表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

祭りの日

作者: フルビルタス太郎

 春、雪解けが近づく季節。雲ひとつないカラリと晴れた空は、若葉が芽吹くように春の色に変わりはじめていた。空はやや青みが強かった。これは、光が大気中の魔素(魔力の源)に反射する事によって起こる現象で、魔素が多ければ多いほど青みが強くなっていく。ここまでハッキリと目視出来るのは、この地の魔素が多いという証であり、故にこの空は、魔術(魔法とは異なるもの)が生活の中に深く根付くソーラルド(青色の国)と呼ばれる地域を象徴するものでもあった。


 その空の下に広がる街、ソーラルド最大の宗教であるゲセブ教を国教に掲げるエラローリア法王国の政治上の首都ザムゼルは、祭りの熱気に包まれていた。街の至る所には国章をあしらった青い垂れ幕が下がり、通りは大勢の人々でごった返していた。この日は成人式が執り行われる日で、数え一五歳になる少年少女達が市内中心部にあるザムゼル大拝言堂に向かっていた。


 ソーラルドの成人式は、圏内全ての国の宗教施設で一斉に行われることになっている。その内容は、成人を迎える少年少女が聖職者達の前で生まれて初めて魔術を披露するという極めて単純なもので、精神的成熟により成人か否かを判断するソーラルドの伝統を反映しているのだが、それとは違う別の目的もあった。

  

「さあさ、安いよ、安いよー。新鮮な野菜ッ! 農家直送の新鮮な野菜だッ! ……カタミラガ台地の馬鈴薯ッ! この時期は特に美味しいッ! ……迎え入れの儀のお祝いにいかがですかァッ⁉︎」


「……あー、すみません。そいつぁ、今切らしてましてね。……代わりにコレなんてどうです? ラピスラズリを使った指輪。これね、細かな金模様が入っていないでしょう? ……質のいい証なんですよ」


「――さあさ、本日の目玉記事は『魔術師団、またもやフェンゲを討伐ッ!』と『一触即発ッ⁉︎ ついに、イファラルド(灰色の国)との戦争かぁッ⁉︎』の二本だ。一部、銅貨一〇枚だッ。え? 新聞なんてつまらない? ……いやいや、お兄さん、お兄さん。このご時世、情報に疎くっちゃやっていけないよ。……まあ、いいから見てちょうだいよ、ね?」


「――はぁい、剣も通さない硬さ。防具に武器にもなる旅のお供、あの龍騎王考案のグロム名物カティンだよ。……そこの人、お一ついかがですかァッ?」


「ここにありますは……、海の向こうはパラティア王国から取り寄せました秘薬、マーガの油。なんと、これを塗ればたちどころに傷が治るといいます。――さぁさ、この切り傷。とくとご覧あれ。タネも仕掛けも御座いません。……ここに、この秘薬を擦り込みますと……」


 どよめきの後に拍手が沸き起こる。


「オルキス帝国産の食器だよ。……ギルス直輸入、そんじょそこらじゃ手に入らない貴重な品ばかりだよぉ、」


 威勢の良い掛け声が飛び交う。


 ザムゼル大拝言堂へと続く参道の両側には市が立ち、大勢の人々で賑わっていた。


 ザムゼル駅と大拝言堂を一直線に繋ぐ全長一ロキグルードの参道は、普段はガランとした何もないだだっ広い道でしかない。しかし、祭りの日になると何処からともなく人が集まってきて、このような一日限りの市が立つのである。


 そんな中を一人の少年が縫うように駆けていた。


「……おっと、悪りぃなッ! ……ああ、ごめんよッ!」


 青色の瞳、気の強そうな、少し近寄りがたい印象の顔。髪は黒で、襟足にかからない程度の長さだった。


「はっはっは……。よっと、」


 白い息を吐きながら駆けていく。顔は何かを期待するような、希望に満ち溢れていた。


「よお、ヒースッ!」


 ふと、靴を修理していた男が手を止め、少年に向かって声を掛けてきた。


 禿げ上がった頭の(いかっ)つい髭面の男で、髪と髭は黒く、肌は浅黒く日焼けしていた。額や頬、腕の辺りには黒い汚れが付着していて、白いシャツの肌けた胸元からは毛むくじゃらの逞しい胸板が覗いていた。


