ですよ。昔、事故にあって、寝たきりの時期もあったんですけど、今は完全復帰です。」

「そうなのね。暗い話しばかりになっちゃった。カフェでも入って、明るい話でもしましょう。」

「いいですね。完全復帰とは言っても、少し疲れたし。甘いもの食べたい。」


 そう言って、エアコンで涼しいカフェの席で、2人でレモンケーキを食べた。まだ、本当に夏って感じで、目の前の海で海水浴でもしたい感じだったわ。


 太陽の光と波でキラキラと輝く海では、サーファーが大勢、波に乗って楽しんでいた。海って、こんなに美しかったかしら。莉菜と一緒だから、莉菜を再び、輝かせたいから、そう見えるのかもしれないわね。


 そして、浜辺では、強い日差しのもとで、お母さんが子供と砂場を歩いたり、休んでいるサーファーたちが集まって楽しそうにしている姿が見えた。


 そう、みんな楽しそうにしている。私たち2人は、過去に生きていて、昔に黄昏ているのに。あんなふうに、今を楽しく過ごせたらいいのにね。深みのあるレモンケーキだけが今を感じさせた。


 私は、悲しみを隠し、明るく振る舞う莉菜の顔を見るのが辛かった。海を見ながら、莉菜が語る昔の私が、幸せにしようとしてきたけど、結局、莉菜を不幸にしたのよね。


「あら、聖奈さんまで泣かせてしまったわね。私の暗い話しで、ごめんなさい。迷惑だったと思うけど、聖奈さんに話したら、気持ちが落ち着いたわ。ありがとう。」

「迷惑だなんて。莉菜さんが少しでも、落ち着ければ、それだけで嬉しいです。」

「聖奈さんって、私が言うのも変だけど、本当にいい子ね。」


 学校にいるときより、莉菜が笑顔で接してくれたから、少しは、私といて、穏やかな気持ちになれたんだろうと思う。今日は、江ノ島に来て良かったわ。


 2人は、ずっと黙って海を見ていた。


5話 神宮前


 月に2回ぐらい、週末に莉菜とは一緒に散歩するような日々を過ごしていた。莉菜も、学校が変わって、婚約者が亡くなったからと周りが変に気を使うので少し孤立しているのかもね。だから、クラスでは馴染めていない私とは境遇が近いって思っていたのかもしれない。


 11月の最後の週に、莉菜に神宮前の銀杏並木を見に行こうと言ったら、懐かしいから是非行きたいと言っていたわ。もちろん、莉菜との思い出の場を選んでるんだから、当然だけど。


「ここの銀杏並木って、特別よね。圧倒的な迫力で銀杏が並んでるっていうか、黄色一色の世界よね。」

「本当に、綺麗の一言ですよね。私は、一面黄色いこの景色も好きだけど、太陽にかざした1枚の銀杏の葉っぱを見るのも大好きなんです。木の葉だと木漏れ日っていうんでしょうけど、銀杏だとなんと言うのかな。とっても、葉っぱが鮮やかな色になって、そこに太陽の光がキラキラして、本当に綺麗。」

「私も、その気持ち、わかるわ。紅葉とかもそうだものね。あれ、聖奈さんの頭に銀杏の葉っぱが。なんかアクセサリーみたいで素敵よ。」

「それだったら、ずっと付けておこうかな。銀杏並木を過ぎると、変な人かもしれないけど。ところで、この銀杏並木はなくなっちゃうとかニュースに出ていた記憶があるんですけど、なくならないといいですね。」

「本当に。ところで、なんか、聖奈さんにいう話しじゃないんだけど、とは言っても今更だし、言っちゃうけど、ここに彼と来た思い出があるのよ。彼と初めて夜を一緒に過ごして、朝、起きて、この一面黄色い銀杏並木の下のカフェで、朝ご飯を一緒に食べたの。そんな話し、女子高生に先生が言っちゃダメかな。」

