(7)
「……主よ。母なる大地に住まう、創造主よ」
ヴェステラード帝国にある宮殿の、奥。
図書室の奥の、本棚の影に作られた隠し階段を降りた先。
約二〇㎡の小さな部屋に、エーデルはいた。
床一面に天鵞絨の絨毯が敷かれ、控えめに数個の蝋燭に魔法火が青く灯っている。
地下にあるにも関わらず、部屋の一面にあるステンドグラスで彩った大きな窓からは温かな光が差し込み、部屋の中央で両膝をついて両手を胸の高さで組んだエーデルを包み込んでいた。
彼の祈るその前には、質素な祭壇と、拳大の真珠が捧げられている。
部屋の中に、目を閉じたエーデルの静かな祈りの言葉が響いていた。
「どうか、どうかこの国を、民草の幸せをお護りください。大地の精霊の声に耳をお貸しください」
普段身にまとっている皇帝としての服ではなく、エーデルは今、真っ白なローブをまとっていた。
金糸で幾重にも施された刺繍は、ひと針ひと針に職人の魔力が込めてあり、エーデルの祈りに呼応するようにキラキラと輝いていた。
傍らに置かれた王笏は金色、先端につけられたダイヤモンド細工と共にキラキラ輝いていた。
ひとつ言葉を紡ぐごとに、エーデルは一筋涙を流す。
エーデルのことを、神の寵愛を受けた申し子と、人々は言う。
神の愛を一心に受け、人智を超えた美しさをその身に宿す者と、皆は言う。
他人の評価はどうでもよい、とエーデルは常々思っていた。
この国さえ、民草さえ、オースティンとクララさえ幸せであるならば、己の身などどうでもよかった。
「主よ。大地の母よ。どうか、どうか……」
「エーデル様」
皇帝の祈りは、一人の老人の声で遮られた。
そっと瞼を持ち上げたエーデルだったが、両手を強く握り直しただけで反応はしない。
声をかけた老人の執事もそれは承知の様子で、言葉を続けた。
「教会の使者として、ブルッツェル神父がいらっしゃいました」
「……わかった。すぐに行く」
エーデルが息を吐くと、ローブの光が消えた。
ステンドグラス窓からの光が消えた。
残ったのは、祭壇の上で輝く真珠の光と、蝋燭の明かりのみとなった。
「ブルッツェル神父には、最上級のおもてなしを」
「はい。心得ております」
「それで、首尾は?」
「はい。グローセン中将からの報告は無し。万事、順調に進んでおります」
「そうか……」
「オースティン様の事が心配ですか?」
老人の問いに、エーデルは是とも否とも答えなかった。
答えずとも、老人には分かっているだろう。
エーデルは、一度強く目を閉じたあと、決意したように立ち上がる。
と、エーデルが振り返ろうとした直前。
ぼろりと、真珠が崩れた。
「……ラーゲー」
「はい、陛下」
「新しい真珠を用意しろ。これはもう、駄目だ」
「はい。かしこまりました」
エーデルの興味は、崩れた真珠には既に無い。
力ない瞳で黒煙を上げながら消滅していく真珠を見やった後、床に置いていた王笏を取って階段を上って行った。
「……」
皇帝の背中を見送り、執事が指を一振り。
蝋燭の火は消え、老人は静かに、まるで墓地のような様相のこの部屋の扉を閉めて出て行った。
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