幕間――堕天使アスタロト 10
「ぎゃあああ!!」
侍女の口から、耳をつんざく絶叫が迸る。左頬には赤い斜線が走り、血がエリザベートの手の甲へと飛び散った。
伯爵夫人は血を拭った部分がみずみずしく見えた。
エリザベートは老いることに対して、言い知れぬ恐怖を、感じていた。美と若さへの異常なまでの執着は、彼女を狂気に駆り立てた。
侍女の血を浴びた瞬間に、エリザベート・バートリは処女の血液には肌を若返させる効果があると、信じ込んだのだ。
ニヤリと、チェイテの女城主は笑みを浮かべ、侍女の顔や腕や胸を切り刻み、鮮血を浴びた。
「うふふふふ。もっと、血を私に捧げなさい」
数分後、侍女は床に倒れたまま動くことはなかった。光りを失った眼が、虚ろにエリザベートのドレスを見上げる。
伯爵夫人は、使用人を呼ぶベルを鳴らし、老執事を呼んだ。
居室へと足を踏み入れた執事は、息絶えた侍女を発見し、エリザベートに恐る恐る説明を求めた。
「エリザベート様、これは……」
執事の顔から血の気が失せる。
「野良猫が迷い込んだわ。抱き上げたら爪を立てたから、お仕置きしてやったら動かなくなったのよ。セバスチャン、庭にでも埋めておいて」
エリザベートは侍女を殺害したことに対して、何の感情も抱いてはいなかった。
無表情の、血の伯爵夫人に執事は絶対的な狂気と恐怖とを感じていた。
魔女が、この日、生まれた。
元からオカルトに興味があったエリザベートは、この日を境に、永遠の美を求め、狂って行く。
大悪魔アスタロトの契約者となる、最初の人物であり、650人もの人間を殺害した悪女が、初めて人を殺した場面であった。