「今どきの女子高生はもっと進んでるし、そんなことダメなんていう人いないですよ。」

「そうよね。彼と夜通し、たわいもないことを話したという幸せな時間、そして、朝、起きたら横に彼がいるという安心感、そして、初めての一緒の朝ごはん、とっても幸せな日だった。そういえば、最初に彼と出会ったのも、大学の銀杏並木だった。銀杏とは縁があるのかしら。」


 莉菜の顔を見上げると、目から涙が1滴、頬を流れていった。莉菜は、その顔を見られたくなかったのか、歩き始めたので、私は、追いかけ、横を一緒に歩いた。


 その時、莉菜は私の手をつないできた。


「ごめんなさい。なんとなく、聖奈さんといると、彼と一緒にいるような気持ちになって。急に、気持ち悪いわよね。」

「そんなことないです。莉菜さんとは、この銀杏並木を手をつないで歩きたいと思ってましたから。」

「嫌じゃなければ、このまま手を繋いでてくれる。聖奈さんの手は暖かい。」

「手を繋ぐと、この一面、黄色い世界で一緒にいれれるのは素敵って、肌から感じられて素晴らしいですよね。」

「そうね。」


 銀杏並木では、銀杏の葉っぱが風が吹くたびにサラサラと落ちていった。地面も葉っぱで黄色で、なんか、黄色い別世界にいるようだったわ。


 そんな中で、私は、莉菜の暖かい手を握り、一緒に歩いている。もう、周りの人が見えないぐらい、黄色い葉っぱに見守られた、2人だけの世界みたい。私達の周りで、銀杏の葉っぱが渦を巻き、私達を祝福してくれているみたい。


 私は、莉菜を抱きしめたい衝動に駆られた。でも、だめ。私は、女性だから、そんなことしたら、莉菜に嫌われる。


 また、莉菜が付き合っていた彼は、私よなんて言えるはずないじゃない。そんなこと言ったら、これまで騙していたのねって、もう話してもらえなくなると思う。こんな体になっちゃったんだって、がっかりさせちゃう。


 暖かい莉菜の手を、ぎゅっと握って、2人は、ゆっくり前に進んで行った。


 銀杏並木を通り過ぎ、周りも暗くなってきたので、一緒にイタリアンレストランに行ったの。私は、お酒は飲めないけど、莉菜は、ワインを飲んでいたら、最初は陽気だったけど、途中で酔っ払ったのか、席で寝てしまった。まだ、気持ちが安定していないのね。


 お金は私が払って、タクシーに一緒に乗せて帰ることにした。女性が1人の大人を抱えてタクシーに乗せるのが、こんなに大変とは思わなかったけど。


 莉菜の家は知っていたので、タクシーの運転手に告げて、家まで向い、鞄の中にあった鍵でドアを開けて、ベットに寝かしつけた。


「どうして、誠一、いなくなっちゃたの。私は、ずっと、あたなと一緒に過ごしたかったのに、つらい。もっと、私のこと、大切にしてよ。あなたと一緒にずっと暮らす私の夢はどうなっちゃうの。あなたがいない世界なんて、灰色。あなたと会いたい。」


 そんな寝言を言っている莉菜の姿を見ているのは辛かった。私は、すぐに部屋を出て、目には涙をいっぱいにして家に帰った。


6話 横浜


 クリスマスイブに、莉菜と一緒に横浜に来ていた。クリスマスのイリュミネーションはとっても素敵で、寒いけど、道歩く恋人の気持ちは暖かそうだったわ。


 木々に取り付けられた電球が、神聖というか、幻想的というか、なんか女性になってみるこの光景は、今までみてきたものとは違う気がした。


 そう、星の中に2人だけが浮いているよう。大きな宇宙の中で、2人だけが迷い込みながらも、明るい光で照らされていて、星が正面に誘導しているような。明るい未来が私達にも、この先にあるんじゃないかと思える感じ。


