(2)
オースティンは地下室から出てすぐに、自分の部下を呼び寄せた。
会議室に集まったのは、三名。
「ラヴィーユ大佐、聖杯探索とはどういう意味ですか?」
神経質そうな声音で、会議室に現れたオースティンに詰め寄ったのは、総参謀長のアゼリー・マロニエ少佐だった。
黄緑色の髪をしっかり束ね、瑠璃色の瞳はまっすぐ未来を向いている。
アゼリーは魔法が使えないが、剣術とその頭脳で参謀まで上り詰めた女傑である。
彼女の横で、うんうんと頷いている副参謀のランスロット・ヘルデ・フェアディーン大尉も、薄紫の髪を揺らしながら「突然そんな夢物語みたいなこと言い出して……いったい、どうしたって言うんですか」と言い出した。
たしかに、夢物語かもしれない。
聖杯探索だなんて、子供でも知っているおとぎ話の一節だ。
それでも、縋れるのならば、縋りたかった。兄も同じ思いだ。
「クララ様の意識が戻らない。複雑な魔法をかけられていて、その魔法を解くためには聖杯が必要なんだ」
オースティンの説明に、アゼリーとランスロットは静かになった。
「おとぎ話をなぞるつもりはないが……」
「それでも、この世に本当に聖杯があるだなんて、信じられません」
「まぁ、あの聖域だったらなんでもありそうな空気はあるけどね」
会議室の椅子に座ってこちらの会話を聞いていた男が、ゆったりと口を開いた。
フェリチタ・ヒューゲル大佐と言う。
「それで、その聖杯探索に人数が必要って話だけど、大佐は行くの?」
ひらりと、白魚のような手が振られ、オースティンはそちらに目を向けた。
チョコレート色の髪に、大きい赤い瞳。玉のように白い肌。
「フェリチタ」という可愛らしい名前と少女のように可愛らしい顔だが、彼はれっきとした男性だ。
「こちらとしては、まぁみんな優秀だから、ラヴィーユ大佐ひとり欠けてもしばらくはなんとかなりそうだけどさぁ」
オースティンと同じ階級のせいか、たとえ小隊長がオースティンであってもフェリチタは敬語で話してくれない。
不遜なやつだと陰で言われているが、フェリチタはなんのそのである。オースティンも特に咎めたことはない。なんでも話せる友人のように接していた。
「あぁ。俺がそのチームを指揮する。皇帝陛下もそう望んでおられる」
「……わかった。そしたら、メンバーの一人はボクが決めてくるよ。ちょうど暇しているやつを知っているんだ」
「本当か? 助かる」
オースティンが駆け寄ってフェリチタの手を両手で握って礼を言うと、フェリチタはニコニコと人好きのする笑顔で、「今度ご飯おごってね」と言った。
「それで。その聖杯は、どこにあるんですか?」
アゼリーの言葉に、オースティンは頷いてから人差し指を持ち上げた。
「《記せ》」
オースティンが呟いた簡易呪文に反応して、オースティンの人差し指から白い光がリボンのように飛び出してきた。
その光は宙で塊になったかと思えば、光の粒子になって世界地図を描き出していく。
南にヴェステラード帝国が広がっていて、北の国境を越えた先に聖域ライヒベルグ火山が記されている。西と東には諸外国の名前がたくさん書かれていた。
「聖杯は、この聖域ライヒベルグ火山の麓にある神殿にあるらしい」
オースティンの言葉に光が反応して、今度は赤い光がライヒベルグを囲んだ。
「この神殿に行くには、ここを守る守護者を連れていかなければいけない。どうやら、その守護者しか知らない道順を通っていかなければ、神殿には到着できないらしい」
フェリチタが誰を連れてくるのかは分からないが、きっと頼りになる人間を連れてきてくれるに違いない。おそらく。
「他に何人連れて行きますか?」
「そうだな……最低でもあと二人ほど連れて行きたい」
「分かりました。それでは、こちらで選定しましょうか?」
「あぁ、頼む」
オースティンの言葉に、アゼリーはランスロットを呼んで何人か見繕うよう指示を出した。
「すぐに出ますか?」
「あぁ待って。ボクが呼んでくる人、ちょっと今遠いところにいるからさ。三日くらい待ってくれないかな」
「三日? おい、ヒューゲル大佐、何を悠長なことを言っているんだ! クララ様の危機なんだぞ!」
フェリチタののんびりした返答に、真面目でクララに妄信的なランスロットが即座に反応した。
だが当のフェリチタは飄々としていて、さらりと流してしまう。
「そんなカリカリしないでよ、フェアディーン中尉。心配なのは分かるけど、物事には何かと順序というものがあるんだ。どのみち、出発するには旅の準備もあるから時間がかかる。その間に終わらせてくるから問題ないさ」
「そんなことは分かっている!」
「なら、さっさとキミも仕事しなよ。マロニエ中佐から指示受けているんだろ? キミこそ、そんなに悠長なことしていていいのかなぁ? ほらほら、愛しのクララ様にキミの雄姿を見せつけるいい機会じゃないか」
ああ言えばこう言う。
煽りに関しては、この場ではフェリチタの右に出るものはいない。
案の定ランスロットはギリと歯を食いしばって、鼻を鳴らして踵を返して行った。
それをケタケタ笑いながら見送るフェリチタに、一応上司としてオースティンは注意をした。
「ヒューゲル大佐……そういうのはほどほどにしてくれ」
「ふふ、あの子はからかい甲斐があるよねぇ」
「おい」
「ごめんごめん。ほどほどにするよ。ほどほどにね」
オースティンの言葉を良いように解釈をして、フェリチタも立ち上がった。
「さて、ボクもそろそろ行くよ。あの子にああ言った手前、三日で口説き落とせなかったら、ボクの首はフェアディーン中尉の手によって身体とさよならするだろうね」
ひらり、と手を振ってフェリチタは小さく呟く。
「《空へ》」
フェリチタの足元に光の輪が広がる。
「それじゃ、また三日後に」
「あぁ。気を付けて」
光の輪が収束すると同時に、フェリチタの身体がその場から消えた。余韻の残る光がちらちらと雪のようにその場に舞う。
あいかわらず彼の瞬間移動魔法は美しいな、とオースティンはぼんやり考えた。
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