タイムマシーン博士
ミクロの方が間に合わなかったからとかそんな理由ではない。
とある博士、ここでは流風博士とでも呼ぼうか。
その流風博士の息子がある日突然病に倒れた。
よくある話だが、彼は妻を早くに亡くし、今や肉親はその息子だけであった。
そして、これもまたよく見る話だが、彼の息子が罹った病は現代医療では治療不可能な不治の病であった。
流風博士は顔色悪く衰弱した息子を抱え、必死に方方の医療機関を訪ねた。
が、そこで言われる言葉は「今の医療では治せない。」「残念ですが。」「この病気の治療薬の完成にはあと百年はかかると言われています。」だった。
流風博士は博士と名はつくものの、彼の主要研究は科学であり、医療の知識はからきしであった。
自らの無力さを呪った。
胸が締め付けられる思いだった。
こんなことならば科学など研究しなかった。
彼は衰弱していく息子を見ながら一人泣いた。
そして決意した。
今の医療技術で無理ならば、私の科学力を結集し、未来の医療技術で治してみせると。
…
手始めに、流風博士は息子の肉体を冷凍装置の中に入れた。
俗に言うコールドスリープである。
その装置は数百年もの耐久性を持ち、生命維持装置によって、肉体を完全な状態で保管する。
これは博士が研究を完成させるまで息子に耐えてもらうためであった。
そして次に博士は不老不死の薬を作った。
かなりの時間を要して作られたものであったが、今の脳の状態をいつまでも保つために彼はそれを自らの体に躊躇いなく打ち込んだ。
「必ず助けるからな…」
そう呟き、広げた設計図に従って彼はまず壁にかかった電子精密時計の分解を始めた。
{ピッピ…現在は2xhすdhづっwそいsjskし…
精密基盤が引き抜かれた時計が妙なノイズを発して沈黙する。
博士に広げた設計図の上部には、「タイムマシーン」と書かれていた。
…
研究は困難を極めた。
タイムマシーンによって向かう場所は現代よりも医療技術が遥かに進んだ未来。
医者の言葉を信じるとして百年後の未来である。
だが、百年後の未来の時刻を行き先に設定すると、時計の精密基盤を嵌め込まれたAIは決まって{不可能}と結論付けるのであった。
博士は悩んだ。
悩みに悩み抜いた。
幸いなことに、博士には時間が腐るほどあった。
博士は研究を続けた。
…
そして何年か後、博士はついに過去と未来をつなげる超現実的差異、通常『タイムゲート』を発見した。
博士はこの空間を利用することでタイムマシーンを百年後の未来に移動させる方法を作り出したのだ。
副次的に未来に行くだけでなく過去に戻ることも可能になったが、博士が見ているのはあくまで百年後の未来のみだった。
長年『不可能』を貫いてきたAIも『可能』という結論を出した。
が、ここでもとある問題が博士を悩ませた。
タイムゲート内には未知の遡行電波が流れていたのだ。
それはあらゆるものの進む時間を逆転させる類のものであり、それに当たった場合、博士の記憶やタイムマシーンが破損する場合があるようだ。
しかし、それを防ぐバリアを研究するのにはあまりに時間が足りなかった。
冷凍保存されているとはいえ、息子の肉体が永遠なわけではない。
やはり時間に従って肉体は滅びゆく。
息子の体はもはや限界であった。
博士はバリアを使用しないことを決断した。
例えタイムマシーンが壊れても、製造方法を、タイムゲートの存在を忘れたとしても。
息子を救うという気持ちさえ強く持っていればいいと博士は考えたのである。
…
そしてついに決行の日。
タイムマシーンの時空間転移装置を起動し、タイムゲートを開いた博士は強くハンドルを握りしめ、アクセルを踏み締めてタイムゲートに入った。
タイムゲート内は七色の光に包まれていた。
辺り一面にスパークが舞い散り、機体が激しく揺れた。
衝撃。
警報が鳴る。
遡行電波が機体に直撃したらしかった。
赤く光るランプに若干怖気付きながらも、博士はアクセルを踏み続けた。
機体が急速に壊れていく。
あまりに酷いその揺れは博士をそこから振り落とさんとしていた。
博士は歯を食いしばり、必死に耐えた。
周囲の機器は殆ど破壊された。
もはや警報もならない。
光が博士を包んだ。
博士の肉体が、脳が遡行電波にさらされる。
記憶が、抹消されていく。
遡行電波、タイムゲートの開放方法、タイムマシーンの組み立て順序…
博士は次々と失われていく何かを感じながら、息子を助ける思いだけを強く考え続けた。
極光が博士を貫いた。
…
気がつくと博士はペンチを持って座っていた。
手には精密時計が握られていた。
広げた設計図にはタイムマシーンの製造方法が載っている。
順序に従い、先ずは精密時計の中の精密基盤を取り出すところであった。
何かあった気がしたが、思い出せない。
流風博士は一瞬頭を捻ったが、すぐにそんなことを考えている暇はないと思い直した。
彼には不治の病に罹った息子を救う使命があるのだ。
彼は手元の精密時計の分解を始めた。
{ピッピ…現在は2xxx年10がっ…
消えゆく精密時計の声が最後に発した時は、不治の病に息子が倒れてから丁度百年程度が経った年であったが、研究に必死な博士の耳にそれが入ることはなかった。