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チクタクアクマ

作者: celestial


 何事にも必ず例外というものはあるものだ。

 たとえばこの世界において例外とは、私のようなもののことを指す。

 私の名はセレス=マルクシア=リスバート。

 かつて悪魔だった、今はただのしがない懐中時計だ。

 懐中時計……またの名をふところ時計とも言われる鎖つきの小型時計は、自分で言うのもなんだが惚れ惚れとするほど美しい。私がこの時計に封印されて数百年と経つが、銀で作られた時計は錆一つなく金属光沢を浮かべながら輝きを放っていた。

 それもひとえに私の主となったあの少年のおかげであろう。

 我が主の名は神谷春花かみやはるか

 現在の時計の所有者だ。

 そして彼の家族は父親に、母親。2つ下の双子の妹に弟、といった具合にこの極東の島国しては珍しいそこそこ大きな所帯だ。


「あ〜……、やっと終わった」


 ほぅ、と全身黒で塗り固めた一人の少年が息をつく。

 この眼鏡を掛けた少年こそが我が主、春花その人だ。

 どうやら彼は学生という生き物らしく、この高校などという怠惰なだけの閉鎖的な空間で1日を過ごしている。

 私から見れば随分と哀れなものだ。

 ともあれ今日も今日とて『高校』らしく、今しがた昼の休憩を告げるチャイムが鳴り響いた。


「さてと。ご飯にでもしますか」


 う〜ん、と大きな伸びを一つして春花は席を立つ。そして春花の胸にぶら下がっている私も、その動きに呼応するかのように右に左にと揺れる。

 何というか、春花の胸にぶら下がっているのは落ち着いてマッタリとできるので、割と気に入っているのだが、揺らすのは勘弁して欲しいところだ。流石に元悪魔と言えど酔う。

 もっとも私の声など春花に届く筈もないのだが……。


「暦、一緒に昼食をとらない?」


 成瀬なるせ こよみ

 肩口で髪をバッサリと切った春花の同級生の女の子だ。


「何故オレがお前と飯を食わねばならん」


 繰り返す。女の子だ。

 その証拠に胸の辺りは……まぁ壊滅的にアレな感じだが、綺麗に整った端正な顔立ちは紛れもなく少女のものだ。

 決して男ではない。


「友達と食べるのに、何の理由がいるのさ」


 仏頂面で睨み付ける暦を気にするでもなく、春花は柔和な笑みをかえす。

 相も変わらず、我が主ながら筋金入りの変わり者だ。

 皆が遠巻きに避けるような世間と隔絶された女の子を毎回食事に誘う辺り、律儀な奴だと思う。こいつは余程の物好きに違いない。

 もしくは真性の被虐愛者かもしれないが……。


「暦、意味なんてどうでもいいじゃないか。一人より二人で食べる方が美味しい。理由なんか自然と後からついてくるもんだ、今はこれで充分だろ?」


「ふん、オレは一人でも美味しい」


「じゃあ、どこで食べよっか? 屋上? テラス? 中庭?」


「ちょっ!? 人の話を聞け!! それでもって、勝手に歩き出すな!」


 春花は暦の手を握ると、喚く彼女を尻目にズカズカと歩を進めて行く。

 ここら一帯を取り仕切る不良達でさえも敬遠する彼女を連れ回すとは、神をも恐れぬ所業。

 いつ見ても春花はあきない。皆から煙たがられる人間だったとしても、アイツの目にはただの少女としか映らないのだろう。

 何ともバカな話だ。

 あの究極バカには孤高を決め込んで一人で飯を食べている少女が、寂しそうに見えたのだろう。

 お人好しも度が過ぎれば、ただのバカ。

 ま、時計の私には関係のない話だがな。


 春花の胸の上で揺れること数分。やってきたのは屋上だった。

 右を見ても左を見ても男女ペアになったアベックばかりで、私にはここが桃色空間に見える。

 もっとも男女ペアという点であれば、春花と暦もそうではあるのだが……。


「わざわざ屋上で食べる妥当性が見当たらん。寒いだけだ、これなら教室で食べた方がマシだった」


「まぁまぁ、そう言わずにさ。ほら、屋上で食べると気持ちいいよ?」


 会話だけ聞いていれば男二人と間違いかねないこの会話。

 この二人の間に色気は皆無。

 本当にうちの主は物好きなことで。


「人が多い。何とかしろ、春花」


「あ、名前覚えててくれたんだ?」


「……バカが。勘違いするな、毎日飯に誘われていれば嫌でも覚えるさ」


 あれなのだろうか?

 うちの主は昨今流行りのツン何とかが好みなのだろうか?

 あまりいい趣味ではないと愚考するのだが。


「誰がツン何とかだ。壊すぞ、時計が」


 凄まじい殺意を孕んだ瞳で暦嬢がこちらを睨み付けてくる。

 そう、この暦嬢は如何なる理屈か、元悪魔にして時計である私の言葉を理解する唯一の人間だ。

 春花然り、暦然り。御両人ともかなりの変わり者だ。

 ある意味お似合いではある……


「誰と誰がお似合いだって……?」


 ……なーんて、ウッソー。全然お似合いじゃないよね、君たち。


「ちっ、日和やがったか」


「暦? 何をブツクサ言ってんのさ?」


「いや、何でもない」


 ナイスだ、我が主。

 いいタイミングで割って入ってきてくれた。感謝しよう。

 危うくあの鬼娘に壊されかけるところだった。


「……春花、その時計には悪霊がついているようだ。即刻処分した方がいいな」


 ………。


 私に何か恨みでも?