 そして、はく息が白くなり、澄みきった空気が心を清らかにしてくれる。私は冬のこの神聖な雰囲気が大好き。穢れがなく、頭もクリアになれる。


 でも、私は、こんな体になっちゃった。莉菜のことを思い続けているのが女性だなんて、神聖とか、いえる資格はないわね。


 寒い寒いと言ったら、莉菜は手を握って、ポケットに私の手を入れてくれたの。手も温かったけど、私の気持ちも温かくなった。ずっと、この時間が続かないかしら。


 莉菜と私は、どのイヤリングが可愛いかとか、幾つもお店を回って、笑顔で過ごした。周りから見ると、姉妹とかに見えていたかもしれないわね。


 そして、クリスマスイブだけど、混んでないよねってことで中華街に行って、中華料理レストランでイブを過ごしていた。


「なんか雪降りそうだけど、大丈夫かしら。」

「そうなったら、その時でしょ。今を楽しみましょうよ。」

「そうね。天心セットとか美味しそうじゃない。食べてみる。」

「莉菜さんが食べたいものを食べたいな。天心、美味しそう。」

「そういえば、この前、家まで送ってくれたんだよね。本当に、最近、お酒に弱くなっちゃって、ダメよね。でも、9月から聖奈さんと一緒に、いろんな所に出かけて、本当に気持ちが軽くなったというか、落ち着いてきた。本当に、ありがとう。」

「いえいえ、私も楽しんでますから。これまで、海外とかには行ったけど、日本では住んでる所からあまり出なかったから、この横浜とか、江ノ島とか、外苑前とか行けて、本当に楽しいですよ。」

「なんか、聖奈さんと一緒だと安心できるの。どうしてかな。聖奈さんからみると、こんなおばさんとと思うだろうけど、これからも付き合ってね。」

「もちろんです。もしかしたら、この横浜でも彼との思い出があるとか。」

「よくわかったわね。この中華街で、1年前のクリスマスイブの日のディナーでプロポーズされたの。ちょど、その時も、クリスマスイブなのに中華街でディナーって笑っちゃうでしょ。」

「いえ、いえ。そっちの方が空いててリーズナブルですよ。今更ですけど、彼のどこがよくて、プロポーズを受けたんですか。」

「この人と一緒にいると、楽というか、自然な私でいられるのよね。結婚って、そうじゃないともたないじゃない。これまでも男性とは何人かは付き合ってきたけど、なんとなく、いつも私が背伸びしているようで、疲れちゃっていたの。でも、誠一は、なんでも、ありのままの私でいいよって言ってくれた。もう、そんな人、いないかもしれないわね。」

「とっても、素敵な人だったんですね。でも、私には、わからないけど、まだ莉菜さんの人生は長いんだから、いい人も現れますよ。」

「そうかな。また暗い話になっちゃったわね。ところで、聖奈さんは彼氏とかいないの?」

「私、女子校だから男性と出会う機会もないし、少し、男性が怖いかな。だから、彼はいないんです。」

「男性も、怖い人もいるけど、優しい人もいるわよ。女性だって、同じじゃない。男性とか女性でなくて、その人なのよ。これから、楽しい人生が待っていて、羨ましいわね。」


 莉菜は、特にお酒を飲むと暗くなったり、明るくなったり、まだ感情のコントロールが十分にできないみたい。今日も、時々、言葉に詰まって急に下を向いたりしていた。


 そん中で、雪がひどく降り始め、関東にしては、あっという間に15cmぐらい積もってしまい、電車も止まってしまったの。


「莉菜さん、雪で電車止まっちゃったって。どうしよう。」

「この辺のホテルで明日まで泊まるしかないわね。みんなが予約していっぱいになる前にホテル、予約しないと。聖奈さんは、親御さんに連絡して、今日は雪で友達と泊まるって連絡しておいて。」

