一週間前の出来事 7
ヘルハウンドの呪文を黒猫の鋭敏な聴覚が聴きとがめる。
「しまった! 奴め、何を召喚する気だ!?」
詠唱を阻止せんと、ルーが相棒で斬りかかる。
だが、それはヘルハウンドのフェイクだった。
呪文を唱えたのは、自身に気を向けるためだ。
「かかったな」
跳躍する猫目がけ、地獄の猟犬は視界を奪うために口内の血を吹きつける。
格下と思って、完全に油断していたルーは、まともに血を顔面で受けた。
すぐ様、両目をこするも視界が回復しない。
この機に乗じて、ヘルハウンドが自身の血が混じったツバで簡易的な魔法陣を敷き、魔界からグラーシャ・ラボラスを召喚する。
魔法陣から煙が立ち昇ったかと思うと、その中から一匹の愛玩犬が現れ、ヘルハウンドとルー・フーリンを見つめていた。
京子はその犬に見覚えがあった。
確か、チンと呼ぶ犬種だ。
白と黒の斑っぽい模様で、どことなく愛嬌がある。
チンは、くわぁあと軽くあくびをすると、後ろ脚で耳を掻いた。
「クソッ、失敗か! 我が半身を生け贄に召喚したというのにっ!」
ヘルハウンドの身体は、黒猫の一撃で上半身と下半身とに別れていた。
生け贄に使用されたのは下半身の部分で、腸などの内臓がはみ出ている。
「無様だな、ヘルハウンド。わしに魂を貢ぐ前に、己れ自身が貢ぎ物になるとはな」
それは召喚に失敗したと思われたチンから、発せられたものだった。この姿は、グラーシャ・ラボラスの数ある化身の一つだった。
「お助け……下さい。ラボラ……スさま」
ヘルハウンドが縋るような眼で、グラーシャ・ラボラスを見る。地獄の猟犬は生命を維持することが、困難になっていた。
「助けてやるとも!」
ニヤリと笑ったラボラスは、背中に鷲の翼を生やし跳躍し、ヘルハウンドの頭部を踏みつぶした。
「ほぅら、ヘルハウンドよ。生き地獄から解放してやったぞ」
仕事前なので、続きはまた後で。