「よお、オッちゃん」


 少年は足を止めて返事をしながら軽く手を振った。人差し指には銀色の指輪が煌めいていた。


 この指輪は魔術を抑えるための魔道具で、ソーラルドに生まれた者は洗礼から成人式までの間、この指輪を着けることを義務付けられていた。


「随分と急いでんな?」


 男がそう言うと、少年はため息混じりに、

「……当たり前だろ? 今日は迎え入れの儀なんだぜ? ……俺が大人の仲間入りを果たす日、」

 と、返した。 


「おお、そうだったな。……まっ、頑張れよッ?」


 男は顔を綻ばせながらそう言った。


「おうッ! じゃあなッ!」 


 少年はそう返すと、大拝言堂に向かって駆けていった。


「……へへ、楽しみだな」


 そう呟く。顔は自然と綻んでいた。


 ソーラルドでは、迎え入れの儀を無事に終えた者を一人前の大人と見做しており、儀式を終えた瞬間から納税の義務が発生し、同時に就職や結婚などの権利も認められていた。


(但し、飲酒や喫煙はソーラルドの二大宗教であるゲセブ教とラトルマスティ教の教義により二〇歳を過ぎるまで禁止されている)


「……ああ、悪りぃな、ちょっと、通らせてくれッ」


 人混みの中を抜けていくと、二等辺三角形を重ねた上へ、上へ、と伸びるような装飾が施された入り口とそれを挟むようにして建つ二つの鐘楼塔が印象的なザムゼル大拝言堂が見えてきた。入り口は水面を、二つの塔は代弁者聖ゲセブとこの街の守護聖人ザーゼリスを表しており、それはこの拝言堂がゲセブ教の聖地の上に建てられていることを示していた。


 中に入っていく。円窓のステンドグラスから差し込む光に彩られた石造りのアーチが連なる堂内は、白い煙と香木の匂いがもうもうと立ち込め、祈りの言葉や鐘の音が絶え間なく響いていた。大勢の参拝者が一心不乱に拝む内陣中央の壇上には、一対の龍の像に挟まれるようにして宮殿を模した豪華な厨子が置かれていた。厨子の内部は金箔と色とりどりの宝石で豪華に飾り立てられ、その中央には厨子の豪華さとは対照的な古びた木板(きいた)を背中に乗せた兎の像が安置されていた。


「結構、混んでんなぁ……」


 思わずそう呟く。


「……オキサアが公開されるときは決まって、こんな感じだもんなぁ……」


 オキサアとは、ゲセブ教の宗教施設である拝言所や拝言堂に祀られている代弁者聖ゲセブ自筆の予言が記された木板のことで、ゲセブ教の崇拝対象でもあった。普段は厨子の中に納められており、聖職者である伝言師であっても勝手に見ることは許されず、ゲセブ教が定める日に合わせて開帳されていた。


 中でもザムゼル大拝言堂に祀られているのは、重要視されているオキサアの一つで、開帳の度に各地から大勢の信者が詰めかけていた。


 少年は堂内で祈りを捧げると、儀式が行われる池の畔へと向かった。大拝言堂の裏手にあるこの池は聖なる池と呼ばれており、かつてこの地を訪れた聖ゲセブがその身を清め、ザーゼリスにオキサアを授けた場所だといわれていた。


 池のほとりには大勢の人々が集まっていた。近づいていくと若い伝言師が、

「ようこそ。迎え入れの儀を受ける方ですか?」

 と、声を掛けてきた。


「おう、」


 少年はそう言うと、さっと、身分証明書を取り出した。政治の中心地であるザムゼルでは、市民に対して身分証明書の携帯が義務付けられていた。


「……ありがとうございます」


 伝言師は身分証明書を確認すると、

「どうぞ、」

 と、言って列に並ぶように手で促した。


 少年は伝言師の案内に従って列に並んだ。周りには自分と同じくらいの少年少女が期待に心躍らせながら並んでいた。

 時間が経つに従って列はどんどん短くなっていき、少年の番まであと一人、というところになった。


(……いよいよだな)


