アブディエルの野望 22
イルルヤンカシュがアブディエルを咀嚼する前に、ラジエルの書は難を逃れていた。
ラジエルの書は生きている。
脈動する書物から光が溢れ、そこから一人の天使が誕生した。
ラジエルである。
彼の本体は、辞書であった。
長年使われた器物には魂が宿り、付喪神という妖怪と化す。
ラジエルは天界の、付喪神のような存在であった。
「……アブディエルの反乱は終息、と」
ラジエルから、溜め息が漏れる。
あのアブディエルでさえも、サンダルフォンには勝てなかった。
神は、サンダルフォンを実の息子のように可愛がっていた。
ゆえに、堕天したドラゴンを殺さずに封印した。最強の天使が堕天した存在の前に、天使の軍団は壊滅し、神は己れの決断に涙した。
慈しんで作った存在たちが、敵・味方に別れて殺し合う。
天使と悪魔の抗争に、最も心を痛めていたのは神・アドナイ自身であった。
サンダルフォンを止められる者、あるいは殺せる者は現れるのか。
正気へと戻ったドラゴンは、再び血の涙を流す。
「マタ 同胞ヲ 殺メテシマッタ」
雷帝竜が慟哭する。
彼を止められる者の出現を天界は、もう少し待たなければならなかった。




