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 これは、十七歳のオースティン・フォン・ラヴィーユが体験した、不思議な冒険譚である。

 紫の髪に、青い瞳。精悍な顔つき。

 ヴェステラード帝国陸軍の軍服が良く似合う、しっかりとした体格。

 順風満帆だった彼の人生だったが、その人生におもわぬ邪魔が入ってしまった。


 ここは、魔法と機械が共存する世界。


 オースティンが生まれるよりもずっと昔、小さな国々が手を取り合って、裏であれこれと醜い蹴り合いをしながら生きてきた時代があった。


 今はどうにかとある帝国が世界を平定し、ピンと張った糸のように、いつ切れるとも分からない緊張感が漂う中、ひとまず戦争のない平和な日々が続いている。

 その帝国を治める皇帝の次男として生まれたのが、オースティンだった。


「我がヴェステラード帝国は、そうやっていっぱい戦争をした結果出来上がったんだ」


 優しい日差しが差し込む広大な庭で、オースティンはジッと黙って兄の話を聞いていた。


「いっぱい魔法が使われた。いっぱい武器が使われて、いっぱい人が死んだ。いっぱい血が流れた」


 そう言った兄は、悲しそうに目を細める。


「だからね、オズ。ううん、オースティン・フォン・ラヴィーユ。決してこの名に驕ってはいけないよ。僕たちは、戦争で死んだ多くの人間たちの上に立っているんだから」


 五つ歳上の兄エーデル・フォン・ラヴィーユはいつもそう言って、帝国の歴史を教えてくれた。


「僕はこの世界が好きだ。このままずっとずっと平和が続けばいいのにね」


 兄エーデルは、神に愛された寵児と皆に言われているほど、美しい人だった。


 自分と同じ紫の髪が風に撫でられているその姿はとても可憐で美しく、しかしオースティンにはとても力強くも見えて、今もオースティンの目に焼き付いている。


 皆は、エーデルを「可愛らしい」だの「美しい」だの「自分たちが守ってやらなければならない」だのしか言わない。


 だが、次期皇帝として、兄エーデルは小さな頃から厳しく育てられていたので、弟の前では一度も弱音を吐かない強さがあった。可愛らしいだなんてとんでもない。


 だからあなたも、人を大切にしなさい。


 いつでも優しい人間でありなさい。


 母も父も、いつもそう言って、兄と同じようにオースティンの頭を撫でてくれた。


「いいかい、オズ。僕の言うことをよく聞いて。もし君に大切な人が出来たら、命をかけてその人を護りなさい。僕はあまり魔法も剣も得意じゃないから難しいけど……君なら、きっとできるよ」


