Mission:01 ”紛争地帯”
俺の人生は、流れに身を任せて生きてきたら何故か波乱万丈になっちまった。
親の言うことを聞いて、毎日怒られながら生きてきた。
理想通りの息子。言うことをよく聞く息子。親の跡を継ぐ息子。
それは本当の俺じゃない。だけど、偽りの息子を演じて親を喜ばせるのが正しいと思っていた。
だけど、行き着いた先は地獄のような日々だった。
嫁には逃げられ、子供には会えず。
収入は全て親に取られ。
親に尽くしても尚、状況は改善されずさらなる要求をされるだけ。
毎日愚痴を言われ、怒られ、ストレスの貯まる日々。金は貯まらない。地獄だ。
だから、俺はやり直すことにした。
なに、ハートマン軍曹×2に十年以上訓練を受けて来たと思えば何も怖いもんなんてない。
己の意思で自らの人生を決める。
36歳のおっさんが、ようやく覚悟を決めた。
いつものように現場で仕事中に親父に文句を言われ、ブチ切れた俺はそのまま逃走。
気の向くままに足を進め、気がつくと周りは霧に囲まれていた。
それでも足を止める事なく前へ進み続けると霧は薄くなり、辺りが分かるようになった。
日は沈み、月夜に照らされる周囲を眺めて俺は驚愕したよ。
「なんで俺は紛争地帯に居るんだ......」
Another World Stories:独立愚連隊 3.1.1.8
Mission:01 ”紛争地帯”
爆音も銃声も響かず。月明かりに照らされる”戦場”の跡は幻想的でもあった。
血の匂い、硝煙の燻る匂い、他にも今まで嗅いだ事あるような無いような気のする匂いが充満していた。
うめき声も聞こえず、静寂の中をゆっくりと前へ、前へと進む。
砲塔がひん曲がり、キャタピラが外れた戦車が弁慶の如く鎮座し、翼を失ったヘリが屍を晒している。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きありーー
何故か平家物語の有名な一節が思い浮かんだ。
自衛隊でもなく、米軍でもない。いいや、地球上の有名所の軍隊が正式採用してるような装備ではない。
俺の知っている装備に似て非なるもの。でも、最新鋭だと一目でわかるそれらを量産して配備できるような国軍。
そんな彼らが数え切れないほど無惨に骸を晒している。その光景は、とても悲しく、しかし幻想的ですらあった。そう、まるで映画のように。
<<ーー望んでここに来た訳じゃなかった。俺も、仲間達も。だが、望んで戦った。俺達は戦いたかったんだ>>
ーー声だ。声が聴こえる。
俺はその声が聴こえる方へと、足を進めた。
<<戦うのを決めたのは、この世界に来て1週間後だったか?右も左もわからないバカガキの俺達を、戦争真っ只中だってのに、この世界の人達は保護してくれた。飯は不味いし、風呂にも満足に入れねぇ。でもな、嬉しかったよ。不安でいっぱいだった俺達を優先して助けてくれたのは分かってたからな。なんせ、戦中だ。飯だって不足してる中で、腹が減ってるだろうからって俺達に食わせてくれるんだぜ?自分たちだって空腹のはずだ。それなのに、飯は俺達に。寝床だって俺達に与えてくれた。自分たちは軍人だからって廊下で座って寝てるんだよ。慣れてるって言ってな。俺達と大して年齢変わらない”大人”たちがよ。>>
進むにつれて、人のようで人ではないと分かる死体が増えていく。
<<そんなある日のことだ。俺達が保護されていた避難所が”奴ら”に襲撃された。避難警報が鳴り響き、気の良い兵士たちが殺気立って”逃げろっ!”って叫んでたよ。俺達は言われるがまま逃げたよ。涙と鼻水で顔中くちゃくちゃにしながら。爆音と共に避難誘導してた兵士が吹き飛んだよ、俺達の目の前でな。右往左往しながら、必死に逃げたよ。”こっちだ!早く”って誘導してくれる兵士たちに従って逃げてるとさ、背後から銃声と爆音が聴こえるんだよ。それが少しづつ近づいてくる。とても、とても怖かったよ>>
激戦の跡。
人間の兵士の遺体は少なくなり、”奴ら”の死体ばかりが目につくようになる。
見たこともない戦車に飛行機。まるでSF映画に出てくるような兵器ばかりだ。
<<気がついたら、俺は一人だった。ガタガタ震えながら、物陰に隠れた。いつの間にか爆音も銃声も消えていた。耳を塞いで、蹲って震えてた。分かるんだよ、奴らが近づいてくるのが。怖くて、怖くて。もう嫌だって思ったよ。その時、気づいた。居たんだよ、目の前に。俺と同じように震えて泣いているーー小さな姉弟が。お姉さんは7歳位で、弟は3歳位だった>>
足を止める。
目の前には、ボロボロになった装備を纏った士官の骸。
ボディアーマーは被弾してボロボロになり、傍らには脱ぎ捨てられたヘルメットと使用済みと思われるロケットランチャーの筒が2つ転がっていた。
<<雄叫びと銃声が聞こえた。生き残っていた兵士が、奴らを俺達の方向に行かせまいと身を挺して立ち向かった。だが、多数に無勢。彼は奮闘したが、殺られてしまった。彼の持っていたアサルトライフルが俺の前に滑り込んできた。目の前には抱き合って泣く姉弟。手の届くところにあるアサルトライフル。ーー俺は、子供であることをやめた。戦うことを覚悟した>>
顔面の半分が吹き飛び、右腕の肘から下が無くなっている士官の骸。
近づき、埃にまみれて見え辛いネームプレートを指で拭う。
<<雄叫びを挙げながら、俺は奴らの前に躍り出たーーって言えばカッコいいんだが、実際には鼻水と涙でクシャクシャの顔で、変に甲高い声で叫びながらアサルトライフルの乱射だ。全然、カッコよくねぇ。だけどな、それが俺の戦う理由だった。なぁ、お前なら分かってくれるよな?>>
「あぁ、分かるよーーお前は俺よりもずっと早く、覚悟を決めたんだな。ヒーローだよ、お前は。それに比べりゃ俺は、ちっぽけだ。人の為に命かけて戦うなんて、したことがなかった。いつも親の為だの家族の為だの言ってたが、怖かったんだ。自分で決めるのが。ーーなぁ、なんの因果か知らんが俺はお前の所にたどり着いちまった。俺がお前のように戦えると思うか?」
<<知らねぇよ。俺は俺で、お前はお前だ。でもな、元は同じだろ?ーーそれならきっと、戦うべきときに戦うことができるさ。使えるもんは全部持ってきな。そのライフルにはまだたま残ってるから、使ってくれ。俺の志を〜なんて野暮な事は言わねぇさ。お前はお前の戦う理由の為に戦え。無けりゃ逃げるのもいいさ。だけどな、無駄死にだけはするんじゃねぇぞ。それは俺が許さねぇ。化けて出てやるからな!>>
傍らからアサルトライフルを拾い上げる。
FA-MASに似たブルパップ式の無骨なライフル。チャンバーには弾が装填されていた。
骸から声はーーもう聞こえない。
「神谷護少尉、本日までの献身誠にご苦労様でしたーー」
俺はそう告げながら敬礼した。
この世界で戦って、死んでいった英雄に。
ーー別世界のもうひとりの俺に、心からの敬礼を捧げた。