夫婦で爆発物処理班やってますが、赤と青のコードのどっちを切ればいいか分かりません
悟堂信二・夏海夫妻は共に爆発物処理班に所属している。お互いに「シンジ」「ナツ」と呼び合う仲だ。世に夫婦は数あれど、二人揃って爆発物処理をやってる夫婦は彼らぐらいのものだろう。
爆弾処理をする時はいつも二人で行う。
「死ぬ時は……一緒だ」
「もちろん!」
これが夫婦の合言葉だ。
今日は駅で発見された爆発物の処理に向かう。
「これか……。ナツ、液体窒素取ってくれ」
「うん」
液体窒素が入ったスプレー缶を手渡す。信二は慣れた手つきで爆発物に噴射すると、
「よし終わり」
あっさりと無力化する。
「やったね、シンジ!」
「お前と一緒ならどんな爆弾にも立ち向かえるさ」
キスをする二人。男前で筋肉質な信二と、勝気な美貌を持つ夏海だから絵になる。さながら映画のワンシーンだ。
爆発物処理班は日本では警備部機動隊の所属となる。二人は警察内でもおしどり夫婦として有名だった。
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そんなある日、夫婦が上司に呼び出される。
「町輪ビルに時限爆弾が仕掛けられた」
驚く二人。
町輪ビルといえば高さ100mを誇り、様々な企業や商業施設が入る街を象徴する高層ビルだ。ここを爆破されれば産業的ダメージは計り知れない。さらにビルが倒壊でもすれば、周辺が壊滅する恐れもある。なんとしても処理せねばならない。
「分かりました」
「必ず私とシンジで処理してきます!」
「頼んだぞ」
街の命運は悟堂夫妻に託された。
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町輪ビルに着いた二人。
さっそく防護服を着て、ビルの中に入る。
既にビル内の人間は避難が済んでおり、さらに監視カメラなどの力で犯人捕捉も時間の問題だ。
つまり、あとは爆弾を無力化できれば一件落着である。
「行くぞナツ」
「うん」
爆弾はビル一階の倉庫にあった。
大きな箱状の爆弾。ご丁寧に爆発までのタイマーもついている。
犯人は業者に扮してビルに出入りし、爆弾を仕掛けたのだ。目ざとい警備員が発見しなければアウトだったかもしれない。
夫婦で品定めにかかる。
「かなりデカイな……」
「うん、これが爆発したら一大事だよ」
最悪のシナリオであるビル倒壊もありうると判断した。
慎重な手つきで信二は爆弾の一部を開けてみる。すると――
「どう?」
「こりゃあ……大変だ」
スパゲティのような配線が現れた。
正解のコードを切らなければ即爆発するという仕組みだろう。
「液体窒素は?」
「それもダメだな」
嫌らしい仕掛けになっており、噴射する時の風圧で起爆装置が作動してしまう危険性が高い。
コードを一本一本切っていくしかない。
こうなれば焦りは禁物。地道に根気よくやるしかない。
「まずは……これだね」
「……よし」
パチン、パチン、とコードを切っていく。
二人で配線を吟味しながら正解を探し出す。知力・忍耐力・集中力が要求される過酷な作業。
とはいえ夫婦は爆弾処理のエース。このまま解除できると思われたが……。
「これは……!」
赤いコードと青いコードが残った。
どう吟味しても、この二本のうちどっちが正解かは分からない。正真正銘50%の勝負。むろん、間違った方を切れば爆発だ。
「どっちにする……?」
「分からない……!」
いくら悩んでも答えは出ない。冷酷にタイマーは時を刻んでいる。犯人は答えを知ってるだろうが、爆発までに捕まえ、正解を吐かせるのは難しいだろう。
頼れるのは“運”しかない。
信二は夏海に言った。
「お前は逃げろ……」
「!」
「これは完全に運勝負だ。せめてお前だけは……」
「やだよ!」
「ナツ……!」
「言ったでしょ? 私たち、死ぬ時は一緒だって」
「……そうだな」
覚悟は決まった。だが、コードを切る決心までには至らない。
赤か、それとも青か――
どちらを切っても爆発する予感しかしない。
信二の中にある決意が芽生える。どうせこれが最後なら……。
「ナツ」
「なに?」
信二はニッパー片手に夏海に話しかける。