「わかりました。では、ホテルを見つけるの、よろしくお願いします。」


 さっきまで暗くなっていた莉菜は、この事態に、急に大人らしくテキパキと動き始めた。こういうこともできるぐらい、気持ちも回復したのは良かったわ。


「ここから5分ぐらいの所にあるクラシカルなホテルが予約できたから、行こう。親御さんもOKだったわよね。」

「もちろんです。行きましょう。」


 なんか、莉菜は部屋で飲み直したそうで、コンビニで缶酎ハイを3本ぐらい買ってホテルの部屋に2人で入った。


「寒いわよね。先に、シャワー浴びてきたら。温まるから。」

「先にいいんですか?」

「もちろんよ。私は、飲んでるから。」

「じゃあ、お先に。エアコン、付けときますね。」

「ありがとう。じゃあ、待ってるからね。」


 シャワーを浴びて出ると、莉菜は、お酒に飲まれたのか、ソファーで目を涙でいっぱいにして寝ていた。流石に、寝ちゃうと重くて、お風呂に連れて行けそうにないので、上着と、服を脱がせ、下着だけにしてベットに寝かせた。そして、厚い布団をかけた。


 莉菜、ごめん。私が事故に遭ったばっかりに、こんなに悲しい思いをさせてしまって。私も下着姿になって、莉菜の布団に入った。


 私の今の体じゃあ、莉菜を楽しませてあげられないけどとは思いつつ、目の前にある莉菜の顔を見ていると、愛おしくなって、ぎゅっと抱きしめた。そして、私の唇を莉菜の唇に重ね、そのままずっと体を寄せ合った。


 でも、朝起きて、女性と寝ていたと思ったら嫌われるかもしれないから、ずっと一緒にいたかったけど、私は、横のベットに入って寝ることにしたの。誰もいなかったベットは、とっても寒かった。


 朝日が窓からこぼれて、目が覚めると、莉菜が、私からずれた布団をかけ直してくれていた。


「おはよう。起こしちゃったかな。でも、私、昨日も酔って寝ちゃったのね。服脱いだ記憶ないけど、自分でベットに入ったみたい。いつも、恥ずかしいところを見せちゃってごめんなさい。」

「いえ、いえ、そんなことないですよ。私、シャワー浴びてすぐ寝ちゃったから、その後に、莉菜さんは自分で寝たんじゃないかな。でも、今日は昨日と違って、とってもいい天気ですね。雪、とってもキラキラ、陽の光を反射して綺麗だけど、すぐに溶けて電車も動くかも。」

「そうね。今はとても綺麗だけど、溶けると泥だらけになるから、早く出ようか。」

「はい。でも、もう少し、この綺麗な風景を見てましょうよ。」


 2人で並んで、下着姿のまま、暖かい陽が差し込む窓から、汚いものを全て消してくれる真っ白な雪景色の横浜の街をずっとみていた。


7話 結婚式


 私は、高校を卒業し、大学に入った。莉菜には、私となんかじゃなく、誰か、きちんとした男性と付き合って欲しくて、高校を卒業してから少し距離を置いたの。高校で一緒に過ごした2年半で、だいぶ、莉菜の心は落ちついたように見えたから。


 そして、風の噂で、新しい彼ができたと聞いて、半年ぐらい経った今日、結婚式に招待された。


 私は、1人で結婚式に、元生徒ということで参加した。高校の先生や生徒が私しかいなかったというのは、高校で、莉菜はずっと1人で寂しい時間を過ごしていたということなんだと思う。私も少しは、気を紛らわせることができたのよね。


 彼をみると、なんか、昔の私と似ている気がしたのは気のせいかしら。彼は、自分のことなんて全く気にせず、ずっと莉菜の世話をしていたし、ずっと莉菜の顔を見て微笑んでいた。