 ……あぁ、なるほど。さては、私がいつも春花と一緒にいるから妬いているのか。

 ざまぁ。


「……あぁ、どうやらこの悪霊は相当にたちの悪いものらしい。良ければ今すぐに壊してやるが?」


 凄まじい殺気。

 黒いオーラを身にまとった暦は一言で凶悪。魔界広しと言えど、ここまで純然たる殺気を放つ奴はいないだろう。

 悪魔よりも悪魔らしい。


「ははっ、そういや暦の家は神社だったね。やっぱりそういうの見えるんだ」


「あぁ。この時計に憑いてるヤツは相当に性格が歪んでるな」


 こんのアマ……!

 性格歪んでんのはお前だ! 

 ……なんて言えるわけがない。滅茶苦茶言いたいが、ここは我慢だ。

 擬人化したらばこんな小娘などとるに足らんが、時計のままでは勝ち目はないのだ。


「じゃあ今度の日曜日でもお祓いを頼もうかな?」


「了解した。破魔弓で悪・即・斬だ」


「ははっ……、でも壊すのは勘弁かな」


 春花が胸にぶら下がった私をそっと手のひらに乗せる。

 そして犬でも撫でるかのように、そっとなぜ始めた。

 ……何というか、くすぐったいような、気持ち良いような。


「黙れ変態が。光よりも早く春花から離れろ」


 再び殺気。

 これはどう控え目に見たって、妬いているとしか思えない。

 だいたい時計相手に嫉妬する女ってどうなんだろうか? もはやベタぼれ?


「ふん、誰が嫉妬なぞするか。だいたいオレは春花のことなぞ、何とも思ってない」


 ほぅ。なれば私が擬人化して我が主を誘惑しても構わないと?

 言っておくがお前と違ってスタイルはいいぞ?


「はっ、誘惑でも何でも勝手にしろ」


「おーい、暦〜」


 私をそっと降ろした春花は突然ブツブツと喋りだした暦を覗きこむ。

 メガネの奥に映る瞳は心配そうだ。


「具合でも悪いの?」


「いや、平気だ。オレは至って健康だ」


「そう……。なら、いいんだけどさ……」


 そこで一つ言葉を区切ると、


「でもね、暦。前から言ってるけれど、女の子が『オレ』なんか言っちゃダメだよ?」


 即お説教モードに移行する。それはまるで母親が諭すような口調。

 どうやら春花は、女の子は女の子らしく、という前人的なものの考えらしい。

 男女平等のこの時代にナンセンスな……とは思うが、実を言うと私もこの国のこういった古風な考えは嫌いではない。

 しかし、どうもそうは思わなかった人間が約一名。


「そんなものはオレの勝手だ。お前にそれを指図する権利などない」


 言うまでもない。

 下手人の名は成瀬 暦。

 我が主がご執心な女の子だ。


「まぁキミに何を言っても無駄なのは知ってるけどね。でも少しは直した方がいいと思うよ? キミは女の子何だから」


「うるさい。お前には関係ない」


 暦は心底鬱陶しいといった表情で髪をかきあげる。

 本当のところはどう思っているかなど、私が知る由もないことだが。


「せっかく可愛い顔をしてるのに残念……、って嘆く男子は多いと思うけれど?」


「関係ない」


 即答。


「ま、僕もその男子たちの一部なんだけどね」


「……関係、ない」


 うん、やっぱアレだ。

 てめーは完璧なツン何とかだ。反応が遅れてんじゃねぇか。


「……春花。帰りにウチへ寄ってけ。破魔刀で悪霊を撃破滅却、木っ端みじんの滅多刺しにしてやろう」


 暦嬢の目は完全にいってしまってるようで、悪いことにはその目の焦点が私ときたもんだ。

 図星をつかれたからといってキレるとは、まだまだ子供といったところか……。


「黙れ老婆」


 老、婆…?

 この美の化身と恐れられた私が……?

 上等、八つ裂きにしてくれる。


「図星をつかれたからといってキレるとは……。ヤレヤレだな」


 むきゃーーっ!

 むぅかぁつぅくぅ〜〜〜!!

 お前なんか輪廻転生する度に地獄に落ちればいいのに!!


「ん、刀は危ないから簡単な祝詞程度で構わないよ。暦が怪我したら大変だ」


 微苦笑のままに春花が言う。

 その手にはサンドイッチが二つ。はい、と片方を暦に差しだす。

 そう。これが今日もっとも疲れた昼の話だった。




──追記──




 現在、日は暮れて春花は家路についていた。

 そして私はというと疲れ果てて、ウトウトとその胸で眠りかけていた。

 熾烈な戦いの後だ、これも仕方のないことだろう。

 結局学校の後、春花は暦の家に寄ったのだが、そこでは本気であの娘は私を破壊しようとしやがるし……本当に疲れたのだ。

 だからだろうか?

 疲れていた私の耳に面白い幻聴が聞こえた。


「キミも暦も見ていてあきないよ。まぁ、絶対に壊させはしないからさ、安心してお眠り」


 春花の柔らかい声とともに、気持ちの良い手の感触。

 茜色に染まる空を見上げながら、時計でいるのも悪くはない……そう思った。

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