 心の中でそう呟く。


「次、レオン・アルデリートッ! ……前へッ」


 少年の前にいる少年の名前が呼ばれる。


「はいッ!」


 少年は明るくハキハキと答えると、前に出た。


「では、これより、我らの前にて火の魔術を披露せよ、」


 若い伝言師が高らかに宣言する。彼の目の前には土と木と麻縄で作った松明があり、その中には薪が乱雑に置かれていた。


 火属性の魔術は最も扱いやすいことから初歩的な魔術と位置付けられており、成人式で使われることが最も多い魔術の一つであった。


「始めッ!」


 伝言師がそう言うと、少年は軽く息を吸い静かに目を閉じた。


「――火よ(アエン)かの場所に(バベン)灯れ(モルイ)ッ!」


 溌剌とした声でそう唱える。少年の目の前にグルッと炎が揺らめいたかと思うと、そのまま松明目掛けて一直線に飛んでいき、ボッと火が灯った。


 拍手が沸き起こる中、伝言師は頷きながら、

「よろしい。……では、汝に成人の証として祝福の腕輪を授ける」

 と、言って、銀色の腕輪を少年の腕に嵌めた。


 これは祝福の腕輪という魔道具で、装着者の筋力や魔素残量を数値化して表示する機能を有していると同時に身分証明書としての役割も兼ねていた。


「はい、ありがとうございますッ」


「うむ、これからの長き人生、精進し続けるが良い……」


 老齢の伝言師がそう言うと、少年は軽く頭を下げて、去っていった。


「次、ヒース・ザムゼリートッ! 前へッ!」


 伝言師の声が響く。


(……来たッ!)


 少年は心の中でそう呟くと、

「はいッ!」

 と、勢いよく手を挙げて返事をした後、左手にしていた指輪を外してポケットの中に仕舞った。


「うむ、元気がよろしいな」


 老齢の伝言師がそう言う。


「では、これより、我らの前で火の魔術を披露せよ、」


 若い伝言師が高らかに宣言し、新たな松明が用意される。 


 少年は、軽く息を整えると、頭の中で燃え盛る炎を思い浮かべながら人差し指を立てた左手を高く掲げた。


 頭の中に風に煽られ、ゆらゆら踊る炎の姿が浮かびあがる。炎の先端がくるりと渦巻いた、その瞬間――、


「――火よ(アエン)かの場所に(バベン)灯れ(モルイ)ッ!」


 そう唱えながら、振り下ろすようにして指先を松明に向けた。


 先程と同じように目の前にグルッと、炎が揺らめく。


(……よしッ!)


 少年は心の中でそう呟いた。このまま炎が灯れば成人式は終了だった。


 しかし、炎は松明に向かうことはなく、その場に留まりながら大きくなっていった。


「……な、なんだよ、これ……?」


 そう呟く。突然のことに伝言師や子供たちは恐れ慄き、逃げ惑った。


 そして、次の瞬間、通常の倍以上はある炎の塊が一直線に飛んでいき、松明を飲み込んだ。 


 その瞬間、少年の視界が渦を巻くように回りはじめた。


「……あ、あれ?」


 目の前の風景が浮遊感を伴いながらゆっくりと回っていき、同時に強烈な吐き気と頭痛に襲われる。


 目の前では、伝言師や子供達が慌てふためいていた。


「……君、大丈夫かねッ?」


 若い伝言師が声を掛けてきた。


「……いや、なんか、体の調子が――」


 そう言いかけると、少年はその場に倒れ込んでしまった。辺りが俄に騒がしくなる。


「……あれ、」


 体を動かそうにも力が入らない。頭の中が、ぐわん、ぐわん、と回る。


「……な、にが……、」


 そう呟きながら少年の視界は暗転し、意識は深い深い所へと落ちていった。


 成人式で魔術を使うもう一つの理由、それは、常人の倍以上の潜在魔素を持つ者達を見つけるためであった。彼らの存在は、ソーラルドにとって最大の脅威であると同時に平和を守るため要でもあった。故に対象者はゲセブ教の総本山である聖都ゲセブリアにある魔術師団学校に集められ、ゲセブ教とソーラルドの平和を守ることの意義と魔術師としてのあり方を五年間かけて学ぶ。そして、卒業と同時に魔術師で構成されたゲセブ教配下の軍隊である魔術師団に入団し、治安維持やゲセブリアの警備など様々な任務に当たるのである。


 成人式で倒れた少年。彼は、今、この瞬間、魔術師になる事を運命付けられたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