 莉菜も、彼の笑顔に応え、時々、つんつんと彼の肩を指でつつき、あどけなく笑っているところは、とても微笑ましかったわ。


 これで、莉菜も幸せに過ごせるのね。良かった。莉菜のように素敵な女性は、もっと幸せにならないと。どこで知り合ったかは知らないけど、良い彼を見つけたと思う。彼には、莉菜をずっと大切にしてもらわないと。


 そう、莉菜に子供ができて、彼と一緒に子育をして、暖かい家庭を作る。そして、おばあちゃんになっても、暖かい日差しのもとで、楽しそうにしている孫たちに囲まれる日々。そんな生活を送ってほしい。


 彼が先に亡くなるんじゃなくて、莉菜がこの世を去る時も、彼が、優しく手をとって最後まで笑顔で包み込む。明るくて、暖かい日の光が、最後まで莉菜を照らし、寒さも感じずに、最後まで幸せいっぱいの時間を過ごして欲しい。


 そんなことを考えていると、教会で音楽とともに、彼の元に莉菜はお父さんと赤い絨毯を歩いてきた。


 真っ白なスカートが風にたなびき、肩があいて、綺麗な鎖骨を見せたウェディングドレスは莉菜の清楚さを象徴していたわ。ウェディングベールも、これまでの苦悩を洗い流してくれているように見えた。


 ステンドグラスから漏れる陽の光が莉菜にあたり、真っ白なところと、影になっているところがくっきりと別れていて、これまでの莉菜の心を表しているようね。これから、全てが真っ白でキラキラする莉菜になってね。


 彼の元に着いて、少しよろけてしまった莉菜だったけど、彼がしっかり受け止めてくれた。そう、彼がこれからは支えて、幸せに生きていくのね。私は、ここまで。


 披露宴会場に来て、誰も知らない人たちが座るテーブルに私は座った。でも、莉菜にとって、私は、とても大切な人だと思ってくれたんだと思う。だから、私はスピーチをお願いされた。何を話そう。とっても親しくしてくれた先生だったとか。そんなこと言っても、莉菜の心には残らないスピーチになっちゃうわね。


 そして、私の順番が回ってきた。


「私は、女子校時代に、莉菜先生の生徒で、大変、お世話になりました。でも、本当は、もっと昔から、知っていたんです。実は、私は、もと男性で、その時に莉菜先生と付き合っていました。その後、事故で脳の移植をして、女性として生きることになりましたが、もう男性じゃなくなったので、莉菜先生には、私は死んだと伝えてもらいました。それで、高校で再会した莉菜先生は本当に心を病んでしまったように見えたんです。それから、ずっと莉菜先生の横で励ましてきましたが、今日は、こんな素敵な方と結婚することができて、本当に嬉しいです。これから、お幸せにお過ごしください。」


 莉菜が困惑の顔色になり、急に立ち上がった。


「あなたが、誠一だったの? どうして、これまで言ってくれなかったの? これまでだって、言う機会なんて、いっぱいあったじゃない。ずっと黙っていたなんてひどい。私は、ずっと、あなたと暮らしたかった。あなたとわかったからには、もう結婚なんてできない。あなたが、どんな姿になっても、ずっと一緒にいるんだから。」


 泣き崩れてしまう莉菜を目の前に、私は、何もすることができなかった。


「江本さん。では、次にスピーチをお願いします。」


 いきなり声をかけられて、ふと我に戻った。そう、そんなことを言ったらどうなるだろうって自分の中で空想していただけ。このことは、最後まで莉菜にはいえないわね。


 私は、寂しかった高校1年生の時に、暖かく見守ってくれたエピソードをいっぱい話して、その時の先生へのお礼と、彼には、とっても素敵な先生を、ずっと大切にしてくださいというお願いと、そして、今は私にも素敵な彼ができて楽しく過ごしているという嘘を伝えて、スピーチを終わりにした。さようなら、莉菜。

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[一言] 結末は悲しすぎますね。
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