妖気の波動
ルー・フーリンの解けた、一つ目の封印は妖気の波動として、ティル・ナ・ノーグ各地に拡散していた。
気――いわゆるプラーナと呼ぶ、それを感じ取れる者は、黒猫の能力の巨大さに愕然となった。
ティル・ナ・ノーグ東方――
隠棲して暮らすドワーフの鍛冶師ゴブニュは、一人の弟子と共に、石で建立された鍛冶場兼住居に暮らしている。
作業場では、一心不乱に剣を打つ一人の少女の姿があった。銀色の髪はおかっぱで、瞳は蒼い。簡素な作業着に身を包み、座り込みながら熱心に鎚を振るう。
「この気は、ルー・フーリン!?」
懐かしくも、暖かい妖気の波動に少女は、黒猫の存在を感じた。
どうやら、波動は感じ取れるが、能力等に気づけるのは、個人差があるようだ。
ふと、おもむろに歩いてくるドワーフが目に入った。
身長は彼女の半分ほどしかなく、ひげをしきりに撫でている。
「イルマよ。すまんが、使いを頼まれてくれるか?」
「ゴブ様の頼みであれば、何なりと」
イルマは、ゴブニュには頭が上がらない。
なぜなら、彼は育ての親だからだ。
本当の父親であるイルマリネンは、名剣を求めて異界を旅している。鍛冶神のさがなのか、究極の一振りを造ることを目的としている。今は、音信不通なのでイルマとしては、さっさとくたばっていて欲しいのが本音だ。幼き実の娘を放置する父親に、用はない。唯一、感謝しているのは、同じ鍛冶神のゴブニュに預けてくれたことだけだ。
そう、イルマリネンは鍛冶を司る神だ。
ゴブニュも鍛冶の神だが、種族はドワーフだ。格が違う。
だが、そんなことはどうでも良い。
人格的にも技量的にも、師であるゴブニュの方が上だ。
何より、ゴブニュは放置されていたイルマの恩人である。
いつかは恩返しがしたい。
イルマは、神と人間のハーフ――半神半人なのだが、特別優れた能力があるわけではない。鍛冶神の娘なので、鍛冶や錬金には興味を示すが極めようとは思わない。
イルマは、ただ毎日を慎ましく送りたいだけだ。ゴブニュと共に。
「何、猫ではない猫に靴を届けるだけだがな」
イルマの脳裏に黒猫王子が浮かんだ。
彼女にとって、ルー・フーリンは兄弟子に当たる。
共にゴブニュに学んだ仲だ。
久々に兄弟子をモフモフできるかも知れない。
「喜んで!」
どこぞの居酒屋かと思われる返答だった。
後で、書き足します。




