妖精姫のケーリュケイオン 8
ルーの口から我知らず叫びが漏れた。
黒猫にとっては、父以外の肉親である。やっと、巡り会えた母と子が――数分で死に別れるなど、あってはならない。運命の神の残酷さに、ルー・フーリンは愕然となった。
先ほど、エディンが口にした言葉は黒猫の読唇術によって解明されている。
(息子よ、お前に一目会えて良かった)
――エディンは、それだけ言い残すと涙を一粒落とし、黄金色の砂と化してティル・ナ・ノーグの大気の中へと消え去った。
「は、母上っ! 母上っ! まだ、何も話せていないのに、こんなのあんまりだ!!」
黒猫の母譲りのエメラルドの瞳から、涙がこぼれる。
わずかな邂逅だった。
しかし、妖精姫エディン・ティターニアの存在はインパクトがあり過ぎた。
黒猫は母親の愛情を知らずに育った。
寂しくはなかったが、心のどこかでは彼女を求めていたのかも知れない。
でなければ、この溢れ出る涙の理由がわからない。
誰が彼女を殺したのか。
分かっている。
目の前の邪竜だ。
今なら躊躇なく殺せる。
リンドブルムをティル・ナ・ノーグにおける害悪と認定する。
王族として、この脅威は見過ごすことはできない。違う。そんなのは、ただの建前だ。
母親を殺した赤竜が憎い!
ドラゴンを殺す動機には十分だ。
そうだろ?
「リンドブルムっ! 貴様を殺す!!」
黒猫の姿をした魔獣が今、目覚めようとしていた。
「見ろ! リンドブルムから瘴気が溢れ出ている!」
と、バルバトス。
「むう、これほどの戦力でも、体力を削れきれぬか」
唸る、サブナック。
漆黒の瘴気は、瞬く間にリンドブルムの外皮を覆いつくした。
「まさか、第二形態へと移行したとでも言うのかっ!?」
驚愕する黒猫。
「さすがは、あなただ。安々と超えられる壁ではないと思っていたが――勝負だ。リンドブルム――いや、軍神メタトロンっ!!」
カイイリエルの口から衝撃の真実がもたらされた。
魔獣リンドブルムは、堕天したメタトロンであると――
リンドブルム編は、一旦お休みです。
次回は紳士協定に辿り着くまでのエピソード。
つまり、本編です。