「こないだドーナツの最後の一つがなくなったって大騒ぎしてただろう」
「そんなことあったね」
「結局ナツが食べたんだろってことになったけど、実はあれ俺が食ってたんだ」
最後だから言っておきたい懺悔。
「……ごめん」
「いいよ、そんなこと」
笑って許す夏海。
最後だからこそ謝っておきたかった。
あとはもうコードを切るだけ――と思いきや。
「ナツ」
「なによ」
「お前の持ってる漫画にポテトチップスのカスが挟まってたことあったろう」
「うん、覚えてる」
「あれも俺はしらばっくれたけど、俺がやったんだ。ごめん」
懺悔の追撃。
「いいよ、そんなこと」
またも夏海は笑って許した。
さあ、いよいよコードを切る時……なのだが。
「実はまだあって……」
「なに?」
「二人でひどい食中毒になったことあったろう」
「あったね。あれは死ぬかと思ったよ」
あまりの症状に救急車を呼ぶこともできず、二人は持ち前の体力で耐え抜いた。
「原因はうやむやになったけど、あれも俺のせいっぽいんだ」
「どういうこと?」
「スーパーで買った肉を俺、そのままバッグの中にずっと放置しててさ。それをかなり後になって発見してもったいないからって焼いたんだ。多分焼き加減が甘かった」
夕食時に他のメニューとまとめて食べたため、肉のせいとはならなかったのだ。
「いいよ、そんなこと」
それでも笑って許す夏海。
「じ、実は……」
「まだあるの!?」
まだあるのだった。
「結婚指輪、俺なくしちゃっただろ」
「確か、仕事の途中で指輪が邪魔だからって外して、そのままどこかにいっちゃったんでしょ? 仕方ないよ」
「あれ……売っちゃったんだ」
「え?」
「質屋に入れて……その、お馬さんに……」
今も指輪はない。ということはレースの結果はいうまでもない。
「いいよ、そんなこと」
これも許した。
「それと……」
「どうぞ」
「俺一時期帰りが遅かっただろ……」
「うん、あったあった」
「あの時、俺……生活安全課のハルナちゃんといい仲になってて……あ、いや、もちろん、ちょっと一緒に食事したぐらいだよ!? だからやましいことは全然……」
ついに浮気のことまで喋り出した。それでも夏海は、
「いいよ、そんなこと」
笑って許した。
なんかもう、今言えば何でも許してもらえるのでは――そんな気持ちが信二に芽生える。これが最後なら全部清算してあの世に行きたい。
「実はこんなことも……」
「あの時の件なんだけど……」
「まだ秘密があって……」
怒涛の懺悔ラッシュ。夏海は全てに「いいよ、そんなこと」で返してあげた。
ミステリー物の犯人ばりに何もかも吐き出して、信二は晴れやかな顔になっていた。夏海も優しく微笑んでいる。
「お前と出会えて……楽しかったよ」
「私もだよ」
赤か、青か、決めた。
信二はニッパーでコードを切る。
パチン。
**********
シーン……。
爆弾は爆発しなかった。
幸運の女神は夫婦に微笑んだのだ。
「やったーっ!」
「やったね、シンジ!」
喜びを分かち合い、電話で上司に報告する。
犯人も無事捕まったとのこと。詳しい動機はまだ不明だが、昔世間を騒がせた過激派の残党という線が濃厚のようだ。いずれ真相は解明されるだろう。
「さて、と……」
夏海の声。いつもよりかなり低い。
「シィ~ン~ジィ~?」
「は、はいっ!」
「まさかこれで終わりとは思ってないよね?」
「やっぱり終わらないよね……」
爆弾は爆発しなかった。だが、妻の怒りは……。
「まずドーナツの件から……ゆっくりじっくり丁寧に説明してもらいましょうかァ!!!」
「分かりましたァ!!!」
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しばらくして上司が町輪ビルに駆けつける。
「いやー二人とも、よくやってくれた。おかげで街は救われ……ん?」
そこには怒りに燃える夏海と、血の気を失った信二の姿があった。
「まだまだ説明してもらうからねっ!」
「許してぇ……」
この光景に上司は首を傾げた。
「せっかく爆弾を処理したのに、なぜ二人の顔が赤と青になっとるんだ?」
~おわり~
読んで下さりありがとうございました。