(8)
スカイ・バイクを走らせてしばらくすると、黒い雲がようやく切れ、西に沈む太陽が顔を出した。
強い光に、オースティンは目を細める。
ここからガットバッチまでは順調にいけば二日程度で到着する。
とはいえ、ここはまだ革命軍の監視の中だ。警戒を怠ることはできない。
本来なら、魔法使い同士なら話術魔法で会話が可能なのだが、今は使えない。
携帯端末に表示させた地図は二人の位置を映してはいるから迷子になることはないが、こうも魔法が使えない状況がきついとは思わなかった。
(空が……)
見上げた空は、美しいオレンジ色の空が広がっていた。
遠くの空には森の中を捜索しているドラゴンが飛び回っていて、見つかりませんようにと祈るしかできない。
「大佐。そろそろ休憩しましょう。スカイ・バイクも休ませないと」
「あぁ、わかった」
並走していたフルーヴの提案に頷き、手ごろな洞窟を見つけてそこに身を隠した。
魔物の巣ではないことを確認し、スカイ・バイクを一番奥に押し込む。
洞窟の入り口にタープを張って、フルーヴが火打石で点けた焚火に当たりながらオースティンは肺に溜まったドロドロをようやく吐き出すことができた。
マントと軍服のジャケットを脱いで、ネクタイも外すと呼吸が非常に楽になる。
火の傍に腰かけて、年寄りのような呻き声を出すと、フルーヴにクスクス笑われた。
「お疲れ様です、ラヴィーユ大佐」
「……あぁ」
フルーヴからレーションを受け取ったものの、オースティンはそれを齧る元気もなく、しばらくぼんやりと火を眺めた。
魔法を使わずに点けた炎はぬくもりを感じる。
オレンジ色、赤色、白色。
ゆらりゆらりとたゆたう炎は、良い。
自分の中に押し込めなかった感情が、影となって後ろに垂れていく。
「なぁ、アプフェルゴット」
「なんです?」
「いや……」
対面に座っているフルーヴの明るい白髪が光を反射している。
火のようだ、とぼんやり思った。
「そういえば、アプフェルゴットの腰に下がっている水筒。それ、なんだ?」
「え?」
話題をどうにか作りたくて、ふと目についた水筒を指さす。
軍規には無いものだ。
装備として申請でもしているのだろうか、と考えたが、彼は飲み水を別に持っていたから、余分に申請する意味もない。
水を汲んだのも、汗を拭うためにタオルに垂らしたのも、装備品として配給されている別の水筒からだった。
オースティンの前でその水筒を弄っている様子はなく、何のために腰から下げているのかまったく分からなかった。
フルーヴは指を指された水筒を持ち上げて、「あぁ」となんでもないように口を開いた。
「別に。単なる装飾品ですよ」
「……水筒が?」
「えぇ、そうです」
納得していない顔をしたオースティンを見て、フルーヴは眉を下げて苦笑した。
「大佐は、オレの魔法術の成績はご存知ですか?」
「え? ……あぁ。ある一定の条件下にのみ、効果を発揮する、と」
書類上では、フルーヴの魔力はごくごく微量だった。
基本的な魔法は、軍に入ってから使えるようになったと言う。
剣術、基礎体力、その他一般軍人として必要な能力は頭一つ出ていたから、魔力を持たない者たちと同じように、努力して今の地位にいるものだと思っていたが、どうも違うらしい。
「それが、これですよ」
「……水筒が?」
「えぇ。そうです」
フルーヴが水筒を振ると、少量の水音が聞こえた。
「この水筒の中身は、海水です」
「海水?」
「そうです。塩水では駄目。ちゃんとした海水でないといけないんです」
まだ理解が追い付いていないオースティンに向かって、フルーヴは見た目の五月蠅さを押し殺して、静かに口を開いた。
「オレはね、水魔法が得意となっていますが、それは『海水を使用したのみ』っていう注釈がつくんです。水弾も、海水でないといけない。面倒くさいでしょう? 海洋隊に配属されたのは、そういう性質持ちだから仕方なく、ですよ。当時、ヒューゲル大佐が嫌味ったらしく教えてくださいました」
ほんと嫌な奴と笑っているが、その笑みからは嫌悪は感じなかった。
「じゃあ、この前俺を助けてくれた時の水弾は……」
「はい。あれは海水です。ドラゴン召喚時の雨雲を使えればよかったんですけどね。オレはどうもそのあたりの計算が苦手みたいで」
魔法は、極端に魔力を持っていなかったなどが無い限り、どんな人間でもある程度練習すれば使用することができる。
それだというのに、フルーヴの魔力はほとんど反応してくれなかったそうだ。
「魔力値は底辺。練習無しで使える水魔法は限定的。ヒューゲル大佐くらいでしたよ、こんな奴を構い倒してくる物好きは」
帝国内では、魔法が使えない人間にあまり人権はない。
『スコーン』なんていう蔑称まであるくらいだ。
オースティンは帝国軍に入隊してから初めてその蔑称を知ったが、それはもう酷い扱いだった。
いじめなんてものじゃない。
あれは完全に差別だ。その扱いに怒ったオースティンが手を貸せば、今度は『スコーン』たちから「偽善者」扱いされる。
もう彼らの間にそびえた高い壁は、そうそう崩せるものではなくなっていた。
魔力があっても魔法がほとんど使えないのであれば、彼も似たような態度を取られたことだろう。
「まぁ、いろいろ言いましたけどね。ラヴィーユ大佐とヒューゲル大佐には感謝しているんですよ、オレ」
「感謝、って」
「昔のあんな腐った場所にいたら、オレ自身が崩れそうだった。まぁ、そんなこととは関係ない理由で除籍されましたけど。今の帝国軍は、魔法不使用者に居場所を与えてくれていた。オレみたいな、魔法不使用者にも魔法使いにもなれない奴も引き上げてくれた。感謝以外に何がありますか?」
薪の弾ける音が洞窟内に響く。
突然の告白になんと答えたらいいか分からず、オースティンはレーションを齧ることで時間を稼いだ。
「あんたたちが、そうやって呼吸出来ているならよかった」
「えぇ。目一杯深呼吸させてもらってますよ」
満足そうにレーションを齧るフルーヴの顔を見られそうになかった。
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