「兄さんは強いよ、ぼくが保障する!」


「そう? ふふ、嬉しいなぁ。オズは優しいね」


 清涼な風が吹き抜ける庭で、兄が笑って、幼い弟も笑った。


 先祖代々続くこの家と、庭と、そして世界を守るために、祖父も父も、そして父の後継者として育った兄も尽力した。


 世界のみんなが笑って、愛する人と手を取り合って生きられるように、と、兄は常に祈り続けていた。

 弟も、そんな兄を助けようと、剣の腕を磨き、魔法の力を強めるため勉強に励んだ。


 そうして五年経ったころ。


 エーデルは、若くして亡くなった両親の跡を継いで、ヴェステラード帝国の皇帝に十五歳で即位。

 オースティンも、それを追いかけるようにして帝国軍士官学校へ十歳で入学した。


 十三歳で陸上隊に入隊し、伍長からのスタートだったが、メキメキと驚くべきスピードで力をつけて、陸軍大佐へ十七歳という若さで昇進を果たした。


 帝国史上最年少の陸軍大佐として、魔物退治やドラゴン狩りなどの任務をこなし、武勲を上げ続けた。


「大佐就任おめでとう、オズ」


「ありがとうございます、兄さん」


「十七歳で大佐だなんて、すごいな。さすが僕の弟だ」


 そう言ってほほ笑む兄の姿に嬉しくなった。


 兄の横に美しく愛すべき大切な人が立つと決まった時も、弟は我が事のように喜び、そして祝福した。

 皇后となったクララはエーデルと同い年で、平民の家に生まれ、士官学校の食堂で働いていた女性だった。


 オースティンもかつて世話になったことがある。

 白銀の美しい髪と、宝石のような青い瞳、白魚のように長くしなやかな手足を持った美しい女性だ。

 一介の食堂店員から皇后へ、夢のようなシンデレラストーリーだと当時の街では大騒ぎになったものだ。


「ご結婚おめでとうございます、兄さん、クララ様」


「ありがとう、オズ」


「ありがとう。ふふ、あなたにクララ様なんて言われるとちょっぴり恥ずかしいわね」


「そう、でしょうか」


「ええ。だから、もしよければ、あなたも私をクララと呼んで」


「えっ、そ、それは、その……」


「いいじゃないか。クララがそう言っているんだ。そうしなさい、オースティン」


「……ではせめて、姉さん、と」


「あら。頑固なのは変わらないわね。本当にあなたそっくりだわ、エーデル」


「え? あはは、そうかなぁ」


 幸せそうに笑う兄とクララを見て、オースティンはずっとずっと、この幸せが続くと思っていた。


「オースティンは優しいわね。心がとても温かいの。エーデルも優しいけれど、あなたもとっても素敵よ、オースティン」


「ありがとうございます、姉さん」


「あまり褒めすぎるなよ、クララ。こう見えてオズはすぐ天狗になるんだから」


「あら、そうなの?」


「ちょっ、兄さん! そんなことないです!」


「どうだかなぁ」


 兄の冗談に、クララはいつもケラケラ笑っていた。

 クララも、エーデルと共にオースティンを愛してくれた。


 だから、皆に優しくあろうと。誰よりも強くあろうと。兄のような、立派な人間になろうと、願い続けた。


 それなのに。


「兄さん! 姉さん! どこにいるんだ!」


 オースティンが遠征任務から帰還した日。


 部下を伴って帝都に帰還したオースティンが見たものは、街や宮殿の中に倒れている魔獣たちの姿だった。


 普段は、国境に張られた結界魔法のおかげで魔獣が国の中に入ってくることはなかったのだが、どこかにほころびができていたのだろう。


 街の惨状を見て、慌てて宮殿に戻ったものの、エーデルとクララの姿は無かった。


 どこにいるのだろう。

 無事でいてほしい。

 部下にも捜索を頼んで、宮殿の中をオースティンは走った。


「兄さん! 姉さん!」


「ラヴィーユ大佐」


「なんだ」


 全ての部屋を開けて探している最中に、部下から声をかけられた。そちらを見ると、部下は敬礼をしたあと口を開いた。


「皇帝陛下を発見いたしました」


「っ! どこだ!」


「はっ! こちらです!」


 部下の後ろに着いていくと、彼は謁見の間の奥に進んでいった。

 謁見の間の数ある柱の中のひとつの前に辿り着くと、そこにはぽっかりと穴が開いていて、どうやら地下に続く階段があるらしい。中から誰かの話し声も聞こえてくる。


「ここか?」


「はい。どうやら、大昔に作られたシェルターのようで……奥に陛下がいらっしゃいます」


「クララ様はどうした?」


 オースティンがそう指摘すると、部下は口ごもった。どうした、と促すと、部下は「あー」だの「うー」だの言ったあと、ようやく口を開いた。


「……奥様も、中にいらっしゃいますが、意識がありません」


「なんだと?」


「今、治癒師(パナシーラー)が治療にあたっていますが、まだ……」

 部下の言葉を聞き終わる前に、オースティンは柱の中に入った。

 中にあった階段を駆け下りていくと、すぐに地下室が現れた。地下室は二十㎡ほどの小さな部屋で、その中央にエーデルがいた。


