幕間――堕天使アスタロト 14
ある時、エリザベートがウィーンに旅行に行く際、イロナ・ハルツィという教会の女歌手を伴った。が、帰りは彼女の姿はなく、大きな旅行カバンだけが戻って来ていた。その中身は、言わずと知れたイロナのバラバラに切断された手脚や生首が押し込まれていた。
「ヤーノシュ、カバンの中身を埋めておいて」
エリザベートは醜い小人の下男に命じ、裏庭にイロナの遺体を埋めさせた。今までは夜の内に、牧師を呼んで埋葬していたが、立ち会うのをやんわりと拒絶した。
この頃、伯爵夫人の周りには彼女の気まぐれに奉仕する腰巾着とも言える女性らが幾人か居た。
元、乳母のヨー・イロナと、ドロチア――通称、ドルコの二人である。
彼女らは女主人の、歪んだ欲望を満足させるべく、奉仕した。
たとえば、ベッドにくくりつけた女中の喉を切り裂き、流血を口紅にしたり、ヘアピンで顔を刺したりすることは日常茶飯事であった。
アスタロトは能力の検証に夢中だった。
自身を翼ある蛇の姿に変えたり、四肢のみをアナコンダのものにした。
「翼ある蛇か。モード・ケツアルカトルと名づけるか」
移動の最中、様々な動植物を捕食したが相性の良くないものは能力に反映されなかった。
堕天使は段々と、悪魔へと変質して行くのを感じていた。心は流血や戦闘を、常に求めるようになった。
悪魔を召喚するには、簡易的な魔法陣と術者の血液と、意志が必要だ。
極端な話、丸く描かれた円と契約者の血と、願望さえあれば最低限、悪魔を呼び出すことは可能だ。本格的な魔法陣は、確実に指定した悪魔を召喚せんがために描かれる。
しかし、悪魔と契約者は互いに呼び合う性質を持っている。
武人であるサブナックが、新選組の沖田総司に呼ばれたように。