「兄さん!」


「あぁ……オズ……」


 エーデルはオースティンの姿を見止めると、腕を広げてきた。その腕に飛び込んで、強く兄を抱き締める。怪我もないようで、安心した。


「よかった、兄さん。無事だったんですね」


「あぁ。だが、クララが……」


 腕を緩めたエーデルが、部屋の後方を見る。オースティンもその視線を辿って、部屋の奥を見た。

 そこには、ベッドに横たわるクララがいて、そばでは治癒師(パナシーラー)が魔法陣を描いて治療にあたっていた。


 慌てて駆け寄ろうとしたものの、彼らの周囲には治癒師(パナシーラー)のかけた結界魔法が張られていて、近づけない。

 諦めてエーデルの横に立ってエーデルの様子をうかがうと、エーデルはイライラしたようにこめかみを揉んでいた。


「姉さんは、生きているのですか?」


「あぁ。生きているよ」


 それを聞いて安堵する。


「だが、意識が戻らないんだ」


「それは、どうして……」


 怪我はないようだった。


 魔法による攻撃を受けたのか、と問うと、エーデルは頷く。


「まずは、どうしてこうなったのか、説明しよう」


 エーデルの説明によると、やつらは二日前に突然襲ってきたらしい。


「城下町の結界魔法は破られていなかった。だから、誰かが内側から手引きしたのだと思う」


「なるほど……探索魔法は指示しましたか?」


「あぁ。既にやってもらったよ。だが、誰がこの国に魔獣を放ったのか分からなかった」


「姉さんが意識を失ってしまった原因は?」


「それが……」


 エーデルが言葉を詰まらせる。兄の言葉をじっと待つと、エーデルは深呼吸してからまた話を続けてくれた。


「我々の部屋に、一人の男が入ってきた。ローブを頭から被っていて、男の顔は見えなかったが……その男が、私に向かって魔法を放った。たぶんあれは、即死魔法だったのだと思う」


 即死魔法とは、その名の通り、当たってしまったが最後、死に至る黒魔法の一種だ。

 数ある魔法の中でも禁術とされているもので、そんなものを使う魔法使いは悪魔に身を捧げている者のみである。


「呪文の詠唱は無かった。その魔法を、私をかばったクララに当たった。魔法が当たる瞬間に私が防御魔法を張ったおかげで、クララへの直撃はまぬがれたが……それが今、クララが目覚めない原因かもしれない」


 ジッと、横たわるクララを見るエーデルの瞳には、不思議と後悔はしていないようだった。

 生きていてよかった。それだけが今、エーデルの気力を保たせていた。


「陛下」


 ややあって、治癒師(パナシーラー)から声がかかった。結界魔法も解かれてすぐ、エーデルはクララに駆け寄る。


治癒師(パナシーラー)、どうだ、クララは」


「はい。……申し訳ございません、陛下。わたくしの力では、クララ様にかけられた魔法を解くことができませんでした」


「……そうか」


 治癒師(パナシーラー)の言葉に、エーデルは肩を落とした。


 彼の横にオースティンも駆け寄り、エーデルの肩を支える。


 間近で見たクララは、ぐっすりと眠っているように見えた。まるで昔絵本で見た眠り姫のようで、彼女の美しさがひときわ輝いて見えてしまった。


「手立てはないのか?」


「クララ様に当たった魔法は、少し複雑な魔法のようです。この呪いを解くには、とある神殿にあるという、魔法の宝物が必要です」


「魔法の宝物? それはなんだ?」


「聖杯です」


 治癒師(パナシーラー)の告げた名前に、その場にいた誰もが唾を飲んだ。


 聖杯とは、神が人間界に残した遺物だと言われている。


 その聖杯で汲んだ水は、どんな病気も呪いも治すことができ、どんな願いもかなえてくれると言われている代物だった。

 聖杯があれば、きっとクララは目覚めるだろうと治癒師(パナシーラー)は言う。


「その聖杯はどこにある?」


「この国から北の方向にある聖域、ライヒベルグの神殿です」


 聖域ライヒベルグ。


 選ばれた人間のみが入ることが許される、聖域。


 超巨大なライヒベルグ火山を中心に森が広がり、それらを護るようにバリアが張られている。


 このバリアは、聖域に入ることを許された者しか通ることを許されていない。


「オズ」


「はい、兄さん」


「すぐに部隊を編成し、聖域ライヒベルグに向かってくれ」


「御意」


 エーデルの指示を、オースティンは敬礼でもって受けた。


読了ありがとうございました! 


◆お願い◆


楽しかった、面白かった、続きが読みたい!!! と思っていただけたら、読了のしるしにブクマや、↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。今後の執筆の励みになります!

なにとぞよろしくお願いします……!

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